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014:廃人は人生を削る

視点:開発+兄貴

「主任、モニタリングお疲れ様です。しかし、こんな仕事は俺たちに任せてくれれば良いのに」

「趣味の範疇だからな。それに、他の連中も少し前まではいたぞ。今は夜食に牛丼を食べに言っているからな、私はお留守番だ」


 第二開発室。壁面に設置してある複数のモニターに、プレイヤーのデータが表示されている。

 それはリアルタイムで更新されており、今こうして見ている瞬間にも数値変動を起こす。これを元に統計を取り、数日間はリアルタイムでバランスが崩れている部分を調整したり、サーバーの状態を確認し続けるのだ。


「ああ!」

「討伐されたようだな」

「くー、一日持つ計算だったんですけど、バランス調整しくったかー」


 正式サービス開始から13時間。

 最初期に戦えるボスの一体である異合竜ドラゴ・スワンが討伐された。


「プレイヤーは……あ、くそ、遼子ちゃんのパーティですよ、声優まじめに仕事しろ!」

「11時まで私と一緒にメディアのインタビューに応対していたが?」

「そういうコトじゃないですよ、くそ、くそ、悔しいなー」

「まあ、彼女はアルファテストからやってる最前線だからな。

 しかし、10時間程度であそこまで辿り着くとは……」


 驚くべきプレイヤースキルだと、私は思う。

 アルファ、ベータからやっている人間もメイド・執事のキャラメイク設定以外は初期化されるので、知識量に差はあれどスタートダッシュはほぼ同じ。

 しかも、彼女は現実では貧相な……鍛えていない、一般的な女性だ。基本パラメータも、当然低い。

 加え、テスト時のモンスターパターンを記憶している人間の意表を突くように嫌な動きを既存のモンスターに組み込んでいるし、ベータで使っていたエクストラスキルが覚えにくいよう嫌がらせをしていたというのに……今、私と喋っているプログラマーの松平くんが。


 今回ボスを討伐した小泉くんもそうだが、一般社会で『廃人』と言われる連中は、ゲームの連続プレイで集中力を途切れさせることがない。当然のように課金して、プレイ時間制限を16時間に延長しているのにトイレや食事休憩を取らない人外すらいる。

 HMEで定期的に身体スキャンをして、異常があるならすぐに強制ログアウトされるハズなのだが……それをくぐり抜けてプレイする。健康なのか、そうでないのかまったく分からない連中だ。

 ただ、仮想世界を満喫してくれるという点では非常に好感が持てる。


「くそおおおお、しかも初討伐パーティ名称公開にしてますよ。

 どんだけ自己啓示欲強いンスかあの連中……ぐおお」

「フ、文句は本人に言ってやれば良い。

 自宅へ帰る時間が惜しいとかでB棟の女性用仮眠室でプレイしているからな」

「くぁwせdrftgふじこlp」


 ……彼は優秀なのだが、バランスに拘りすぎる所が玉に瑕だ。


 MBOは、ボスの初期討伐が発生した際に『公式よろずサイト』にボスのシルエット、討伐したギルド名称、パーティ名称、人員が登録されるようになっている。

 もちろん、強制ではないので倒した場合に非公開設定を選択すれば匿名となる仕様だ。

 倒したボスは拠点で模擬戦闘ができるようになり、タイムアタックでスコアを競い合えるようにもなる。要するに、廃人が自己PRする機会は存分に設けてあるということだ。作者サイドから与えられる報酬は何もない。

 このゲーム以外のVRMMOによっては、『ユニークスキル』『エクストラスキル』などの名称で、一人しか覚えることができないスキル、制作側から特定の個人にボーナスとして付与した強力なスキルなどが設定されているが、MBOにそんな糞仕様は存在しない。

 ラストアタックボーナスなどという、人を不仲にするだけのふざけた要素も、だ。


 私たちが作ったゲームにおいては、全てのプレイヤーが平等だ。

 努力をして得た結果だけが反映される。それは、現実で覚えたスキルを持ち込めるという意味でも。


 どこかの評論家に「病気で身体が弱い人が不利な仕様ですね」と断言されたことがあるが、全然わかってない。

 仮想世界は、想像が反映される世界だ。身体が弱っていたとしても、心が強ければ強くなれる。魔力で身体強化をするのが基本という骨子を作ってあるのだから、どれだけでも強くなれる。

 それは、自堕落な生活をして惰眠を貪るニートのような現実逃避型の人間にも該当する。イメージさえあれば、強くなる。


 仮想世界は、優しい。

 努力をしたらそのぶんだけ数値が変動し明確な結果が残る。その努力は、誰にでもできる。


 ただ、努力では覆せないプレイヤースキルの壁はあるが。

 そんなもの、現実でスポーツに打ち込んでいる人間だって同じだ。要するに、文句を言う連中はゲームをやってから文句を言えという話なのである。

 これだから評論家という人間はいけない。メディアの連中に次いで嫌いな存在だ。

 ……おっと、私も熱くなりすぎる所がたまにキズだな。これは、プログラマー……松平くんのことをとやかくは言えまいな。


 それで、このMBOにおける『エクストラスキル』は”俺だけの必殺技”を体現した機能だ。

 プレイヤーが行う特定動作、脳派を抽出し「ここだ」というタイミングの動きが自然にスキル登録をされる。以降、同様の動作をしたときに必殺技を使うという意識を持っていればエフェクトが派手きなったり、効果音が大きくなる。攻撃力も内部熟練度によって補正がかかるという、実用的で楽しく使える要素として設定されている。


「それと、松平くん。規定外武器も既に30種類を突破した」

「くっ……変態プレイヤー割合多すぎですよ! 初期出荷は200万本でしたよね?

 というか、何処情報ですかそれ?」

「味噌デルタ社と大津波の社員連中による、プレイした上での目視確認。

 レアものだと、ゲーム内コラボしていたトンガッテルコーンを指嵌めして魔物を貫いたり、割り箸で白羽取りしたりとかいう連中がいるらしい」

「くうう、俺を虐めるためにやってるんですか?

 補正がない武器というか、武器じゃない何かで戦おうとする馬鹿どもは」

「自意識過剰だ」

「そうですけど、くおーーッ! こういう連中のせいで素手最弱の構図が作れないんですよ。こう、攻撃補正がない素手の射程を基準としたバランス調整がしたいのに。

 微妙に射程を伸ばしたりされるのに腹が立つというか、バランス調整した武器を使ってくれというか」

「キワモノで戦ってる連中は、プレイヤースキルが高い傾向も問題だな。それと、もうひとつ」

「……悪いニュースですか?」

「ああ。キミにはな。今、二体目のボスが撃破された。今度は、宍戸くんたちだ」


「くそあああああああああああ、うああああああああああああ」




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ――――こない。連絡が来ない。メールも電話も何もこない。もうすぐ今日が終わってしまう。

 パーティ連中と一緒に冥狐グラムフォックスを倒したのは良いんだけど、喜びを純粋に味わえない。


 フレンドリストから遙人と姫香の状態を何度も何度も確認したけど、『Maid Butler Online Play Now...』と表示があってログインをは確実にしていた様子なんだけれども。

 執念の15分毎のチェックによれば、遙人は11時から休憩挟みつつ6時間、姫香は19時までプレイしてる。にも関わらず、関わらずに俺に対しての連絡が何もこない。この悲しさは異常すぎて涙がでる。


『兄貴、このゲームすごい楽しいね。一緒にやろう』

『あにき対戦です、刀の錆にします』


『そうそう、楽しいだろ。対戦したいだろ。そう思わせるために俺はMBOを買い与えたのさ!

 ……だが、お前達では、俺の実力についてこれまいッ!』


 ――――と華麗なる演出をしようと思っていたのに、完全放置されるとは思っていなかった。

 そりゃぁ、俺だって理由があって電話は無視するけどさ……メールは返信してるじゃない。母さんから『今日は、遙人と姫香がお兄ちゃんを探しに仮想世界へ行くからね!』と早朝にメールが来て、ものすごーく楽しみにしてたのに、あんまりだろうこの仕打ちは。

 絶望、絶望が俺のゴール。俺が、俺たちが絶望だ……


「ご主人様、また溜息が出ていますよ」

「んあ……すまん」


 拗ねた声のカエデに、目を見つめられながら頬を摩られ、注意を受ける。

 あー、可愛いです。ぶひょおおおおって可愛さ。

 カエデちゃんマジメイド天使。愛しすぎて俺の嫁マックスハート。


 ……今の俺は、拠点のベッドでカエデと同衾中。課金して倫理設定は当然全裸解除済みだ。

 パーティの連中はビールやオレンジジュース片手に打ち上げを始めたが、疲れていると言い訳して先に引き上げてきてしまった。プレイ開始から13時間経過してるしな、言い訳としては自然なハズだ。


「弟妹に会いたければ、会いに行けば良いですか。たとえ現実ではなくとも、今なら顔は見られるのですから」

「……会いたくは、ないんだよ。

 だけど、覚えておいて欲しいとは思ってる。我が儘だよなぁ、捨てる側なのに」


「ご主人様は、本当に最低の屑ですね」


「ッ、その物言いはグサリときた」

「ええ、刺すつもりで言いましたから」


 隣り合って座っていたカエデの肩を押え、無理矢理ベッドに押し倒す。

 安物のベッドなので、スプリングがギシギシと音を立てる。

 馬乗りになって唇を奪いながら、どう逆襲してやろうか考え――――、そうだな。両胸にある巨大な隕石を押し返すのが良いな、たかが石ころふたつ押し返してみせる!


 ぽよーん、ぽよーん。うおおおお、いつ触れてもたまらんもんだ。

 カエデが俺の深いところにある気持ちを見透かしたように、普段は見せないような冷めた目を向けてくるのが結構ツライが……目を閉じればどうということはない。

 平時ようなテンションであれば「俺の業界ではご褒美だからな、この表情を蕩けさる作業こそが至高なのさ!」と格好良く言ってやれるんだが……今は、遙人と姫香から連絡がなかったことに微妙にショック状態でなぁ。

 目を閉じて、胸の感触に集中することにしよう。そうすれば癒やしのオーラにによって明日からまた頑張れるハズだ。


 もみもみもみもみ、ああ、癒やされるね。もみもみもみ……

 もみ、もみもみ、スリスリ、スリスリ……くりくり、くりくり、もみ、もみ……


「ご主人様」

「なんだね、何をして欲しいんだね?」


「お暇を頂きたく存じます」



 そう言われた瞬間、俺の頭は疑問符で埋め尽くされ――――

 翌日から、カエデがいない日常が始まりを告げた。

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