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012:炸裂する鞭術

 執事が、大太刀で僕に斬りかかる。

 同時に、左腰から鞭を引き抜きバックハンドで大太刀の持ち手を狙う―――、直撃。

 炸裂音がして大太刀の軌道がブレる。僕は≪ステップ≫で森本くんと距離を取り、一呼吸間を置く。


 与えたダメージは、HPゲージを少々減らした程度。相手の攻撃に比べて微々たるものだ。

 しかし、憑依状態の彼はゴーストとHPが共通化されているので実際には5%ぐらいは削れている。単純に考えて、同様の攻撃をあと19回当てれば僕の勝利となる。

 ……まぁ、あと三発もスキルによる攻撃を喰らえば僕の体力がゼロになるワケだが。


 だがね、鞭の効果はそっちよりもプレイヤーへのダメージフィードバックにある。

 鞭は、現実なら数発で人間をショック死させる程の威力を持っている。

 この威力を調整して拷問などにも利用されるワケだが……MBOの場合は軽量武器としてHPダメージが控えめに設定してある反面、痛覚は剣などの武器による攻撃より若干高めに設定してある。

 つまり、集中力をかき乱すのには最適なんだよ。デコピンされたぐらいは痛みを感じてると思うから、痛みに馴れてない一般学生には結構ストレスだと思いますよ。


「よっ、と」


 ヒュンッ……パシィィン! パァン! パシィィンッ!

 連続で三発、執事さんが空振りをして体勢を戻すまでに攻撃を当てる。これで、残り16発で確殺。


 森本くんが魔法を唱えようと詠唱をしていたようだが、それも「ぐっ」と言う声が漏れたことにより中断される。

 さらに攻撃を続けようと思ったが、さすがに問屋が卸してくれないようで「ウィンドブレード!」の声と共に刃が僕に襲いかかる。≪ウィンドエッジ≫の太刀版といった所か。

 まあ、遠距離攻撃の対策も講じてあるので無駄だがね。

 鞭の攻撃速度は音速を超える。僕が視認できる程度の攻撃を打ち落とすことなど造作もない。


「グラウェイトッ!」


 ただ、普通の鞭の状態では打ち負けるので魔法による強化が必要だが。

 先生に習った≪グラウェイト≫という魔法は対象の武器の重量を増加させる。≪プロテクトウォール≫と同様に、使っている間に魔力占有&消費が発生するので使い何処を考える必要がある魔法だが、その効果は絶大。


 鞭によるなぎ払いを≪ウィンドブレード≫にぶつけると、魔力でできた刃は簡単に崩れ去った。

 そのまま鞭を運び、執事の顎下に当てる形で振るってやる。パァァン! と小気味良い音がして、森本くんのHPを削る。魔法による強化をしてある状態なので、通常三発分くらいは削れている。

 調子に乗らずに、≪グラウェイト≫を解除して残りMPを確認―――――三割しかない。

 序盤に≪プロテクトウォール≫を割られたのが効いてるな。亮平の介入次第では厳しいが、さて。


「こざかしい真似を!」


 僕は芳野の方へと合流するため、≪ステップ≫を織り交ぜて緩急をつけて移動する。

 流石に、無傷とはいかずに良い感じの一撃を貰ったが、この程度ならリカバリが効く、問題ないッ!


「芳野、チェンジ!」

「あいさ、お任せ任せた!」


 芳野に飛びかかろうとしていた狼に鞭を当て、僕に振り下ろされていた太刀を芳野が斧で受け止める。

 リリスさんはそれに追従して森本くんの横腹に右ストレートをぶち当てる。

 双剣と戦いたいと宣言した妹。大物武器同士森本くんが良いと言った芳野。希望がなく亮平担当になった僕。

 これで、作戦会議の時に僕らが考えていた組み合わせになった。


「アイアン・プロテイン!」


 芳野が補助魔法を唱え、僕の防御力が上昇する。

 これ以上攻撃を貰う予定はないので無駄に終わるがね、フッ……とか内心で思ってしまいニヤリとするワケだが、この気持ちは胸に秘めておこう。攻撃くらったら恥ずかしいし。


 突進してくる狼に鞭を当てる作業をしながら、芳野と森本くんが戦っている側面に回り込む。

 ズルっこいが、亮平の銃撃を避ける肉壁にするためだ。

 隙間を縫って当ててくる可能性もあるため、自分の体を適度に動かしつつも、牙で噛もうとしてくる狼を執拗に攻撃する。


 ヒュンッッ、パシィィン! パシィィン! バチィン! パシィィンッ!


 相性が良いので一方的なワンサイドゲームだ。

 狼は爪と牙しか持たないので、鞭の間合いである七フィートに入ろうとした瞬間に攻撃を当ててやれる。

 硬直するし、ノックバックでなかなか僕に近寄れない狼さん。


「お手頃距離なんだよね、ちょいさぁ!」

「遙人ォ! メーラを痛めつけるとか許さねぇぞ!」


 親友の怒声にちょっとびびり、鞭を振る手がブレてしまう。


「うおっ」


 その隙にタイミングを合わせてきた狼。見事に足に噛み付かれてしまった。

 しまったんだけど、狼との戦闘は三回目の経験なので対処は簡単だ。≪魔力伝播≫を利用して、噛まれた足から魔力を流し込む。

 ついでに、鞭を連続で当ててやる。近距離過ぎて攻撃力は落ちるけど、ダメージにはなるハズだ。


 足から牙を抜き、狼は僕から距離を置こうとするんだけど、ここでもう一撃。


「ゴォォォォオオオド・ハンド!」


 右腕から魔力が鞭へと伝播して、漆黒色をした鞭を紅に染め上げる。こいつは、狼を鮮血に染める一撃だッ!

 ≪ゴッドハンド≫を頭から喰らった狼は、クゥゥゥンと悲しげな声を上げ、その場に倒れ込んだ。


「メーラァァァァ!」


 亮平が声を上げるので、狼さんの死体にもう一度鞭を振るっておく。

 はい、パシィィィン! パシン! パッシィィッ!


 ≪ 警告:対象はもう倒れているので、攻撃を控えて下さい。 ≫

 ≪ 警告:対象はもう倒れているので、攻撃を控えて下さい。 ≫

 ≪ 警告:対象はもう倒れているので、攻撃を控えて下さい。 ≫


「メーラァァァァァァぉぉぉぉ! 遙人ォォォ! てめぇえええええ」

「これは殺されたヒメノさんの痛み! これは殺されたユキちゃんの痛み! そして最後はオマケだ、オラァ!」


 そんな僕に向かい、亮平は銃を向けて――――


「魔力装填・ホーミング! ゼロ・エミネイション!」


 まずっ――――、そう思って軸をズラしたのだが、回避できずにパァァン、と。

 亮平が撃った弾丸は、森本くんと執事の体を貫通し、僕の心臓を貫いて残りのHPを削り取った。


 ≪ HPが0になりました。これより観戦モードへ移行します。 ≫



 ふわりと、倒れた自分の体から霊体的なナニカが抜き出て観戦モードへと切り替わる。


 ……負けて、しまったか。最後まで生存できなくてちょっと悔しい。

 まあ、森本くんはもっと悔しいだろ、フレンドリファイア(味方の攻撃)で死亡したんだから。

 森本くんは犠牲になったのだ、僕を倒すための犠牲にな……


 最後に亮平が使った≪ゼロ・エミネイション≫。

 これは僕も覚えている魔法スキルで、攻撃に貫通力を付加するというものだ。『防御魔法を打ち破った、だと……』的なコトや『バリアの背面から攻撃、だと……』的なコトを行うことができる。

 本来だったらこれを≪プロテクトウォール≫を展開しながら使う予定だったんだけど、その前に割られてしまったので今回はお役御免だった。


「兄さん、お疲れ様でした」

「ハルト様……早々と退場することになり申し訳ありませんでした」

「ユキちゃんもご苦労様でした。ヒメノさんもお疲れ、あれは仕方ないって、不意打ちで頭パーンだもん」


 どうやら、観戦モードは霊体になって仲間と共に戦闘を見守ることができるシステムのようで……先にやられてしまったヒメノさんとユキちゃんが透明になって浮いていた。

 もともとゴーストという種族であるヒメノさんなんて、その透過率は80%ぐらいだ、ユキちゃんに比べて薄いのなんの。


「卑怯ですよね。私なんて開始30秒ぐらいで、八発貰って死亡しましたもん。

 ですけど、カタキは姉さまが――――」 


 亮平へ視線を向けると、丁度良いタイミングで姫香が命を刈り奪る場面だった。


「お命頂戴!」


 刀による一閃は亮平の頭上にあったHPゲージを一瞬で半分削り取り「あぁ、ゲームだから首切り一撃死はないのですか」と物騒な発言をする妹に、眉間、心臓と順番に刺されて死亡した。

 そこに芳野が近づいて、死体を大斧でメッタメッタにしている。

 飛び散るのは青っぽいポリゴンだから微笑ましいもんだが……




「では、初対戦を終え、お疲れ様でしたー!」

「「「お疲れ様でしたー」」」


 対戦は僕らの勝利に終わり、亮平のプレイスタイルにキレた芳野と、フレンドリファイアでやられたことに納得がいかない森本くんにダブル説教をされる親友。叉木亮平くんを安全圏から見守るイベントを消化。

 現在は宿屋の1Fでプレイヤー組み、従者組みに別れてテーブルを囲んでいた。

 テーブルの上には、漫画で見るような骨付き肉が六人分と、ビールグラスが並べられている。もちろん、僕らは未成年なので仮想世界といえどもビールは偽物だ。

 ノンアルコールは飲めるんだけど、アレは酔えないのにゲロマズの理解不能味だし……見た目はビールだけど味はジンジャエールこそが今時の学生のトレンドなのである。


「それにしても、宍戸妹はかなりの実力だな。

 仮想空間なら格闘技経験者にでもスキルで劣ることはないと思ったが、二対一で負けるのだからプライドが折れるかと思った。

 いや、本当に強いですよ、デュフフ」

「えーっと、デュナメェスさん? 地っぽい性格がでてますよ、ちょっと気持ち悪いです」

「うお……すまいない、オレとしたことが取り乱したようだ」


「宍戸兄も……かなりデキる。プレイヤースキル11と言っていたのはブラフか」

「そうだね。あれは短剣使った時の実数値。今ステータスを確認すると……18だな。かなり上昇してる」

「ふむ。キマと組むより有意義だな。どうだ? 私たちのパーティに入らないか」

「んー、せっかくだけど遠慮しとくかな。

 戦闘中の森本くんすごい人格変貌してたもん、現実とのギャップが恐い無理」

「い、いや、宍戸くんも酷かったよ、鞭打ち鬼畜人間だったじゃない。

 メーラちゃんに笑顔で鞭打ってるとこを見た時は引いた」

「あー、あれはね。チュートリアルイベントで狼に噛み殺されたから恨み節あったかも」


「なぁ、倉橋さん……許してくれって」

「誠意がないねー、あっても許さないけど」

「所詮ゲームの話じゃねーか、くっそ、このどけち野郎が」

「野郎じゃありません。

 遠距離狙撃なんて姑息な真似して、何度チャンスタイミングに苦渋を飲まされたか……」

「オメェがノーラに斧を振るから悪いんじゃねーか! 愛しのノーラが痛がったら俺の心が傷つくだろ」

「対戦だから傷つけあうのは当然だよね。嫌ならやらなきゃ良いよねー」


 ひとしきり会話を楽しんだあと、亮平たちはプレイ時間制限だからとログアウトしていった。

 明日も同じメンバーでやるからと僕も誘われたんだけど、森本くんと土屋くんのロールプレイレベルが高すぎるのでお断りした。

 理由はそれだけでなく、ヒメノさんと二人で行動して仲を深めようという思惑があるのだけど……


「兄さん、私は規定時間ぎりぎりまでやりますので」

「了解、僕はお先に落ちるから」


 妹は、これからユキちゃんを鍛える作業をするらしい。

 この世は弱肉強食なので、強くならなければ生きていけないそうだ……なんというやる気。

 僕は疲れてしまったので今日のプレイはこれで終わることにする。芳野は、これから宿屋でリリスさんにマッサージをしてもらうらしい。仮想世界ライフを満喫してるなぁ。

 ログアウトする前に、ひとことヒメノさんへ声を掛けておくことにする。


「今日は案内ありがとう。おかげで楽しいプレイができました」

「いえ、職務ですので」


「……職務なら、もう少し優しくしてくれると嬉しいです」

「善処します」

「じゃぁ、また明日」

「はい、また明日……お疲れ様でした」


 そう言ってくれた彼女が少し微笑んでいた気がして。

 『Maid Butler Online』体験一日目は、満足できる幕引きなのであった。

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