011:初めての対人戦
「では、これより第一回蹂躙会議を開催する」
僕が音頭を取ると、妹と義妹は嬉々として。芳野はいつもの笑顔で。残り二人は冷めた目線で円陣を組んで会議を開始する。
「まず、お互いの得物を確認しよう。僕は、腰に吊してるから分かると思うけど、鞭。
魔法は鞭をサポートする自己フォロー系ばかりの中距離特化。ヒメノさんは短剣近接」
「私は見ての通り刀です。ユキ……この子は小太刀の二刀流。
二人とも近接戦闘特化で魔法は肉体強化のみ。倉嶋サンは?」
「大斧だねー。装備せずにアイテム欄に格納してあるよ。情報伏せといた方が良いと思ったし。
叉木くんも同じ考えみたいで無手を装ってるけど、実際は何を使うことやら。
それで、魔法は私も肉体強化。リリスは近接と敵の能力下げるヤツだね」
なるほど、情報を伏せるとはやはり天才か。亮平、本気で勝ちに来てるなぁ。
……ここまで話していて重要なことに気が付いた。僕は、パートナーであるヒメノさんの能力を把握していない。模擬戦で短剣を使って戦闘をしていたので、せいぜい使う武器を知っているぐらいである。
「ハルト様。私、短剣なんて持ってないのですが」
「ん? 模擬戦の時に使ったヤツは?」
「軍曹からの借り物です」
まさか。『ヴァレード・ヘヴン』で彼女が選んでいたのは自分用の鞭だったというオチか。だから鞭専門店ではなくて、普通の武器屋に行きたがっていたのか……
自分が鞭を購入することで頭がいっぱいなので何も考えてなかったよ、ヤバイ。背中に嫌な汗が流れてる気がする。
このタイミングで「魔法は何を覚えてるの?」なんて聞いて見ろ。周囲から非難が上がるのは必然だぞ……
現状でも、芳野が感づいて嫌な視線を送ってきてるからね。
一見は笑顔に見えるんだけど、長年の経験で目の奥が笑っていないのが分かります。普段はぽわぽわした雰囲気をしてるし言動もするんだけど、鋭い女の子だからなぁ。
腹黒とかではなく、天然にみえるけど天然ではないというか、中身が委員長系だというか。
ともかく、誤魔化すより道はない。妹がいなければ正直に告白して懺悔したんだが、妹の前で情けない兄を演じるのだけはプライドが許してくれない。
「ゴメン。軍曹から僕が貰ったぶんを渡そうと思って忘れてた、ハハ、ハハハハハ。
ヒメノさん、魔法について説明を」
「私の魔法は中距離~遠距離の攻撃系です。
それと、ゴーストという種族はパートナーに憑依して戦闘するのが基本ですが、私とハルト様は時間がなかったためこの練習をしていません。
相性が悪いと動作が鈍るので、利用は避けようと考えています」
「ボクも同じ意見だヨ。ぶっつけ本番は恐いからね。スキル封印」
正直、憑依して戦う気満々してました。
あぶない、迂闊な発言をしなくて良かった。
「なるほどねー。と言うことは、サクラちゃんは戦力外と考えて良いかな」
「そう思って頂いてかまいません。ですが、囮か肉壁にはなってみせるつもりです」
「根性ある子だねー。リリスも肉壁役だから、今日は二人でミートウォールと洒落込んじゃおうぜー」
「よろしくね、サクラちゃん」
「いやいや、ヒメノさんは僕が守るから肉壁役などやらせんよ」
「おお、兄さま格好良いです!」
好感度逆転のチャンスだと思って格好を付けたけど、ヒメノさんに「はぁ、コイツ何言ってるの?」という目線を頂きました。僕たちの業界ではご褒美……じゃないよ! 心が純粋に冷え込みます。
どうやった好感度上がるんですかコレ。
妹のメイド……まだ自己紹介してないけど、ユキちゃんだったかな。彼女は、本当に良い子ですよ。こんな僕にまで癒やしを与えてくれるのですから。
頭をなでなでしてやると、「えへへ」と微笑んでくれますよ。
これで胸が大きくて僕より少し年下で妹に外見が似てなかったら惚れてたね。
「それじゃぁ、私たちは全員近接戦闘で何も考えなくて良いですよね。
ガンガンいこうぜ? 血祭りしようぜ?」
「んー、無策だけどそれが良いかもね。叉木くんの性格なら、多分ツーマンセルで来ると思うから。
こっちも主従でコンビを組んで戦うことだけ意識しよう」
「了解、それなら、誰が誰と戦うとかはどうしようか―――――」
話し合いはすぐに終わり、残りの4分ぐらいは妹とお互いのメイドを紹介し合った。
ヒメノさんは姫香とは非常にすぐに……瞬間的に打ち解けて、僕に見せないような笑顔を向けている。そりゃぁ、モデルが妹だから相性抜群なのかもしれないが、凹まされる。
妹の血の繋がった兄である僕には警戒心バリバリだというのに。
ユキちゃんは「兄さま兄さま」と慕ってくれる。同じ妹キャラであるのに本質は何が違うのだろうか……おかしいよなぁ。
さっきの作戦会議の後も「貸しですよ」と耳元で言われたし。
武器のことに、ステータスを把握していなかったことを妹の前で深く追求しなかったからだろう。
だけども、ここまで失態を演じている僕のサポートをしようとしているのだから、見方によっては優しくもみえる。うん。こんなに優しいヒメノさんだから、デレ期が来たら可愛くなると信じよう。
信じないとそろそろ本当に心が折れる。
「今の時間にて作戦会議終了だ!
これより、バトルを開始する。総員配置用意!」
土屋くんが声を上げたタイミングで、僕らは一列に陣形を組む。
相手は、亮平との土屋くんのメイド……ラミアのお姉さんを後方に配置して、前衛は4人。
亮平の手には未だに無手のまま。魔法による支援がメインか? それなら武器がなくても問題ないし。
「では、このコインが落ちたタイミングでバトル開始だ。いくぞ―――――」
コインが、中に舞う。
まわり、まわり、まわり―――――落ちる。
「スモーク・ミスト!」
瞬間、亮平が大声で呪文を唱えて視界が煙で塞がれる。
短縮で唱えてるのに、なんて効果だよ……いや、これは事前に詠唱してたのか。仕切り屋の亮平が戦闘開始の合図を出さず、土屋くんが合図をした時点で警戒しないといけなかった。
僕は、攻撃を警戒してバックステップを踏むと、そこに大太刀の横なぎが直撃した。
「くっ、貰ってしまったかッ!」
吹き飛ばされるが、≪受け身≫を発動して着地し、≪ステップ≫を発動して右側に体を移動させて連撃を回避する。
HPの減少は二割。通常攻撃ではなくスキルによるダメージだろう。
スキル名称は聞こえなかったので、体捌きで動作をなぞる任意発動。体を引いてダメージを軽減してると思うのにこの威力―――――
「プレイヤースキル高すぎだろ、森本くん……」
煙が晴れた所にいる、僕を斬った本人に向かって声をかける。
いや、正確には斬ったのは彼ではなく、彼の執事……ヒメノさんと同じく、ゴーストだ。その執事が、森本くんに憑依して、彼が背負っていた大太刀を構えている。
森本くん本人は魔導書的な仰々しい装飾の本を持っているので、おそらく魔法専門。
追撃を狙ってこなかったコトを考えると、補助特化と考えて良いだろう。
「オマエを……殺す」
「プロテクト・ウォール!」
ずぅん、と、執事が上段から振った太刀を防御魔法が受け止めてくれる。じりじりと、耐久値が減っていく。
攻撃が、魔法訓練で受けた≪フェアリー・アロー≫とは比べものにならない程重い。
大太刀という重量がある得物を受けていることと、憑依状態のゴーストが攻撃しているので攻撃の値にボーナスが付加されているからだろう。
今の状況では、ヒメノさんがフォローしようがないので劣勢な感じだ。だが……好ましい。
熱いじゃないか、燃えてくる! 倒してやろうと、僕の魂が叫ぶッ!
これを圧倒的なまでに覆すにはッ!
目に目を、歯には歯を、憑依には――――ッ!
「ヒメノさん、憑依だ!」
≪ 好感度が不足しています。
この状態で憑依するとプレイヤーの動作が阻害されます。 ≫
……高まったテンションを瞬間冷却する警告文。
さらには、一発の銃撃音と「あっ……」というヒメノさんの声。
彼女の頭部には握り拳ほどの穴が開いており、そこからポリゴンの破片を吹き出していた。
ぱたん、と。彼女は倒れる。
左右から迫る剣戟を捌いている僕の集中力が乱れ、そこに森本くんが唱えた呪文が直撃して≪プロテクト・ウォール≫の耐久値をゼロまで削りきる。
「くそっ……」
視線を妹にやると、こっちは善戦している……一対二で。
初期配置で後方にいたラミアは前衛に加わり、土屋くんが持っていた双剣を装備。本人は魔法で生成したであろう剣を両手に装備。合計四本。それを、妹は一本の刀で受け止め、払い、隙を突いて攻撃している。
ユキちゃんは、アレだ。ヒメノさん同様に死亡状態。
銃撃音は聞き取れなかったが、おそらく初手で死んだのだろう。地面に横たわっている。
芳野は、苦戦している。こっちは二人生存しているが、小型の狼に翻弄されている。
亮平のメイド、狼人の少女が化けているのだろう。芳野が斧を振るい、リリスさんが素手で殴りかかろうとするが、亮平に銃撃されてあと少しで手が届くタイミングでノックバックさせられている。
……亮平、終わった後に芳野がブチキレても知らないぞ。
「よそ見しているとは余裕だね、イレブン」
「それ、僕のこと?」
「プレイヤースキル11なんだろ?」
「まぁね」
だがね、よそ見とは心外だ。
状況を確認したのはヒメノさんを倒した攻撃元を特定したかったのと、戦闘馴れしていないだろう芳野にフォローが必要か確認するためなんだよ。それに、実際余裕はあるのだよ。
プレイヤースキル11は、短剣を使った時の数値。では、鞭は?
僕は、満を持して鞭を握る。相棒の名前は薄紅桜蛇。
会計の時にセラレドから銘を聞いて、奇しくも、ヒメノさんの名前と同じ”サクラ”の文字が入っているトコに運命とか感じてしまった一品だ。この気持ち、まさしく愛! ……なのかもしれないな。
というか、間違いなく愛だね。僕は、鞭を愛している。大好きだ。フォーエーバー。
「見せてやる――――、鞭術の恐ろしさというヤツをな!」




