001:プロローグ
嘘みたいな話だが、私は中学3年生の夏に神隠しに遭った。
次元の狭間に呑み込まれて辿り着いたそこは、危険が待ち受ける幻想世界。
偶然出会った勇者様に助けられ、どうにか日本に戻ってきてみれば……
二ヶ月前に拉致され、行方不明になった少年という扱いだった。
家族に、友人に、先生に「異世界に行ってきた!」と主張をした。
しかし、誰も私の言葉を信じずに、病気扱い。言葉巧みに精神科へと連れて行こうとする。
まともなことを証明してもらおうと、渋々行った精神科での診断は以下のようなものだ。
『行方不明になっていた間に酷い目にあったので、脳が作り出した妄想だろう』
医師は、簡単な質疑応答だけでそう結論付けたのだ。
さらに『少年A異世界から奇跡の生還!?』とニュースでおもしろおかしく取り上げられ、友人に同情されたり、頭がおかしい人扱いされ、私は人間不信に陥った。
そして、メディアに関わる全ての人間を恨んだ。滅べと願った。
しかし、恨みの気持ち以上に”異世界を知って欲しい”という強い気持ちがあった。
当時単純だった私は「異世界はある」と宣言するために、将来は大統領になろうと誓う。
――数年が経過し、高校生になった頃。
大統領になるだけでは、私の目的を果たすことができないと気が付いた。
私が知って欲しいのは、異世界があるという存在の定義だけではない。
魔法という、別の概念がある世界で生活する感動なのだ。
ならば、それを知ってもらうにはどうすれば良いか。
街頭で声を上げることだろうか?
ノンフィクションと謳った小説を書いて売ることだろうか?
アニメを作って放送することだろうか?
ゲームを作ってプレイしてもらうことだろうか?
そんなことを考えていた頃だった。
Virtual Realityと呼ばれる技術を利用し、腕に障害を抱えた人が仮想空間でリハビリを行っている様子がニュースで放映されたのは。
思わず「これだ!」と叫んで、食事中の家族を驚かしてしまったのを今でも覚えている。
VR技術で、異世界の構築。それが、私の目標になった。
そして現在――――
情報科学、ロボティクス、通信、制御工学などを学んで『天才』と揶揄されるようになった私は、VR技術を取り扱う装置を開発する国家事業で主任を勤めるまでに出世した。
努力と執念の結果だ。為せば成るのだ、何事も。
そして、国内にある機関から優秀な人間を招き、個人が扱える範囲まで装置も縮小化。
値段も五万円代まで落とし込むことに成功した。
ここまで値段が安くなったのには、もちろん理由がある。
生体ナノマシンによる人間本体のスペック強化だ。
私が生まれた頃とは違い、現在では子供が生まれてすぐに”予防接種”という形でナノマシンを体内に取り込む。
この時に、肉体の再生を早めたり特定の病気の感染を防ぐ身体機能が高まるのだが、脳が電気信号に強くなるという思わぬ副次効果があったのだ。
そこに着想を得た私は、脳量子波に干渉して情報のやりとりができないのかと考え、頭部に装着するタイプのガジェットを開発した。
それが、Head Mounted Ear。
通称『HME』と呼ばれている装置である。
脳量子波に干渉し、眼前に透明なディスプレイを表示させてメールを入力したり、通話をしたりと従来型のスマートフィンと同様の機能を持つ。
それだけではなく、仮想空間で友人とテニスをする――なんていうことも可能だ。
高性能なのに安価で一般人には歓迎された反面、携帯端末の関係企業の多くを倒産に追い込み恨みも買った。
妨害工作などもあったが、シェアは順調に拡大。
今では、日本人のHME所持率は8割を超えている。
ちなみに、参考出展としてお披露目したコンセプトモデルでは”味気ないカチューシャ”といった体裁だったのだが、現在は動物の耳を模したモデルを中心に販売されている。
ハード設計担当曰く「人は動物好きなんですよ、これは売るための措置で仕方が無いんですよ!」とのこと。
発売当初は『猫耳』『犬耳』『狐耳』を各三色を展開。
後発として、三ヶ月後に大人をターゲットとした色黒で無骨なモデルを発売したのだが「そんなものを発売するならカラーバリエーションを展開してくれ!」との声が多数だった。
一部の犬猫好きからは『獣耳』という俗称で呼ばれており、ケモナーを増やした功績とやらで、開発した私たちは神と呼ばれるようになった……のは余談か。
本題は、ここからだ。
個人で手軽に利用できるVR装置を普及させることに成功させた私たちは、それをコントローラとした大人数参加型オンラインゲームを企画した。
日本政府に国内外から税を回収することを確約し、税金を十兆円投入するという破格のプロジェクト。
その実体は、私の同類が集まって作った異世界生活体感ゲーム。
私が召喚された異世界を基軸に年数経過を仮定して技術を発展させ、同類――私と別の異世界から還ってきた人間の意見を組み入れ、基盤となる世界設定を構築。
国内大手ゲームメーカーが26社、友好国から14社、私たち政府直属がそれぞれ国家と周辺のMAPを作成して世界を広げる。
その合計47国あり、全体で見ると日本の面積の三倍と規格外の大きさとなっている。
もはや、私の夢だけではなく多くの開発者の妄想と執念と夢と希望が詰まったゲームになった。
コンセプトは『未知との遭遇、仲間と冒険』で、その通りの内容になったと自負している。
料金はHMEを広域ネットワークに接続、内部処理の代演をするための装置三万円に、月額千円or年間契約一万円の課金方式(初月無料)と子供のお金でなんとか手が届く圏内に設定できた。
ただ、政府の「搾取しろ」という要請に従うために、仕方なくゲームバランスに関係ない部分で課金システムを構築したり”限定版パッケージ・ホワイトブリム型HME付属”などというものも発売することにした。
ホワイトブリムはメイドさんがしているカチューシャのことで、ハード設計担当曰く「獣耳には劣るが、人によってはそれ以上に萌える要素なのである程度は売れる。限定版の状況を見て、後日カラーバリエーションを普通販売で展開する」とのことだ。
私にその感情は理解できなかったが、彼のマーケティング能力は素晴らしいので確実に売り上げを伸ばすことだろう。
「主任、イベントの挨拶まであと20分で……て、まだ着替えてないじゃないですか!」
今日は、このゲームの発売日。
HMEの開発者である私がデザインを手がけた政府公認のゲームということで、公の場で挨拶しなければならないのだ。
メディアが大嫌いな私にとっては煩わしい。
ゲーム内で挨拶するからそれをストリーミング中継してくれれば良いだろうと意見を出したのだが「公務ですので」の一言で強行されることになった。
ただ、編集された映像が使われ、情報をねじ曲げられるのが嫌なので同時にWeb配信をする手筈も整えてあるが。
用意してあったお披露目用の服に着替え……ようと思ったが、別に白衣のままで問題ないだろう。
先日洗濯をしたばかりであるし、清潔だ。
「良い、このまま挨拶に出かけよう。この年齢で、それを着るのは恥ずかしいからな」
「渋いオジサマって感じで絶対素敵ですって。私がせっかく執事服を見繕ったのに!」
「……このセンスはキミか。若い子の目線も必要だとは思うが、オジサンには厳しいんだ。勘弁してくれ」
「そんな白衣を着ているより絶対印象良いですからね、販促に影響出ても知りませんからね!」
拗ねた顔の女性スタッフに手を振り、自社会議室へ向かう。
どんな挨拶をしようか考えながら歩いていると、廊下で見慣れた少女とバッタリ会った。
「こんにちは、主任さん」
「おう、久しいな」
「昨日一緒にパーティ組んだばかりじゃないですか」
ゲーム内の主要キャラの声を演じた、小泉遼子くんだ。
彼女とは収録の時に仲良くなり、アルファテストに参加してもらってからプライベートでも一緒にゲームをする仲である。
Blogでの無償広報活動もしてくれて、若年層へのPRに一役買ってもらっている。
今日はメディアへのお披露目用にメイド服に着替えて貰っていて、なかなかのあざとさを魅せているな。
「……恥ずかしくないのかね? スカート丈もゲームよりやや短いようだが」
「そこは褒める所ですよ。雑誌の撮影用に水着着せられてから図太くなったし、これぐらいは平気です。
えっちなゲームの声も当ててますから。女は度胸ですよ!」
私は用意してあった執事服すら着れなかったというのに……さすがはプロだ。
場慣れしているようだし、メディアへの対応は彼女に任せよう。
私は、ゲームのことを少し話すだけだ。
侍女や執事と仮想世界を冒険するゲーム――――『Maid Butler Online』のことを。




