第五章:追い詰める者たち(中篇その1)
こんにちは、SYSTEM-Rです。
今回は、いよいよ拿捕作戦が決着となります。沿岸警備隊と海軍から、総勢4隻をつぎ込んだ大捕り物の行方は…?それではどうぞ。
しらゆきのCICに、新たな報告が飛び込んだ。
「水測よりCIC!!目標の音響特性、再解析結果が出ました!!」
「報告してくれ」
河内の声に、水測員は画面を確認しながら答えた。
「低速航行時の機関音と周期的な推進器音を分離しました。先にみずほから共有されたブラボーの音響記録と、複数の特徴が一致しています!!」
「一致の程度は?」
「現段階で同一目標と断定はできません。ただし、一般商船とは明らかに異なる反応です。推定航速6ノット、進路は北東寄り。変針の兆候なし!!」
「いいぞ。だが、識別を急ぐな。こちらの仕事は、まず相手を見失わないことだ」
「了解しました。水測、追尾を継続。反応の変化があれば即報告!!」
戦術状況図には、目標の推定位置を示す記号が表示されていた。まだ確定情報ではないため、その記号には識別未了を示す表示が付されている。画面の南側では、ふそうとみずほが北上を続けていた。
「艦長。南側からの接近予測が届きました」
「真行寺少佐の計算か?」
「はい。海流の補正を加えた結果、現行の針路を維持すれば、南側二艦は目標の予想進路に接近できます。ただし、相手が変針した場合は再計算が必要です」
「当然だな。こちらも動きを合わせよう。ブラックリッジへ、目標の推定位置と追尾状況を再送してくれ」
「了解」
一方、ふそうのCICでは、司と灰原が新しい運動情報を照合していた。
「測量長、そっちの結果はどがんね?」
「今んところ、予測航路から大きゅう外れとらんですよ。ただ、海流が少し変わっとるけん、北側の到達時刻に幅が出ますね」
「了解。こっちでも補正するばい」
司は端末を操作した。しらゆきが探知した目標の位置と、みずほが最後に確認したブラボーの航行記録。その間にある空白を、航速と海象条件から埋めていく。
「副長、最新の推定を報告します」
「お願い」
「目標がブラボーやった場合、現行ん6ノット前後ば維持すれば、北側部隊ん監視範囲ば通過する可能性が高かです。ふそうとみずほも、現針路んまま接近できます。ただし、今後の変針次第では包囲ん形が崩れます」
「つまり、まだ逃げ道はあるってことね」
「はい。今はしらゆきが確実に追尾しとることが前提です」
葛城は頷き、蒼へ向き直った。
「艦長、北側からの追尾情報とこちらの予測は概ね一致しています。現段階では予定どおり北上を継続し、目標の動きに合わせて針路を調整するのが妥当だと思います」
「分かったわ。しらゆきには、こちらの最新予測を共有して。みずほにも同じ情報をお願い」
「了解。司、送信お願い」
「了解です」
「副長。万が一、ブラボーが進路を変えても、追跡を優先して。拿捕の機会を急いで作ろうとする必要はないわ」
「了解。相手の動きを見ながら、北側とも調整します」
しらゆきのCICで、水測員が新たな解析結果を示した。
「艦長、受動探知だけでは目標の位置にまだ幅があります。アクティブを併用すれば、追尾情報を補強できる可能性があります」
備前は河内に目を向けた。
「副長、どう見る?」
「実施の価値はあります。ただ、こちらが捜索していることを相手に知らせる可能性もあります」
「既にこちらは包囲に移りつつある。ブラックリッジの接近と南側二艦の配置を確認してから実施しよう」
河内が端末を操作すると、4隻の位置が表示された。北方にはしらゆきとくろかみ。南方には、別々の進路から北上するふそうとみずほ。ブラボーと推定される目標は、その間を進んでいる。
「艦長、南側の両艦は予定の配置へ接近中です。ブラックリッジも本艦の追尾情報を受信しています」
「よし。水測、アクティブソナーによる探信を実施。周辺の船舶情報にも注意してくれ」
「了解!!アクティブ照射始め!!」
艦内で操作が行われ、しらゆきから海中へ音波が放たれた。目には見えないその発信は、海水の層を伝わり、暗い海中へ広がっていく。ほどなく水測員が声を上げた。
「反射を確認!!先ほどの受動探知目標と位置関係が整合します!!」
「了解。追尾を継続!!」
備前は頷いた。
「見つけたから終わりじゃない。相手がどちらへ動いても、4隻で受け止められるようにするぞ」
ブラボーの船内では、機関の振動が低く響いていた。狭い区画の中、乗員の一人が計器を覗き込み、険しい顔をした。
「燃料が減ってる。これ以上速く走れば、予定地点まで持たない」
「分かってる。だから落としたんだろ」
操縦席の男は短く答えた。船内には疲労が蓄積していた。予定されていた補給は受けられず、連絡を取るはずだった母船からも応答がない。彼らには、何が起きたのか確かめる手段すらなかった。
「母船はどうしたんだ。連絡が途絶えて何時間になる?」
「知らん。今は伊万里まで行くことだけ考えろ」
「このまま行っても、港の近くで見つかったら終わりだぞ」
「なら、どうする? ここで浮上して助けを求めるのか?」
誰も答えなかった。船内の空気は重く、湿っている。乗員たちは互いに顔を見合わせたが、結局、誰も新しい案を口にできなかった。
その時、船内の受音装置から、それまでとは異なる鋭い音が響いた。一定の間隔を置いて、再び聞こえる。
「待て。今の音…、ソナーじゃないのか?」
「まさか海軍か?こんなところにまで?」
「俺たちを追ってるのは、沿岸警備隊だけじゃないのかよ!?」
男たちは顔を見合わせた。音だけで相手の正確な位置は分からない。それでも、海中を捜索する艦艇が近くにいる可能性は否定できなかった。
「南には、さっきの白い軍艦がいる。北まで塞がれていたら…」
「決めつけるな。まだ逃げ道はある!!」
「…もう少しだ。予定の場所まで行けば、陸側の人間が何とかする」
操縦席の男はそう言い聞かせるように呟いた。しかし、その言葉を信じ切れている者は、本人を含めて一人もいなかった。
しばらくして、みずほの航空機から新しい報告が入った。
「ゴールデンハーベスト、ケストレル。指定海域の南寄りに、小規模な海面反射を確認。船影かどうかは不明!!」
みずほのCICで、沢渡が報告を聞き取った。
「了解。無理に接近しなくていいわ。位置を記録して、確認を続けて頂戴」
「了解!!」
沢渡はすぐに蒼へ連絡した。
「ネプチューン、ゴールデンハーベスト。感明良いか、オクレ」
「ゴールデンハーベスト、ネプチューン。感明良し、オクレ」
「ケストレルが、しらゆきの推定位置に近い海域で小規模な反射を確認した。現時点では船影かどうか不明だけど、位置情報を共有するわ」
「了解。こっちでも照合する」
「お願い。見失わないように、こちらも監視を続ける」
蒼は通信を終えると、司へ向き直った。
「司、今の位置、しらゆきの目標情報と重ねてみて」
「了解」
画面上に新しい記号が現れる。完全に一致しているわけではない。しかし、複数の観測誤差を考慮すれば、同じ目標を捉えている可能性は十分にあった。
「副長、位置関係は矛盾せんです。少なくとも、別の場所ば見とるわけではなか」
「分かった。灰原にも確認してもらおう」
葛城は蒼を見た。
「艦長、航空機の情報も加わりました。北側と合わせて、識別の精度を上げられそうです」
「えぇ。最後まで慎重にね」
やがて、ホークアイの山吹からも報告が入った。
「ネプチューン、ホークアイ。指定海域を捜索中。海面上に、ごく小さな突出物を確認!! 形状は不鮮明ですが、通常の小型船とは異なります!!」
「了解。位置と映像を送って。安全を優先して監視を続けてちょうだい」
「了解!!」
CICに転送された映像には、波間に見え隠れする小さな構造物が映っていた。
「少佐、これどう思う?」
「半潜水艇ん可能性が高かです。みずほが記録したブラボーん外観と比べてみます」
司は画像を並べた。撮影角度も距離も異なるため、単純な比較はできない。それでも、突出部の位置と大きさには似た特徴が見られた。
「副長、外観にも一致点があります。ただし、今の映像だけでは確定できんです」
「分かった。しらゆきの音響記録と合わせて評価しよう」
葛城は蒼に報告した。
「艦長、航空映像と音響情報の双方でブラボーとの一致が見られます。そろそろ識別を更新できると思います」
「そうね。でも、最終判断は北側とも確認してからにしましょう」
「了解」
蒼は碧海へ声をかけた。
「ホワイトヴェイルとブラックリッジに回線を開いて」
「了解。開局よろし!!」
碧海の素早い対応に、蒼は頷く。
「ホワイトヴェイル、ブラックリッジ、ネプチューン。感明良いか、オクレ」
「ネプチューン、ホワイトヴェイル。こちら通信異常なし」
「ネプチューン、ブラックリッジ。感明良し、オクレ」
「本艦航空機が、目標付近で半潜水艇と見られる構造物を確認しました。映像を共有済です。しらゆきの音響情報との照合結果を教えてください」
「ネプチューン、ホワイトヴェイル。現在確認中です。少々お待ちください」
短い沈黙が流れた。画面には、音響記録と航空映像が並んでいる。
「ネプチューン、ホワイトヴェイル。照合結果を報告します。音響特性、推定航速、位置、外観の各情報は整合しています。ブラボーである可能性が極めて高いと判断します」
「了解しました。ブラックリッジ、有明二佐。そちらの見解はいかがですか?」
「こちらも同じ判断です。立入検査の対象として扱う根拠は十分に揃ったと考えます。ただし、乗船前に改めて船体と乗員の安全を確認します」
「承知しました。本艦も引き続き支援します」
蒼は葛城へ頷いた。
「副長、目標の識別をブラボーに更新して。全艦へ共有をお願い」
「了解。少佐、トラック更新!!」
「了解!!」
画面上の表示が切り替わった。長く識別未了のままだった記号に、ついに名前が付いた。
識別の更新とほぼ同時に、ブラボーの航跡がわずかに曲がった。
「水測よりCIC。目標、進路を変更。北側から離れる方向です!!」
しらゆきのCICで、河内が直ちに確認した。
「艦長、南側の二艦へ知らせます。相手が引き返せば、ネプチューンかゴールデンハーベストの監視海域に入ります」
「よし。だが、相手の進路を決めつけるな。全艦で動きを見よう」
情報はNTISに反映され、ふそうへ届いた。
「副長、目標が南寄りに変針したげな!!」
司の報告に葛城が頷く。
「艦長、こっちへ戻ってくる可能性があります。みずほにも位置の再確認をお願いしてよろしいですか?」
「お願い。こちらも監視を続けましょう」
蒼の指示で、ふそうとみずほはそれぞれの担当海域から監視を強めた。2隻が無理に目標へ突進するのではない。北側で捕捉した目標が南へ逃げれば南側が引き継ぎ、再び北へ向かえばしらゆきが追う。その連続した監視こそが、逃走の余地を狭めていた。
やがて司が新たな航跡を指し示した。
「艦長、ブラボー、また北寄りに戻しよります。南側へ抜けるのは難しかと判断した可能性があります」
「なら、北側にいる有明二佐の出番ね。私たちは引き続き、南から支えましょう」
4隻が共有する戦術状況図の中央で、ブラボーの記号だけが行き先を迷うように小さく向きを変えていた。
くろかみでは、識別更新の連絡を受けた有明が、立入検査隊長を再び呼んだ。
「目標はブラボーと判断されました。これから接近に移ります。ただし、相手が停船に応じるかは分からないわ。まずは状況を確認して、必要なら停止を求めます」
「了解しました。隊員には、乗船の命令があるまで待機するよう徹底します」
「お願い。それと、証拠保全の担当にも連絡して。積荷だけじゃなく、航海記録や通信機器も重要になるはずよ」
「了解」
有明は通信員へ向き直った。
「ホワイトヴェイルに伝えて。本船、ブラボーへの接近を開始します。引き続き位置情報の提供をお願いします」
「了解しました」
くろかみの機関が唸りを上げ、白い船体がゆっくりと動き始めた。甲板上では立入検査隊が配置に就く。乗員たちの表情に、余計な興奮はなかった。彼らにとって、これから始まるのは戦闘ではなく、危険を伴う法執行だった。
くろかみの船橋で、有明は最新の目標情報を受け取った。
「船長、ブラボーが小幅に変針。こちらを避けようとしている可能性があります」
「そう。では、接近の仕方を見直しましょう。相手を驚かせる必要はないわ」
「了解しました」
「まず、停止を求める準備をして。相手にこちらの意図が伝わるようにしたいの」
「了解」
通信員が機器を確認し、船橋内で連絡が交わされる。有明は目標の推定位置を見つめながら、慎重に言葉を選んだ。
やがて、目標へ向けて停止要求が送られた。しかし、返答はなかった。
「船長、応答ありません」
「了解。もう一度、同じ内容でお願い」
「了解しました」
再度の呼びかけにも応答はない。相手が聞いているのか、聞こえていないのか、それすら分からなかった。
「船長、どうしますか?」
「急がないわ。しらゆきに、今の呼びかけと相手の反応を共有して。こちらは安全な距離を保ちながら監視を続けます」
「了解」
ブラボーの操縦席では、乗員たちが海図を覗き込んでいた。
「北へ行けば、あのソナーがいる。南へ戻れば、沖縄で追ってきた連中だ」
「横へ逃げるのは?」
「燃料が足りない。しかも、どこまで見られているか分からない」
最初は1隻から逃げているつもりだった。だが、今や海の向こう側まで追跡者が待っている。操縦席の男は、握った舵輪から手を離せなかった。ブラボーの船内には、途切れ途切れの声が響いていた。
「…、停船…、検査…」
「何だ、今の?」
「無線だ。日本語で何か言ってる」
「日本の沿岸警備隊か?」
「たぶんな。俺には全部は分からん」
操縦席の男は顔を伏せた。もはや、相手が誰なのか疑う余地はなかった。
「見つかったんだ」
「まだ逃げられるかもしれない!!」
「どこへ? 燃料は残ってないんだぞ!!」
乗員たちの声が重なった。誰もが焦っていたが、誰も答えを持っていなかった。
「もし止まったら、どうなる?」
「逮捕だろうな」
「だったら逃げるしかない!!」
「逃げて、海の真ん中で動けなくなったらどうする?」
操縦席の男は拳を握りしめた。外には軍艦と巡視船がいる。母船は戻らない。陸側の仲間も、今の自分たちを助けることはできない。
「…もう一度、呼びかけを聞かせろ」
男はようやくそう言った。
しらゆきでは、ブラボーの機関音が再び変化していた。
「水測よりCIC!!目標、減速を確認!!航速、2ノット程度!!」
「停船するのか?」
「まだ判断できません!!」
河内は備前を見た。
「艦長、ブラックリッジの停止要求に反応した可能性があります」
「そうかもしれん。だが、まだ動いている。追尾を続けよう」
「了解」
備前は通信員へ指示した。
「ブラックリッジへ伝えてくれ。こちらでは目標の減速を確認した。引き続き動きを監視する、と」
「了解!!」
その直後、別の報告が入った。
「水測よりCIC!!目標、機関音がさらに低下!!ほぼ停止状態と推定!!」
備前は小さく息を吐いた。
「…、止まったか」
「はい。ただし、海流による移動の可能性があります」
「分かっている。位置の監視は続けろ」
「了解!!」
河内は戦術状況図へ目を向けた。ブラボーの記号は、先ほどまでのようには進んでいない。だが、ここで終わりではない。ここから先は、沿岸警備隊の仕事だった。
くろかみの船橋に、しらゆきから減速の報告が届いた。
「船長、ブラボーはほぼ停止したと推定されています」
「了解。こちらからも確認しましょう。相手の状態が分かるまで、立入検査隊は待機を続けて」
「了解しました」
有明は通信員へ声をかけた。
「もう一度、停止要求と立入検査の意思を伝えて。相手が応答できるなら、返事を求めて」
「了解」
数秒後、雑音混じりの声が返ってきた。
「…、こちら…、止まった…」
「船長、応答がありました!!」
「ありがとう。相手に、乗員の人数と負傷者の有無を確認して」
「了解しました」
返答はすぐには来なかった。やがて、短い言葉が途切れ途切れに伝わった。
「…3人…、けが人はいない…」
有明は頷いた。
「分かった。こちらは日本国沿岸警備隊です。安全を確認した上で、立入検査を実施します。乗員には、こちらの指示に従うよう伝えて」
「了解」
「立入検査隊長を呼んで」
「了解しました」
立入検査隊長が船橋に到着した。
「船長、隊員は全員待機中です」
「ブラボーから停船の応答がありました。乗員は3人、負傷者なしとの申告です。ただし、いずれも未確認。現場では十分注意して」
「了解しました」
「船体の状態が確認でき次第、乗船を許可します。危険があると判断したら、ためらわず中止して。無理をする必要はないわ」
「承知しました」
隊長が退出すると、有明は通信員へ向き直った。
「ホワイトヴェイル、ネプチューン、ゴールデンハーベストに共有して。ブラボーは停止に応じ、現在、立入検査に向けて安全確認中、と」
「了解!!」
しばらくして、各艦から応答が返ってきた。しらゆきは追尾と周辺監視を継続し、ふそうとみずほは南側からの支援態勢を維持する。誰もが、次の一報を待っていた。
くろかみの立入検査隊は、慎重にブラボーへ接近した。海面上に見えている船体は小さく、波の動きに合わせて揺れている。通常の船舶と比べても、乗り移る場所が限られていた。
「隊長、船体外観を確認。大きな損傷は見られません」
「了解。乗員の姿は?」
「2名を確認。残る1名は船内にいる模様です」
「分かった。無理に乗り込むな。全員の位置を確認してからだ」
隊長は無線で有明に報告した。
「ブラックリッジ、立検隊。ブラボー外観を確認。船体に目立った損傷なし。乗員2名を視認、残る1名は船内と見られます。全確認を継続します」
「立検隊、ブラックリッジ。了解。隊員の安全を最優先に。状況が整うまで乗船を待って」
「了解」
「こちらは日本国沿岸警備隊です。これから立入検査を行います。乗員は指示に従ってください!!」
返答は小さかったが、確かに聞こえた。
「…、分かった」
隊長は短く頷いた。まずは一歩。まだ、それだけだった。
やがて、ブラボーの乗員3名が順に姿を見せた。隊員たちは全員の安全を確認し、抵抗がないことを確かめながら身柄を確保した。
「隊長、3名とも確保しました。負傷者なし!!」
「了解。船内の安全確認を進める。記録担当は、確認した順序を残してくれ」
「了解!!」
隊員たちは慎重に船内へ入った。狭い区画には、航海に使われた機器と、積荷を収めた区画があった。何がどこにあったかを記録しながら、必要な確認を進めていく。
「隊長、積荷区画を確認しました。梱包された貨物が多数あります」
「了解。開封前の状態を記録して。勝手に動かさないように」
「了解」
隊長は有明へ連絡した。
「ブラックリッジ、立検隊。乗員3名を確保。現在、船内の安全確認と証拠保全を実施中。積荷区画に多数の梱包貨物を確認しました」
「立検隊、ブラックリッジ。了解。皆さん、無事ね?」
「はい。隊員に負傷者はありません」
「よかった。引き続き慎重にお願い」
ブラボーの積荷区画では、証拠保全の作業が続いていた。
「隊長、貨物の外装に記号と番号があります。撮影しました」
「了解。全て記録しろ。内容物の確認は手順どおりに進めるぞ」
「了解!!」
別の隊員が報告した。
「航海に使用したと見られる記録媒体を確認しました。機器本体も現状を撮影済みです」
「分かった。接続や操作はするな。後で専門の担当に引き継ぐ」
「了解」
「急ぐ必要はない。まずは今の状態を残す。誰が何を見つけ、いつ確認したか、全部記録してくれ」
「「了解!!」」
やがて、積荷の一部から違法薬物と疑われる物品が確認された。隊長はその場で断定せず、必要な記録と保全を優先した。
「ブラックリッジ、立検隊。積荷から違法薬物の疑いがある物品を確認。現状を保全し、詳細な鑑定へ引き継ぐ準備を進めます」
「立検隊、ブラックリッジ。了解。乗員の身柄と押収物の管理を確実にお願い」
「了解しました」
くろかみの船橋では、有明が報告を受けていた。
「船長、乗員3名について、必要な逮捕手続を進めています。積荷は違法薬物の疑いが強く、鑑定に向けた保全を実施中です」
「了解。皆さん、よくやってくれたわ」
有明は通信員へ向き直った。
「ネプチューン、ゴールデンハーベスト、ホワイトヴェイルに結果を共有して。ブラボーを確保、乗員3名の身柄を押さえ、積荷と記録の保全を進めている、と」
「了解しました」
回線が開かれ、報告が各艦へ伝えられた。
「ネプチューン、ブラックリッジ。感明良いか、オクレ」
「ブラックリッジ、ネプチューン。感明良し、オクレ」
「こちらブラックリッジ船長、有明二佐。ブラボーの確保に成功しました。乗員3名の身柄を確保し、船内の証拠保全を進めています。立入検査隊に負傷者はありません」
短い沈黙の後、蒼の声が返った。
「ブラックリッジ、ネプチューン。了解しました。有明二佐、ありがとうございます。皆さんの働きに感謝します」
「いえ。こちらこそ、皆さんの支援があってこそです。しらゆきの追尾がなければ、接近することすらできませんでした」
「その点は、私も同じ思いです」
「本艦とみずほは、引き続き必要な支援を続けます。証拠の引き継ぎまで、どうぞよろしくお願いします」
「了解しました」
ふそうのCICでは、葛城が正式な報告をまとめていた。
「艦長、ブラックリッジからの報告を確認しました。ブラボー確保、乗員3名の身柄を確保。証拠保全作業を継続中です」
「ありがとう。これで3隻とも押さえられたのね」
「はい。アルファ、チャーリー、そしてブラボー。少なくとも今回確認された海上輸送部隊は、全て行動を止めています」
蒼は大きく息を吐いた。
「司、航路予測と実際の航跡を重ねてみてくれる?」
「了解」
司が端末を操作すると、画面上に2つの線が表示された。一方は、ふそうが事前に算出した最有力航路。もう一方は、しらゆきが追尾してきたブラボーの実際の航跡だった。
「…、かなり近かですね」
「そうね。測量長の読みも当たったわ」
「はい。ただ、途中で変針しとるけん、完全には一致しとらんです」
「それでいいの。予測は予測。大事なのは、現実の情報を受けて更新し続けたことよ」
司は頷いた。最初から全てを見通していたわけではない。灰原が海流を読み、みずほが過去の航行情報を提供し、しらゆきが新たな目標を探知した。その全てがあったからこそ、ブラボーに辿り着けた。
「姉貴…、いや、艦長。今回のは、俺一人じゃ絶対にできんかったです」
「もちろんよ。誰か一人でできる仕事じゃないもの」
蒼は微笑んだ。
「だから、皆でやるのよ。私たちは同じ海を守っているんだから」
司は少しだけ笑い、再び画面へ向き直った。
みずほでも、ブラボー確保の知らせが届いていた。
「艦長、ブラックリッジより正式報告。ブラボーの確保に成功。乗員3名、身柄確保。負傷者なしとのことです」
沢渡は安堵の息を吐いた。チャーリーの介入で失探した目標を、4隻の連携でようやく捕らえたのだ。
「艦長、ネプチューンから、今後の支援態勢について連絡が入っています」
「分かった。こちらも必要な支援を続けましょう」
沢渡は頷いた。
「それと、全員に伝えて。ブラボーを追いかけた時の記録は、後の捜査で必要になるはずだから、整理をお願い」
「了解しました」
しらゆきのCICでは、備前が河内を呼び寄せた。
「副長。今回の作戦、どう評価する?」
「そうですね。少なくとも、我々の対潜捜索能力が法執行に結び付いたという点では、十分に意義があったと思います」
「それだけか?」
「いえ。ふそうとみずほが集めた情報を、我々が引き継いだこと。そして我々が見つけた目標を、くろかみが確保したこと。情報が一方通行ではなく、必要な部署へ流れ続けたことが大きかったと思います」
「なるほどな」
備前は椅子の背に手を置いた。
「以前、お前と真行寺一佐が、組織の間で苦労したという話を聞いた。今回はどうだった?」
「今回は、最初から正式な共同作戦として動けました。誰かが規律を破って情報を渡す必要もありませんでしたし、互いの立場を疑う必要もありませんでした」
「そうか」
「はい。あの時にできなかったことが、ようやく普通にできたんだと思います」
備前はゆっくり頷いた。
「普通にできる。それが一番大事なのかもしれんな」
「えぇ」
河内は頷くと、一転して真剣な表情を浮かべた。
「艦長。今回の記録、今後の共同作戦の参考になるよう、整理して提出したいと思います」
「いいな。頼む。海軍側の成果だけじゃなく、沿岸警備隊が何を必要としていたかも残してくれ」
「了解しました」
備前は微笑んだ。
「やっぱり、お前を迎えて正解だったな」
「ありがとうございます」
河内は敬礼し、再び持ち場へ戻った。
やがて、くろかみから最後の報告が入った。
「ネプチューン、ブラックリッジ。感明良いか、オクレ」
「ブラックリッジ、ネプチューン。感明良し、オクレ」
「こちら有明です。ブラボーの乗員3名について、逮捕手続を完了しました。船体と積荷、航海記録等の証拠保全を継続しています。これより関係機関との引き継ぎに移ります」
「了解しました。お疲れさまでした、有明二佐」
「ありがとうございます。ですが、まだ後片付けが残っていますので」
有明は小さく笑った。
「最後まで、きちんとやり遂げます」
「えぇ。よろしくお願いします」
蒼も微笑んだ。通信が切れると、葛城が報告書の画面を開いた。
「艦長。今回の海上作戦について、ひとまず成功として記録してよさそうですね」
「そうね。ただ、私たちの仕事はここで終わりじゃないわ」
「分かってます。押収物の分析と、背後関係の捜査が残ってますからね」
「えぇ。船を捕まえたら、その先にいる人間を追う。それが、今回の事件を本当に終わらせるために必要なことよ」
蒼は画面に表示された3つの名前を見つめた。アルファ、ブラボー、チャーリー。いずれも、既に行動を止めている。しかし、それらを海へ送り出した者たちは、まだ捕まっていない。
九州へ向かう密輸ルートは、ここで遮断された。だが、コンソルシオ・デル・パシフィコという巨大な犯罪組織の全貌は、いまだ海の向こうに隠れている。追跡は、まだ終わらない。
前作「蒼海の守護者」でも描いた、海軍と沿岸警備隊による合同作戦。前作では、最終版のオペレーションイーグルで、ふそうが国防海軍第2護衛隊群に参加するという形でしたが、今回は逆に国防海軍のしらゆきが、沿岸警備隊の作戦に協力するという形でした。
前回はふそうの一員として、そして今回はしらゆきの副長兼船務長として、これらの統合作戦に参加した河内は、一体内心何を思うのでしょうね。ひとまず、作戦が無事成功したことを祝いたいところです。法執行機関としての沿岸警備隊の側面、感じてもらえたでしょうか?
次回は、篤志が再び捜査官として活躍する話になります。お楽しみに。これではまたお会いしましょう。




