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016:職業は拷問官です

「ハルト、ボクの職業を知っているかい?」

「鞭屋の店員さん」

「違うよ。ヴァレリアも言っていたけど、ボクはあくまでアドバイザーさ。

 さらに、『無償の』と肩書きが付くのだけどね」


 ひゅん、ひゅん、と鞭が風を裂く音がする。それは徐々に早くなっていき、絶え間なく続く。

 いつ、当るのか、いつ、当てられるのか……どれだけ、痛みが来るのか。恐怖という感情が僕にのし掛かる。

 セラレドが僕に攻撃することはない、そうは思う。

 けど、視界が奪われ、相手が密室空間で鞭を握っているという状況からくるプレッシャーが半端ない。


「本職は、拷問官なんだ。魔王軍直属の……つまり、苦痛を与えるスペシャリストさ」


 パシシィィン! セラレドが鞭で床を叩いに反応し、僕の身体がビクリとなる。


「状況を打破したいなら……ハルト、武器を構えるんだ」


 言われるままに腰にある鞭を握ろうとして――、それを失っていることに気付く。

 いつだ? いつ奪われた。まったく気付かなかったんだけど。

 それに、なんだこのイベント。クエスト開始メッセージが表示されない。


「キミの武器は、ここ。ボクの手の中にある……ほら」


 再び、鞭を打つ音が聞こえる。「おっと、ボクの鞭とこれじゃあ違いがわからないか」と笑いながらセラレドが言う。大丈夫、違いは分かる。まだ一日しか使っていない相棒だけど薄紅桜蛇の軽快な破砕音は聞き間違えることはないだろう。

 なんせ、鞭使いを自称する男ですから。


「これなら……分かるだろう」


 ひゅん、音がして、僕の頬に少しの痛みを感じた。

 手で拭ってみると、ぬるっとした温かみのある何かの感触を感じる……血が流れている、のか? 仮想世界なのに。


「ハルト、これからキミには二つの選択肢を与えよう」

「選択肢?」

「そうだ。この選択は、生き残った後に残るものだと考えて良い――――」


 ・苦痛を快楽と感じるまで調教される

 ・苦痛を愉悦と感じるまで調教される


「この、二者択一だ。ちなみに、第三の選択は存在しないよ」

「どっち、も、御免――――」


 声を出そうとしたが、そこまでしか発言できなかった。

 身体が石化したようになって、動かないのだ。どこに力を入れても反応しない。

 魔法を使おうにも、口が動かないし……そもそも、補助魔法しか覚えてないので離れた場所を攻撃する手段も何もないのだが。

 どうにか、この状況を切り抜けたい。さて、どうする。どうしようか?


「……悩んでいるようだね、ハルト。

 では、友人としての気持ち七割、お客様へのサービス三割で両方進呈してあげよう!」


 いらないから! と叫ぼうにもお口にチャック状態。セラレド、絶対良い顔してるだろうよ。

 僕は、苦痛に耐える覚悟をするが―――――予想に反して、感じたのは暖かい手で頭を握られる感触だった――そこから何かが中に流れ込んでくる。


「ゥ、アッー」


 自然と声が漏れ、いつまでも触れていて欲しいと……くっ、これが調教だと言うのか!


 ≪ スキル:≪痛覚快楽≫を取得しました。 ≫

 ≪ スキル:≪痛覚愉悦≫を取得しました。 ≫


 スキル取得メッセージが表示されたと思ったら、暗闇の中に光る人影が見えるようになった。体にも自由が戻る。

 目の前には、笑顔で両手に鞭を持ったエルフの少年がコニコ顔で僕の反応を見守っていますよ。先程の調教? が気持ちよく顔がニヤけた感じになっているので敗北感が半端ない。


「これらのスキルはハルトの中にあるけど、内に秘めている潜在的なものなんだ。不要であれば、思考するだけで常時発動させるか否かの切り替えができる。

 まだ魔力に馴れていない異世界人には、少し難しいかもしれないけどね」


 オフオフオフ、と念じたけど何も変わったような気がしない。確かに、簡単にオンオフはできないようだ。まあ、スキルの効果も知らないのに出来るワケもなしか。

 メニュー画面からスキルの項目を展開して、調教され得てしまったスキルの効果を確認……これは、ネタスキルだろう。必要がないのでオフにして――――


 ≪ 呪いを受けているため変更ができない。 ≫


「なん、だと……」

「だめだよ、ハルト。これから必要なスキルなんだから外すなんてとんでもない」


 いや、こんなスキルが必要なわけがない。

 ≪痛覚快楽≫は、痛みを受けると、威力に応じて幸福な感触に転化する。≪痛覚愉悦≫は痛みを受けると、威力に応じて愉悦を感じ、脳内麻薬がドパドパ分泌される。

 どうみても変態仕様です、本当にありがとうございました。


「これから行う訓練は、鞭での攻撃を全身に浴びることになる。

 昨日も少し説明したが、魔力で肉体を強化していても鞭による痛覚ダメージは大きなものだ。

 HPを削り、回復させ、HPを削り、回復させ――――、そんな作業を繰り返すのさ」

「……だから、必要と? セラレド。気を、使いすぎだ。

 鞭によるダメージは、その身で受け止めるのが正しい経験地上昇の鉄則。怪我は、訓練の勲章」

「それは――――」

「拷問ではなく、訓練なんだろ? それなら、正面から対峙してみせる」

「ふ、ふふ。それでこそハルト。見込んだとおりの男だよ」


 ≪ スキル:≪痛覚鋭敏≫を取得しました。 ≫


 僕の魂に応え、あたらたなスキルが覚醒した。

 効果は……受ける痛覚を倍増させる。上等じゃないか。スキルをアクティブ状態に変更しようとすると、警告メッセ―ジが表示された。


 ≪ 警告:このスキルは痛覚を倍増させるだけで得られる副次効果はありません。ご利用にご注意ください。 ≫


 問題ない。気にすることなくセットする。

 次に≪痛覚快楽≫のスキルを外すと、今度は『呪い』などとメッセージが表示されることもなく、変更することができた。≪痛覚愉悦≫は……残しておいて良いだろう。

 要するに、アドレナリンが分泌されるワケだからな。ヒャッハァするのには丁度良いかもしれない。

 セラレドが薄紅桜蛇を投げて寄越すので、パシリと右手でキャッチする。


「じゃあ、始めようか――――」


 そう言うと、セラレドは再び闇へと同化した。

 周囲は、暗闇。音も無い、静寂。そこに、ひゅん、ひゅん。と鞭を回す音が響き始める。


 ああ、このタイミングでくる――――直感はそう告げる。

 僕は、当たりを付けて迎撃するため鞭を振るうと、パシン! と両者がぶつかり合う音がした。


「まぐれかな? それとも……」


 続けて、二発、三発…………10発、11発。迎撃できたのは、初めの一撃だけだ。

 セラレドが振るう鞭は容赦なく僕に直撃する。それは、腕だったり、足だったり、頭だったり。時には、体を貫かれるような感覚もあった。

 しかし、打たれる毎に苦痛を感じると共に、テンションが上昇する。「よい破砕音だ」と、思わず軽口を叩いてしまう程に猛ってしまっている。


 初撃のように『このタイミング』というのは感じるんだが、鞭がどこから来るのかがわからない。

 セラレドは一歩も動いたような感じがせずに、初めの位置から攻撃してきているので太刀筋、もとい鞭筋に制限があるハズなのだがそれも感じないし……鞭での攻撃という範疇ではなく、スキルも混ざっているのだろう。


「フ、フフ。ハーハッハァ!」


 だからこそ、燃える。打たれて、打たれて、一方的な状態だが、闘士は消えない。

 受けた鞭が百を越え、痛みにも馴れて数えるのをやめたころ。「魔法を使ってもかまわない」とセラレドに言われたが、それは無粋だ。僕は無言で否定の意志を示すとセラレドが笑いを堪えた気がした。


 *


 開始してから、40分が経過しただろうか。

 途中で興奮しすぎたのが原因か、システムからの警告で≪痛覚愉悦≫が強制的にオフにされた。しかし、体に鞭が直撃し、苦痛による痛みを受け、破砕音を聞いてテンションが上昇していくのに何ら変わりはない。

 そうして――――薄ぼんやりと鞭の軌道が見えるようになってきた。

 今までは運良く防げていた攻撃が、明確に自分の意志で捌けるようになってきている。


「セラレド、見えてきたぞッ……」

「そのようだね。すべて迎撃してみせてくれ、ハルト!」


 セラレドの鞭が若干後ろに振られるのが分かった。このタメは鞭での刺突だ。この攻撃は威力があり、横から鞭で払おうと何度も試してみたのだが微動だにしない。ならば、だ。

 僕は、セラレドの動きをトレースし、同様の技を放つ――炸裂音。鞭の先端が激突した。


 防いだ、と思う間もなく次の一撃がくる。

 右上、左下からの鞭での同時攻撃ッ。


「ゴォッドォォ・ハンド!」


 対処はすでに考えてあったので、体がそれを勝手になぞる。

 右上を、≪ゴッドハンド≫で強化した鞭で払い、左下を≪ゴッドハンド≫で強化した素手で無理矢理防ぐ。鞭での攻撃を防御しようとする過程でできるようになった、≪ゴッドハンド≫の多重起動。

 僕の持っている、現在最高の切り札である。


 だが、セラレドの攻撃は次が本命だ。正面からぶつかり合っても負けるのは必然。だったらッ!


 ≪ステップ≫を発動し、間合いを詰めてセラレドの首元を鞭で掴み――――「ちょいさぁ!」と、頭を顔面に打ち付けてやった。そのまま背中に足を乗せ、腕を引けば鞭で首が絞まる体勢に持っていく。

 暗闇でも鞭が見えるようなったし、相手の身長も事前にわかっている。それなら持ち手から算出して首のある場所を攻撃する程度の芸当は造作もない。

 勝利、だ。今までの苦難を乗り越えたと感じたら、自然と勝利の雄叫びを轟かせてしまう。


「よっしゃぁあああああああ!」


 ≪ スキル:≪ウィップスピアー≫を取得しました。 ≫

 ≪ スキル:≪ダブルスネイク≫を取得しました。 ≫

 ≪ スキル:≪ロングウィップ≫を取得しました。 ≫

 ≪ スキル:≪暗闇耐性≫を取得しました。 ≫

 ≪ スキル:≪魔力探知≫を取得しました。 ≫


 やったな。とうとうやった。感動した。

 すごい達成感だ。覚えたスキルの効果を確認して、さっそくこの訓練場? で使わせてもらおう。


「ハルト、そろそろ降りてくれないかな」

「うわ、ごめん」


 気付くと、周囲には照明が灯り、暗闇から光のある空間に戻っていた。

 足蹴にしていたセラレドの背中からどいて、立ち上がった彼の執事服をパンパンと叩いてやる。


「まずは、お疲れ様。どうやら、無事スキルを覚えたようだね」

「おかげさまで。それにしても、良い鞭捌きだったよ」

「それはこちらのセリフだよ。ハルト……

 本来なら、一発づつスキルによる攻撃を身をもって確認させた後に、指導しよる伝授をしようと思ってたのに自力で覚えてしまうんだから」


 身をもって確認させるどころか、必要以上に打たれた気がするんだ。思い違いだっただろうか?

 軍曹とやった短剣の訓練は、わら人形相手だったし……きっとそれが自然な訓練の流れだったに違いない。要するに、初めの拷問を臭わせるようなやりとりは”無害そうなエルフの少年が持つ悪趣味”ということ。


「≪暗闇耐性≫と≪魔力探知≫に関しては、通常の訓練をやっていたのでは覚えることができないスキルだ。

 僕の特訓のおかげだと思って勘弁してくれると嬉しいな」

「いや、楽しかったし問題ないよ」

「ふ、ふふ。≪痛覚鋭敏≫のスキルを付けて訓練をしてそのセリフを言いますか」

「結構痛かったけど、≪痛覚愉悦≫の効果で、アドレナリンが分泌されて痛みに鈍感になっていたから。

 それに、HPにダメージを受けるのは一瞬で回復するし。セラレドのその鞭……特別製だよな?」

「そうだね」


 説明を受けると、セラレドの持っている鞭は『粘菌鞭』と言って、店売りしていない特別商品。

 青色の綺麗な触手で少しネバネバしている。要は、少々グロテスクな一品だ。

 スラリィの肉体をベースに回復スライムを編んだ拷問用の鞭で、ダメージを与えながら回復させる効果を持った鬼畜仕様なんだそうな。まず、肉体をベースとか言っている時点で設定として色々と倫理的にアウトだと思うのだけど……拷問官だし、これぐらいはセーフなのだろうか。


 脅されている時に≪ウィップスピアー≫だったのであろう攻撃を受けた際に出血したと思ったのは、この鞭の粘液が付着したのを血痕と勘違いしたからの様で体は完全に健康だ。

 着ている学生服がボロボロになったので、そっちの修復はしなければならないが。


「服なら、ハルトが寝ている間にメイドさんが修繕してくれるよ。

 魔法による強化をされている場合は服屋で修繕費を払う必要があるのだけど、その衣装なら問題なし」

「そ、それだとヒメノさん……うちのメイドさんの好感度が下がったりしない?」

「しないよ。やってもらったことに対して、きちんとお礼を言ったりそれなりの対応をすれば好感度はむしろあがる。現に、僕はハルトのこと大好きだからね」


 咄嗟に≪ステップ≫でセラレドから距離を取り、鞭を構えて臨戦態勢に。


「そういう、打ったら響く反応が好きなのさ。

 恋愛対象としてはヴァレリア一筋で、男には興味のかけらもないから安心して」


 良い笑顔で言うセラレドが握り拳を出したので、そこに≪ゴッドハンド≫を発動させた拳をぶつけておく。


「ぐぬぅ……」


 僕は鉄板を殴ったような感触を味わったが、相手は「ふふ」と笑っていらっしゃる。


「魔王軍の拷問官は伊達じゃないのさ。

 鞭がなくても、獣を引きちぎって血を啜るぐらいの拳は持っているさ」

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