6.ヒロインなんですが虎穴に突き落とされました
馬車に揺られながらげっそりとした顔で窓の外をぼうっと眺める。
決して馬車酔いをしているからではない。
朝起きて急にバカと乱暴に起こされ、いつの間にやらたったの半日で実家を掌握され、今はダイエットとパラメーター向上のために帝国で一番厳しいと言われるデュランダル公爵家に向かっているのだから気が落ち込んでいくのも当たり前だろう。
お世話になる立場であれこれ言うのは良くないと思うので、ごちゃごちゃ文句も言えないし。そもそもそんな気力もないくらい、疲れた。
とりあえず、結論としてはこれからのことが、ただただ恐ろしい。
そんな私の様子を見てヴィオレが面倒くさそうにため息をついた。
「あのなぁ、無理なことさせねぇしそんなに気を落とすなよ」
「だって……デュランダル公爵家って夜中にお屋敷から泣き叫ぶ騎士の声が聞こえるんでしょう……?」
「え、そんな噂まであんの? どんな想像しているかわかんねぇけど、うちもそんな鬼のような家ではねぇぞ」
前世で体育会系であった弟の評価はあまり信用ができない。
せめてデイジーが来てくれていたらな。あぁ、デイジー……。
小さなころから私の面倒を見てくれていた侍女なんだけど、大切なお姉さんのような存在と離れるのは初めてだった。
目を潤ませながら窓から見える小さくなっていく屋敷を見つめる。
夏季休暇が終わるまで家に帰れないなんて……。
私が早くもセンチメンタルな気持ちになっていると、ヴィオレは何かを思い出したかのように私に話しかけた。
「そういえばねぇちゃ……じゃなくて、アイリス。はぁ、呼び方気を付けないと変に思われそうだな」
「私はだからちゃんとヴィオレって呼ぶようにしてるよ」
「俺も気をつけよ。……じゃなくて、あのさローランと昔あったことあるよな?」
「あーあるある! 小さいころにね、一回だけ。超かわいかったよ、子どもローラン!」
「俺も幼馴染だからローランの子供のころは知ってるよ。あのさ、その時何話したか覚えてる?」
「あの時?」
ヴィオレに問われ、思い返してみるも、初めて王宮に行った緊張や子どもローランに会えるという興奮で、当時すら帰りの馬車で何を話したかわからなかったくらいだ。
せっかくのイベントがそんなものだったから、ひどく落ち込んでいたことしか思い出せない。それに、かなり昔の記憶ということも相俟ってあまりよく覚えていなかった。
しばらく何か思い出せないかと、うーんと悩み絞り出すも何も頭から出てくる気配はない。
「緊張してたのと子どもローランに興奮しすぎてあの時の事、あんまり覚えてないんだよね」
「ま、そうだよなぁ……アイリスに聞いても無駄だろうなとは思ってたけど」
「どういう意味よ、それ」
私が睨みつけると軽く笑い飛ばすヴィオレ。
たしかに記憶力はあまりよくないので、反論はできないが。
入学式だと遠目であまりわからなかったけど、生徒会室で近くで見たローランは王子様キャラ特有のキラキラ感があって、かっこよかったなぁ。
思い出していたら、自然と顔がにやけてしまう。
そういえば、ローランと会った時に幼少期のころに会った事とゲームの事の違和感に気付いたことを思い出した。
「そういえばね、記憶違いかもしれないけど、ゲームのセリフとローランが言ってくれたセリフが違かったかもしれなくて」
「え! ちょっと、そこんとこ詳しく!」
身を乗り出してヴィオレが聞いてくる。
私はうーん、と当時の事とゲームの内容を思い出しながらヴィオレに伝えた。
「ゲームだとさ、初対面の時たしかアイリスに対して『可愛らしい』って言ってたと思うんだけど、私が会った時は『愛らしい』って言ってたと思うんだよね。そこであれ? って思ったんだけど、でもそれくらいかな。覚えてることって」
「ふーん……そうか、それだけか」
「それがどうしたの?」
「いや……俺もよくわからん」
「はぁ?」
なんとも煮え切らない態度で椅子にだらしなく座り直すヴィオレ。
彼が聞きたかった事と私の返答は違うらしい。
それにしても、急になぜそんなことを聞いてきたんだろう。ヴィオレは。
続けて尋ねようとするも、寝ると一言言って目をつぶってしまった。
そのあと、すぐに寝息も聞こえてきた。
朝早く起きて訪ねてきてくれたのだろう。話し相手が居なくなって暇になった私はまた馬車の窓から外を眺めていたが、いつの間にか私も寝入ってしまった。
「おい、着いたぞ」
「うぁ……え、もう着いたの」
肩を叩かれて重い瞼を目をこすりながら開ける。
ヴィオレに手を引かれ、ゆっくりと馬車から降りた。
空を見れば夏のギラギラとした太陽が少し落ち着いている。
もうすぐ夕方のようだ。
前には少し暗い色合いの大きな洋館が聳え立っていた。
さすが公爵家なだけあってとても美しいお屋敷だが、厳かな雰囲気がある。
この雰囲気の邸宅に住んでいて、こんなに飄々とした性格のヴィオレはかなりの大物なのかもしれない。
ここに足を踏み入れたら、地獄の特訓が始まるのだ。
私は門の手前で立ち止まり、その一歩が踏み出せずにいた。
踏み出せない以前に足は生まれたての小鹿のようにがくがくと震えている。
そもそも普通、公爵家からあんな恐ろしい噂ばかり出てくるのはおかしい。
夜中に泣き叫ぶ騎士の声がするだの、あまりの厳しさに屈強な騎士が狂って踊り始めたとか、それなのに逃げ出した人間が居ないのは恐ろしい手段で逃げられないようにされているだとか。
あぁ、思い出したら怖くなってきた……。
「ねぇ、私のこと……生きて返してくれる? 私には私を愛するお父様もお母様もカメリアもデイジー達もいるから、絶対家に帰らないといけないの」
「あのなぁ。何をそんなに恐ろしがってるか知らねぇけど、噂は嘘も多いって」
「真実もあるってこと!?」
「え? あぁ……いや、まぁほらもうなんでもいいから入るぞ」
「いやぁぁぁぁ死にたくなぁぁぁい!!」
「だからどんな想像してんだよ!」
門にしがみつくもヴィオレに体ごと引っ張られて引きずられそうだ。
自分で言うのもなんだけど、なかなか立派な重石のはずなのになんでこんなにヴィオレに負けそうなんだろうか。
激しく抵抗をしている中、静かに屋敷の扉がゆっくりと開いた。
空気が急にしんと冷えた気がした。まだ明るい時間帯なのに何故か日が陰っているように見える。
扉の中から人影が見えた。少しずつ近づいてくるその人影はだんだんと日差しを浴びて、少しずつ正体を現し始める。
そこには厳しい表情をした40代くらいの女性が立っていた。
髪はピシッと一つのお団子にまとまっていて、眉は吊り上がり、目元もキリっとしていて、口角は下がっている。なかなかの強面の女性だ。ただ、なんだろう。少し見覚えがある。
こちらの方へ視線を向けられ、目が合った。
すると、先ほどの厳しい表情から一転、顔を綻ばせてこちらへ駆け出してきた。
私は思わず門から体を離し、その勢いでヴィオレは一人尻餅をついてしまった。
「まぁ~~~! アイリスちゃん! 大きくなったわねぇ」
女性は駆け寄るなり私をぎゅうっと抱きしめてきた。
急な激しい歓迎と名前を呼ばれたこと、見知らぬ女性に抱きしめられたことに体が固まってしまう。ヴィオレは立ち上がるなり、そっと女性と私を引き離してくれた。
「母上、やめてあげてください。びっくりしてるでしょう」
「もう、うるさいわね。お前は。感動の再会なのに!」
女性は鬱陶しそうにヴィオレを一度扇子でパシンと軽く叩いた。
どうやら女性はヴィオレの母、デュランダル公爵夫人だったようだ。
それにしても、大きくなったとは……いつお会いしたことがあったっけ。
私が戸惑ったままでいると、ヴィオレの母は私に優しく微笑んだ。
「覚えてないかしら。オリヴィアよ。あなたの母のアニスとはとても仲が良くてね。あなたが小さいころに何度か会った事があって」
小さいころに会った記憶はなかったけれど、オリヴィア様という姉のように親しかった女性の話は母から何度か聞いたことがあった。
オリヴィア様という名前しか聞いたことがなかったけど、デュランダル公爵夫人と仲が良かったのか。
「ま、そんなことは中で食事でもしながらゆっくりお話ししましょ! アニスの話も聞かせてちょうだい、本当に嬉しい日だわ!」
笑顔で軽い足取りの公爵夫人に腕を組まれ、屋敷の中へとずんずん入っていく。
振り返ってヴィオレの方を見てみても、困ったような表情で肩をすくめるだけ。
半日で我が公爵家を掌握できるヴィオレにも敵わない人はいるらしい。
不安に感じながらも、明るい公爵夫人にとりあえずついていくことにした。
私はこのデュランダル公爵家でどうなっていくんだろう……。
読んでいただきましてありがとうございました。
ヴィオレがヒロインにローランのことを聞いているのは「4.5攻略対象のはずでしたがサポートキャラになりました」を読んで頂けるとヴィオレの様子にご納得がいかれるかと思います。
もしよろしければそちらも読んで頂けると嬉しいです。




