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夢幻漂流記  作者: 衿那
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(1)

「父上―!」

 少女が痛々しく叫ぶ。父は今すぐ少女の腕を引く輩を殴り飛ばしたい衝動に駆られながら、その拳を握ってぐっと耐えた。

「父上……お助け下さい、父上!」

 痛みで喉が焼ける。こちらを見もしない父に、涙も出やしない。

「静かにしろ。神に失礼ではないか」

 がたいのいい男が冷たく言った。

「神の元へと行けるのだ。お前は幸福な娘ではにあか」

 幸福……?

 ああ、そうか。自分はこれから神の元へと向かえるんだ。

 初めから……そうと分かって此処へ来ていたのに。

 少女は村人全員に見守られ、高台へと上がった。

 木造の台の下には大量の牧が置かれ、そこに油が注がれる。

 村人が一人、また一人と牧に火を放った。

 油を存分に浴びた牧は、勢いをつけて炎をあげる。

 直に炎は高台を包み、少女を燃やした。



霧衣むい様―!」

 一人の青年が、大きな木造の、日本で言う京の都のような建物の中を駆け回る。

 行く先々の部屋を見渡すが、そこに目的の人物はいない。

「……まったく……あんの自己中神子め〜……」

 長く、まっすぐにのびる廊下を見つめながら、ナビキは悪態をついた。

 すうっと息を吸い、再び叫ぶ。

「霧衣様――――!」


「痛っ」

 勢いよく名前を呼ばれた霧衣は、驚いて爪を切るのに失敗した。

 唯一の救いだったのは、切っていたのが足の爪だったことだが、出かける時は常にサンダルの霧衣には、許される事態ではない。

 近くで本を読んでいたココロが、「大丈夫ですか?」と声を掛けてきた。

 だが、霧衣の怒りはただふつふつとこみ上げる。

 すくっと立ち上がると、外に出て同じように叫んでやった。

「ナビキ!」

「霧衣様!」

 お互いが厳しくにらみ合う。

 足音を立てずにそうっと二人に近づいたココロが思わず背筋を凍らすほど、その形相は厳しかった。

「――何の権利があって、私の名前を呼んだ?」

「何のって……。あなたの名を呼ぶのに権利がいりますか?」

「生意気言うな!」

「言います!」

 普段は超がつくほど主人に忠実なナビキが、ここまで霧衣にたてをつくのだ。何かよっぽどの事態に違いない。そう判断したココロは、あわてて言葉を取り繕って霧衣をなだめる。

「霧衣様、どうか落ち着いてください。ここはナビキの話を聞いて差し上げましょう」

 外見年齢と精神年齢はかけ離れていても、ココロの見た目は十二歳ほどだ。子供になだめられているようで、霧衣は黙らずを得なくなった。



 此処は、神と人間、そして神子と悪魂おにが存在する世界――『破魔大国』

 四大神と呼ばれる四つの神と、それをまとめる総神、四大神の神子によって、国の平和は保たれていた。

 しかし破魔大国には悪魂が存在し、唯一神の理に抗うことができるそれは、人々を破滅へ導こうとする。

 神は実体を持たず、悪魂を滅する事はできない。だからこそ神は、自分達に忠実な穢れなき娘に力を与え、神子としたのだった。

 人の心を巣食う悪魂。神子は唯一、その存在を知り、浄化できる者達だった。



「で、用件は何だ?」

 霧衣はナビキを睨みつけ、簡潔にそう訊ねた。

 霧衣こと、天命守あまのみことのかみ霧衣は、天神あまのかみの神子だった。大地に日を与え、雨を降らし、時には飢饉を起こす。神子の中でも、もっとも大変といわれるものだ。

 だから、霧衣は七つ神という精霊をつくった。風、水、雷、光、火、闇、地のそれぞれを司る七つ神が、天命守の仕事をサポートしていくのだ。

 『風』に属す七つ神、ナビキはゆっくりと口を開いた。

「神老会の役人の方がいらしています。霧衣様に今回の任務についてのはな――」

 言い切る前に、ナビキの体は地に叩きつけられた。長い白髪が宙を舞う。

 一瞬の出来事だったので、『地』に属する七つ神、ココロは目を見開いている。それでも彼は確かに見た。霧衣によってナビキの体が殴り飛ばされる瞬間を――……。

「……神老会、だと?」

 霧衣の瞳がギラリと光った。

 ナビキはパチパチと瞬きを繰り返し、殴られた頭をさする。

「あんなじじいたちの話を聞く為だけに、私に当分深爪人生を送れっていうのか!」

「……ほう」

 すさまじく叫んだ霧衣に、ナビキでもココロでもない男の声がかかる。

 ぎくりと肩を震わせた後、霧衣は恐る恐るにそちらを向いた。

 神老会――。それは破魔大国で一番の聖域とされる神殿で、神直々の配下におかれる老人達のことだ。神老は神の命を受け、神子にそれを伝えるべく彼女達の元へやってくる。そして神老より任務を告げられた神子は、各地へ赴き、必ずや任務を遂行することを絶対とされるのだ。

 神子、神老、神。それぞれが右の者に逆らう事は、絶対に許されない。

「……神老様、任務って何ですか?」

「何故お前はそう、嫌な顔をしてしか我らの言葉を聴けぬのだ」

 霧衣の後ろに立っていたのは、やはり神老だった。

 『水』に属する七つ神、ウォータが勝手に社内へと入れたのだ。

 ウォータめ……。後で痛い目にあわせてやる。

 心の中でそう一言呟きながら、霧衣は外見年齢十歳のウォータを睨みつけた。

 ウォータは自分に利益のある人間にのみ媚を売る現実主義者で、自己中心的な性格の霧衣とは相反している。

「別に……、任務なんて面倒な事はやりたくないなんて思っていませんから」

「いや……。思っているだろう。間違いなく」

 目線をウォータに向けたまま言うと、神老は激しくつっこんできた。

 そんな二人の会話をしばし見届けると、ウォータが間を割って声を発してくる。

「神老様、どうぞ部屋の中へ。気の利かない神子で申し訳ないです」

「おい奴隷、誰が気の利かない神子だ」

「誰が奴隷ですか」

 ウォータはきっぱりと言い返し、神老を室内へと招き入れた。

 見た目は七つ神の中でも一番幼いくせに、なんと可愛くない奴だろう。

 目を細めてウォータの後ろ姿を見た後、続いて霧衣も部屋へと入った。



 破魔大国は和と洋が入り混じった世界だ。そんな中でも霧衣は和式な文化が好きだった。ベッドよりは布団が好きだし、パンよりはご飯が好きだ。

 社内も、霧衣の趣味に象られており、畳を敷いた部屋に濃紅色の座布団と茶色の座布団が綺麗に並べられている。質素だが、窓際には美しくいけられた花が飾られる、趣ある部屋だ。

 濃紅色の座布団には神老が座った。

 霧衣はその向かいの茶色の座布団に座り、ナビキによって集められた七つ神が、その後ろに一列に並ぶ。

「――で、今回はどんな問題が?」

 霧衣が訊ねた。もう先程のように、嫌そうな顔はしていない。

「磯羽村を知っているか?」

「飢饉の村」

 霧衣は簡潔に言った。神老が頷く。

「だが、磯羽村の飢饉は、半年前に解除されているんだ」

 人間が増えすぎると、食料がなくなり、人の命が必要以上に減ってしまう。だから神は定期的に何処かの村を飢饉にする必要があるのだ。

 戒めではなく、理として。

 そして今回選ばれたのが磯羽村だった。しかし神老の言葉通り、飢饉は村人が0にならないうちに解除される。神の力の源は、生きる人間が発す生気だからだ。

 総神が飢饉を解除した時、魂神の命により、生命守いのみことのかみが命を生み出し、天神の命により、天命守が雨を降らせる。

 だが――……。

「天神様からの命は受けていない……」

「我々もだ。つい最近まで知らなかった」

「――悪魂ですか」

 唯一神に抗える存在、悪魂。

 奴らが磯羽村と神を隔離し、飢饉を解除させないように仕向けているのだ。

「恐らくな。だから今回は、お前に磯羽村へと向かい、悪魂を退治してもらいたい」

 ふう、と霧衣は溜息をついた。全く面倒くさい話だ。

 神ならば、悪魂を絶滅させる力くらい、持っていたらどうなのだ。

 まあ、言ってもきりの無い話だが。

 悪魂とはこの世に深い未練を持った人間の魂だ。

 つまり神が大貧民でいうジョーカーだとすれば、悪魂は「3」。唯一ジョーカーに打ち勝つ事のできるカード。そして霧衣たち神子は、まあ4以上のカードという事だ。

 だから悪魂は神子にのみ退治することが出来る。聖なる力を秘めた人間は、元・人間の邪心の塊にとっては、これ以上ない天敵ということだ。

「天命守よ。承知の意を」

 神老の言葉を聴くと、霧衣は首から下げていたペンダントを外した。

 ペンダントは白銀色の六角形の真ん中に楕円形の翠玉が鮮やかに埋め込まれている。

 これが、霧衣が天神の神子である証だった。

 腕を伸ばして、ペンダントを掲げる。目を閉じてすうっと息を吸った。

「必ずや、その命を果たしましょう。天に誓って(ローカル・ラン)」

 この承知の意は、神と神子の心が一つになった事を表す儀式。

 今この瞬間から、霧衣は天神にその命を預けた事になる。もしも命を果たす事ができなければ、霧衣は神子として用無しと判断され、その命を絶たれてしまうのだ。

 しかし神子はそんな事には屈しない。彼女達はいつだって、必ず任務を遂行できるという自信があるのだから。




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