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017:客は再びやって来る

視点:金髪ツインテール

 先刻、店主によるバラ鞭の猥談に恥ずかしくなり、店を逃げてしまった。

 そんな状態であるため、再来店するのは少々気まずい。


 別の武器屋で鞭を買おうと考えたけれど、よく考えたら相手は人間の皮を被った機械人形――仮想世界ですから人工知能?

 どちらにせよ、私のことなんて憶えてないだろう。

 再来店してからかわれるなんてことはないと思うので、時間を少しだけ置いて行くことにする。


 私の執事は「普通の武器屋と専門店。品揃えが違うだけで武器の品質には差がありませんぞ」とアドバイスをしてくれたのだけれど、『専門』と『汎用』では天と地ほどの差が――いえ。これは言い過ぎ。

 クラスメイトと同学年の他人程度の差があるのに違いないだろう。


「いらっしゃいませー」

「店主、鞭を……戦闘に利用でき――――」

「きゃー、さっきのお嬢さんね。

 うふふ。また来てくれるのを待ってたわぁ。ささ、入ってー」


 扉を開けた瞬間、帰りたくなった。

 まさか、個別にプレイヤーを認識している? これが一日、二日で忘れ去られるなら良いのだけど、そうでなければ『常連さんの黒歴史』としてNPCの記憶に残ってしまう危険がある。

 私は、尊大な態度を持って店主を牽制する。


「店主、私に似合った鞭を見繕うことを許してやろう」

「あらあら、許されてしまったわ。じゃぁー、この鞭ね」


 店主が手に持ったのは前回訪れた時に選んだバラ鞭であった。く、屈辱……


「ふふふ、お客さん良い顔してる。この鞭は、会計してくれたら特別サービスで同梱してあげ――――……るには少々高いわね。うん、これの下位相関があるものをオマケで付けてあ・げ・る」

「い、いりませんそんなモノ!」


 私が激高すると、店主は沈んだ表情で”ぬーん”と嫌なオーラを醸し出す。

 こ、これだから不埒な婬魔族のキャラクターは苦手だ。コミュニケーションが難しい。

 魔王城の食堂であった女性も無視していたら瞳に涙を浮かべてうるうると見てくるし、構ってやるとハイテンションで人の気に触るようなことを言う。


 ……無視して、商品を選ばせてもらうことにしよう。

 こういった輩は、勝手に立ち直るのが世の常だ。


 店主が背後霊のように私の背中に張り付いているけど、気にしてはいけない。

 構えば、相手をつけあがらせるだけだ。無視するんだ来栖八重。


「ヴァレリア、何やってるのさ」

「このお客さんが私に冷たいの。だから仲良くなろうとボディーランゲージ」


 カウンター奥にある扉から出てきたエルフの少年に気を取られた隙に、店主が私を後ろから抱きしめて頬ずりをしてくる。

 大きな胸の感触が衣類越しに伝わり、女としてなんだか負けた気分になる。


「離しなさい」

「照れちゃって。フゥー♪」


 耳元に息を吹きかけられた。なんだか良い香りがして、ますます強く出られなくなる。

 助け船を出して欲しいとエルフの少年に対して思っていたら、彼の背後からボロボロの学生服に、ひび割れたひょっとこの面を付けている男性が歩いてきた。


「眼福、だと……」


 驚愕した、という様子で呟いて、私を拝んで手を合わせている。

 初対面の知らない男から性的な目線を向けられていると思うと、寒気がした。


「は、早く離れて!」


 店主を無理矢理引きはがし、逆に彼女の背に張り付いて男の視線から体を守る。

 そこで、男性も私の悪感情を察したのか「ごめんなさい」と土下座をしようとして―――、カウンターに頭をぶつけて悶絶している。

 仮想世界では痛覚が非常に緩く設定してあるので、オーバーリアクションな人だ。


 ……そうとは限らない。

 笑わして誤魔化す作戦なのかもしれない。


 だったら、とても卑怯だ。


 素直に謝ってくれれば「別に良いです」と言う器量ぐらい私にだってある。

 目の前の男に対する警戒を自分の中で引き上げた。


「そういえば―――――」


 この男性は一時間ほど前にも店にいて、そのときは綺麗な学生服を着ていた。

 再会してすぐに気付かなかったのは、服の損傷が激しいから『同一人物』と頭の中で紐付けできなかったからだろう。

 理由が気になり、好奇心がうずく。


「そういえば?」


 店主がオウム返しに聞いてくるので、このまま尋ねてしまってよいだろうか?

 人を詮索するのは悪いことだと思うのだけれど、気になって仕方がない。


「そこのプレイヤーの人、なぜそんなにボロボロなのですか?」

「鞭で打って打って打ちまくられたからです!」


 ……お面で表情が見えないが、男性……変態は嬉々として答えたように思える。

 これが変態なのだと私は悟っ――「セラレド……彼の鞭捌きが素晴らしくてですね。的確に嫌な所を攻撃してくるんですよ。たとえば、眼球。現実では痛みを受け馴れていない場所ですから、攻撃されれば戸惑います。たとえば、背中。正面から対峙しているのに唐突に来ますから、吃驚ですよ。でも、そういうのがまた燃えてきて、良い塩梅なんですよ。こう、やってやるぜ的な。逆にこれが良いぜ的な―――――」――た。嫌と言うほど悟りました。


 率直な感想を言えば頭がおかしい。

 オブラードに包んでも気持ち悪い。そんな風に思う。


「今晩はアイマスクにしましょうか」


 気持ち悪い男性の呟きに影響されたのか、店主が何やら笑顔でつぶやいた。

 私、この店では武器は買いません。心に誓います。二度目ですが、買わずに退店します。


「買わずに帰るんですか? 勿体ないですよ。この店の鞭は高品質でバリエーションが多いですから。

 他の店で買うなら自分にあった一品をここで選ぶのが最善です。

 見て下さい、僕の鞭……薄紅桜蛇と言うのですけど―――――」


 ……心に誓ったのだけれど撤回。

 変態さんの見事なマーケティングに乗せられ、私もここで鞭を購入する流れになった。

 決して、押しに弱いとか、そういうものではなく。


 変態さんの話術が巧妙なのが悪い。


 薄紅桜蛇と呼ばれた鞭は、持ち手が刀のようになっており、和の風情がありとても綺麗で魅力的だった。

 似たような鞭を選ぼうとも思ったのだけれど、私の服装は洋風のドレス。少々、ミスマッチかと考えこれは却下。

 そこで、次案として考えていた商品を手に取ってみる。

 キャットオブナインテイルという柄に九つの革紐を取り付けた鞭。

 店主が言うには、攻撃用バラ鞭。悪くない。


「この鞭は本来拷問用で―――」


 しかし、嬉々として変態さんが解説を始めたので買うのを止めた。

 私が欲しいのは、もっとファンタジー世界の王女様が使っていそうな、素敵な商品だ。

 拷問とか、調教とか、そういった風情は必要ない。凜々しくて格好良いのに憧れる。


「じゃあこれですね!」

「茨の鞭、ですか。見た目に華やかさがないので遠慮したいのですが……」

「フフ、この店は鞭のカスタマイズも可能なのです。ヴァレリアさん!」

「はい。おまかせー」


 店主は、カウンターの裏からスケッチブックを取り出し、サラサラと何かを描いていく。


「これでどうですか、お客さん」


 描かれているのは、持ち手に薔薇をあしらい、その先端から複数の茨が伸びている鞭。

 先程説明を受けた”キャットオブナインテイル”の茨の鞭バージョンといった意匠をしている。


「素晴らしいです!」


 思わず店主の手を反射的に握っていた。

 彼女は照れた笑みを浮かべていて、こうしてみると普通の良い職人だ。

 店主、いや、店自体に抱いていたネガティブなイメージを払拭してしまう程に、この鞭は素敵だと感じる。

 このような素晴らしい商品がを作ることができるなんて、尊敬してしまう。

 天才には変人が多いと昔から言われているけど、この店主もそうなのでしょう。


 エルフの少年は、照れ顔の店主の頭を優しく撫で、その光景はドラマのワンシーンのように感じさせる。「うっひょう、こいつは良いぜぇ! ヒャッハー!」とスケッチを見てはしゃぐ変態さんがいなければさぞかし絵になったことだろうと思う。


 ……店主の服装がボンテージな時点でそれはないかもしれない。

 少年は執事服姿で、とても容姿端麗でまともな体裁なのだけど。


 それから、店主と一緒にスケッチを煮詰め、値段と武器の折り合いを話し合う。

 結果、今回は20,000Gを支払い四本の茨の付いた鞭を作成してもらうことになった。後付けで強化ができるそうなので、予算との妥協点。

 武器を完成されるという身近な目標ができ、それを自分が働いて成すと言うことが嬉しかったりもする。


 私は、現実世界でお金がある部類―――、お金持ちの両親に養われている身なので、働いて金銭を得るのは初めての経験だ。

 不安もあるけれど、楽しみという気持ちが大きい。


「では、作成にかかるわね。明日の朝には出来ているので、好きな時間に取りに来てちょうだい」

「わかりました。店主、色々と都合を付けて貰いありがとうございます」

「ふふ、お嬢様と思ったらキッチリお礼もいえるのね、チュッ」


 店主の投げキッス。

 ハートが空中に表示されたので、右手で掴んで握りつぶしてやった。


「あら、打ち解けて態度がまるくなったと思ったのにつれないのは相変わらずねー」

「む。私は入店したときから今の様な「私に似合った鞭を見繕うことを許してやろう、キリッ」」


「ちが……わ、忘れてください。明日にまた来ます!」


 逃げるように退店し、その後は宿を予約しに行って貰ったじいや(執事)と合流。

 初心者向けのダンジョンである程度のモンスターを討伐し、その日のゲームプレイは終わりにした。




 翌日。受け取った鞭の持ち手には、薔薇を模したキーホルダーがチェーンで繋がれていた。

 店主からの粋なサービスかと思いきや、変態さん費用負担のサービスと聞いて気持ち悪いと感じる。

 簡単に取り外せる1,000G程度の品とはいえ、見知らぬ女性にプレゼントなんて考えらない……


 その後、訓練のために地下室に連れて行かれ、少々奇っ怪なイベントが発生。

 ≪苦痛快楽≫≪苦痛愉悦≫なんてスキル、汚された気分になるので絶対に覚えたくない。

 前者がエルフの少年の好感度、後者が店主の好感度を一定まで上げることによって解禁される特殊スキルなので覚えなくては損だと言われたのだけど、調教などされてなるものか!


 肝心の鞭のスキルに関しては、少年の指導で動きを補正。

 壁のわら人形を相手に数発使った所で、取得メッセージが表示された。


 変態さんのボロボロになった姿を見ているので、手加減されていると思い「私にも同じ訓練をしてください!」と申し出て体験してみたのだけど、あまりの苦痛に3分持たなかった。

 あの人はこれを40分笑いながら続けたそうだ。「なさけないね」と少年に言われたけれども、10発でHPがなくなるダメージ量の苦痛を長時間受けて笑っている変態さんの頭がおかしいと思う。


 次に変態さんと会う機会があるのなら……

 遠い未来。多少なりとも、冷却期間をもうけないと社交辞令もできそうにない。

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