5.5.攻略対象のはずでしたがヒロインがこうなった理由を知りました(後編)
5話後、ヴィオレ視点のスピンオフです。
ヴィオレとデイジーが何を話していたのか……。
ダイニングルームから出てアイリスの専属侍女らしいデイジーの後ろをついていく。屋敷内を案内され騎士の訓練場等見せてもらうも、ある程度体力のある者の為の設備や道具といった感じでアイリス向きのものではない。
次に広い庭園を見せてもらったが、確かにきちんと整備された美しい庭園ではあるが、正直この公爵家で出来ることは散歩くらいになりそうだ。
どうしたものかな、と悩んでいるとデイジーが俺に丁寧に頭を下げた。
「アイリス様のことを真剣に考えていただいてありがとうございます」
「え? あ、いや……」
「アイリス様がこのようにしっかりと自分のなさりたい事を話されたのは初めてだったかと思います、きっとヴィオレ様という良いご学友に恵まれたからですね」
朝の公爵のアイリス応援演説による誤解がいまだに続いていそうだ。
嘘をつき続けているようでばつが悪い。
「欲望の塊みたいに俺には見えてたけど、そうだったんだな」
「はい、アイリス様はとてもお優しいのです。……アイリス様の母君であるアニス様がカメリア様の産後に体を弱らせてしまい、妹君であるカメリア様も生まれた時からお体が弱く。その事はもしかしたらヴィオレ様の耳にも入っていらっしゃるかもしれませんが」
「あぁ、なんとなく噂で」
デイジーは静かに頷いた。
そのまま静かな口調で彼女が話を続ける。
「お友達も首都にたくさんいらっしゃったのに、アニス様とカメリア様が静養地で暮らされる事が決まった際に、アイリス様は私がいた方が楽しいでしょって明るい顔で一緒に静養地へ向かわれて。お二人とも体調を崩されがちでしたので、アイリス様はよくたくさんの物語を読んでは、なかなか外出のできないアニス様やカメリア様に楽しそうにお話をしてあげられていたのです。お外で遊ばれるのが大好きでしたのに、あまり外へ出られることもなくなってしまったのですが辛そうな顔や言葉一つ出されることはありませんでした」
彼女は当時の事を思い出してか、微笑みはそのままだが少し寂しそうな表情を見せる。
姉の事だから本当に小説にハマって母親や妹に大興奮で話を伝えていたような気がしないでもないが、でも多分……もともと気は優しいから妹に付き合って外に行くのは多少控えたのかもしれない。
そういえば、俺が風邪の時や骨折した時も看病や付き添ってよく室内で遊んでくれていたっけ。
「まぁ、昔っからそういうところあるもんなぁ……」
「え?」
「あぁ!いや、こっちの話。そうか、じゃああぁなったのは……」
「ヴィオレ様がアイリス様のお体のことを気にされているのであれば、お察しの通りですね。カメリア様やアニス様を想って、アイリス様はあまり体を動かす機会は少なかったように思います。でも、アイリス様はお父様やご友人方を恋しく思う気持ちも一切吐露することもなく、毎日明るく屋敷を照らしてくださったのです。私……いいえ、この屋敷にいる者皆アイリス様が大好きですわ」
懸命にアイリスの事を伝えるデイジー。おそらく、侍女なりに最低限主人を守る為に、このことを話しているのだろう。
終始穏やかな口調ではあるが、アイリスに対する心配と俺に対する牽制が見える。まぁ急に押しかけて公爵は大賛成しているものの、ダイエットだの学力向上だの王妃にも見合うような人間になるとかの話を急にされたらアイリスの事をよく知っているだろう近しい人間ほど不安に思うかもしれない。
ただ、失礼だと言われるかもしれない中で初対面かつ公爵家の俺にここまで話すということは、アイリスのことを相当に想っているんだろう。
「あんた本当にアイリスが好きなんだなぁ」
しみじみと言うと、デイジーは照れたように一瞬俯き、頬を少し赤らめながらばっと顔をあげた。
「はい。アイリス様がまだ御くるみに包まれていらした頃から。あの小さくて可愛らしい手に指を握られた時。子どもだった私がアイリス様に仕える為に自分は生まれてきたのだと思うほど愛らしかったのです。もちろん、今も」
胸の前で握られたのであろう指を大事そうに握り、幸せそうに微笑んだ。
とても良い話風にまとめて話されているが、その話を聞いても腑に落ちないことがある。
正直少し運動量が人より少ない程度であれだけ太るのはおかしい。限度があるとは思う。これだけメイドに思われているアイリスがぷくぷくと太り続けているのを諫めたり考慮したりしないのはあり得ない。
もはや何かの病気なのかとも思うが、それなら朝に公爵に話した時点で注意が入るだろうし。色々考えたところで埒が明かないので、そのままデイジーに疑問を投げかけた。
「とはいえ、その過去を踏まえても限度があるんじゃないか? あんたらの関係性を聞いて尚更主人があそこまでふくよかになっていくのを止めないのは正直違和感なんだが」
「それは……これを見ればわかるかと」
デイジーはメイド服で隠れてはいたが、ペンダントをしていたようですっとそれをワイシャツの中から取り出し、外して見せた。中に絵が入るようなロケットのようなものだ。
デイジーの表情から先ほどの笑顔が消え、真剣な顔つきとなった。
「これを見れば、すべてがわかると思います」
「な、なにが入っているんだそこに」
「……拝見されますか?」
「お、おぉ……」
先ほどとは打って変わった真剣な空気に思わず戸惑う。
どんな真実が隠されているんだと、ごくりと唾を飲み込む。乙女ゲームのヒロインがヒロインとして機能しなくなる程の真実の一端か。もしかすると、この世界の闇に触れてしまうのかもしれない。
もしそうだとしたら、この世界の平穏と姉の為に帝国の剣として生まれた俺はその闇に立ち向かい戦わなければならない。これはもしかして乙女ゲームではなく、その闇と戦うダークファンタジーものだったのか。ドキドキと心臓が嫌な高鳴り方をする。
「……心の準備をされてください、開きますよ」
神妙な面持ちでゆっくりとロケットを開くデイジー。
ロケットを開き終わるなり、デイジーがぐらっと体勢を崩した。それを慌てて支える。邪気でも出ているのか、急なことに俺はひどく動揺した。見ることが恐ろしいような、しかしこの世界の真実を見たいような。そんな色々な気持ちの混ざり合う中、デイジーの手元で開かれたロケットを見た。
「はぁ……! 息が止まるかと思いました、どうですヴィオレ様」
「どうって……あの、これは……」
ロケットを見つめた後、デイジーに視線を戻す。
「幼少期のアイリス様です」
何を言っているんだ、このメイドは。
俺はデイジーの体勢を立て直してしっかりと立たせ、改めてロケットを見つめた。やはり、幼少期のアイリスしか描かれていない。そして何も感じない。そこにはただのロケットがあるだけだった。
「それはそうだろなとしか思わなかったけど。面影あるし、髪色とか瞳の色も同じだし。いやだからこれが……いや、読めてきたぞ。今朝の公爵の様子といい、あんたたちの様子といい何故なのか」
この主人バカと親バカが揃ってしまった最悪の家で考えられる一つの考察。
信じられない真実がそこにはあった。
デイジーはパンっと手を叩いて、尊敬のまなざしで俺を見つめる。
「ヴィオレ様、やはりお察しがよろしいですね。さすが帝国の剣であるデュランダル公爵家のご子息。空気を読む力も長けていらっしゃいますね」
「いや、これは多分俺がどうとかそういうんじゃないと思うけど……。あれだろ? その、あんた達がさ」
「はい、申し訳ございません。アニス様、カメリア様、シプリアン様含め使用人もアイリス様があまりにも可愛らし過ぎて少々甘い物を用意しすぎてしまいました」
そのままずいっと俺の目の前にロケット近づけて熱く語りだす。
「この可愛らしいアイリス様が好物を前にするとお花がぱっと咲くような、天使のファンファーレが聞こえるかのような可愛らしい笑顔を見せてくれるのです……私たちにはもうどうすることもできませんでした……くッ」
「いや、くッじゃなくて」
そんな悔しそうにくッなんて言うような事案でもないと思うのだが。
ただ、公爵の様子といいこのメイド達の様子といい、姉は小さいころから楽しく過ごせていたのは明確にわかった。それはたしかに良かったとは思うのだが。
ただ、はっきりと一つ分かったことがある。
ここに居たら痩せない。
「やっぱり、アイリスはうちで預かることにするわ」
「え!?」
先ほどから顔に張り付いている微笑みから一転、心配そうに顔を曇らせるデイジー。
おそらく、古くからの歴史を持つ騎士の家系であるデュランダル公爵家の厳しさについて耳にしているんのだろう。その噂はその通りだったり、尾ひれがついているものもあれば、全くの嘘も多いのだけど。
「心配しなくても、考えているような酷い目には合わせねぇよ。あの体型だと普通に運動すれば膝に負担がかかって良くないと思うから、うちの母のサロンも利用しながら体に負担のかからない方法で頑張ってもらおうと思って」
そう言うと、ぱぁっと顔を輝かせて手を合わせた。
デュランダル公爵家の公爵夫人である母親が開催しているサロンは一部の人間しか招待していないが、とても評判が良い。しかしながら、母親の判断で一部の人間しか招いていない為ほとんど幻扱いの社交界の人間にとっては憧れの場所にもなっているらしい。男の俺にはよくわからないけど。
「まぁ、オリヴィエ様のサロンですか? きっとアイリス様も喜ばれますね、ありがとうございます。また、差し出がましい事を申し上げて申し訳ございませんでした」
「いや、多分アイツ色々言わないというか言っても要領を得ないような話し方しかしないだろうから、あんたから色々聞けて良かったよ。こちらこそありがとう」
軽くお礼を言えば、デイジーはまた嬉しそうに笑った。
「アイリス様、素敵なご学友が沢山出来ていらっしゃるようですね。安心いたしました、これからもどうぞよろしくお願いいたします」
「あぁ、こちらこそ」
返事はするも前世では弟であったから、学友という立場に少し違和感を抱く。
とりあえず、姉が幸せに生きてきたことが今日嫌というほどわかり、前世の弟としてはひどく安心しました。
長くなってしまいすみません、読んでいただいてありがとうございました。
書き始めてから1週間が経ちました。
ブクマ登録等読んでくださっている方の存在が感じられて嬉しかったです!励みになりました。
次回から本編に戻ります、引き続きよろしくお願いいたします。




