66.ヒロインなんですが、ママじゃなかったようです
「食べた! 食べました!!」
職員の方がドラゴンを驚かせないように小声で叫んだ。
職員の皆さんで静かにハイタッチをしたり、拳を上に突き上げたり、興奮を抑えられないと言った様子で喜びを分かち合っている。
「クロトンが、ドラゴンのママだったんだ……」
「うーん、僕男なんだけどなぁ。でも可愛いね」
クロトンが苦笑しながらも、どんどんドラゴンにスプーンを差し出していく。
園長はごはんをあげやすいように、クロトンに椅子を用意して、ドラゴンをケースの上のクッションの上に置いた。
ドラゴンは先ほど私に対して取っていた態度からは考えられないほど、うっとりと甘えた表情で嬉しそうに口を開けている。
そうか。先ほど恋にでも落ちたのかよ、と思っていたあの二人の視線の熱さは、親子の絆が生まれていた光景だったのか。
ドラゴンも安心した様子になっているし、私と接していた時とは全く違うあまりの変わりように私も驚いていた。
「本当に親と思った人からしか食べないんだね」
試しにクロトンからスプーンを受け取り、再びドラゴンの口に近づけた。
ここまで機嫌が良くなったのなら、女神の祝福を受けている私からなら食べてくれるかも、なんて淡い期待を抱きながらそっとスプーンを口に近づける。
ドラゴンは、先ほどのうっとりとした顔から一転、またムスっとした表情に戻ったが、口を開けてくれた。
なーんだ、やっぱりなんだかんだでヒロイン特性でドラゴンとも仲良くなれるのね、とにこにこしながら口の中にスプーンをいれた瞬間、熱風が吹きかけられ後ろに飛び退いた。
「ブォッ」
「きゃっ! あっぶな!!」
ドラゴンは素直に口を開けた訳ではなく、私に向かって小さく炎を吐いたのだ。
小さなドラゴンだから、炎こそ小さかったが、髪の先がチリチリと燃えてしまった。
「なんでこんなことしたの!?」
「ドラゴンからしたら、ママとの食事を邪魔されたとでも思われたんじゃねぇの」
「それにしてもひどくない!? 髪ここだけチリッチリだよ!?」
涙目で訴えるも、切れば良いだろとヴィオレに冷たい視線で浴びせられる。乙女の気持ちなんて全くわからない前世彼女いない歴=年齢だった奴にはわからないか。
クロトンはそんな中、厳しい顔を作る。
そうだ、魅力系キャラクターのクロトンならこの乙女心をわかってくれるはず……。
クロトンは厳しい表情のまま、ドラゴンにずいっと顔を近づけた。
「ドラゴン、めっ。……あーでも可愛い~」
すぐさま、ふにゃりと顔が綻んでしまって、ドラゴンとじゃれ始めてしまった。
「叱り方甘くない!?」
「あはは、ごめん。可愛すぎて」
そう言ってクロトンが笑っていると、ドラゴンも同じくきゃっきゃと笑い始めた。
たしかに可愛いけど、毛先のチリチリを見ると、ちょっと小憎たらしい気持ちにもなる。こんなにも懐かないものなのか、ドラゴンとは……。
私たちのそんな様子を見て、園長はドラゴンが食べ進めてることができ、機嫌が良くなっていることに安心しているようだった。ふぅ、と小さく息を吐くと、園長はクロトンに向き直った。
「あぁ、でも良かった……これでドラゴンは順調に育っていくはずよ。えっと……」
「クロトン・セヴェールです」
「セヴェール卿、大変助かりました。申し訳ないのだけど、1か月程貴方にはドラゴンの育成に協力してほしいのです」
「わぁ、1か月……」
急な長期間の依頼にクロトンが驚いたように繰り返した。
ローランも園長と同様に、クロトンに依頼をする。
「私からも頼むよ。ドラゴンは希少種だし、この子は特別だからね。必要なものは用意させるから」
「そうです、このドラゴンはソレイユ王国の繁栄の象徴。大切に育てなければ」
園長は真剣な口調で歯あるが、目は小さな子どもを見つめるおばあちゃんのような優しい瞳でドラゴンを見つめている。
ドラゴンそのものを、とても大事に思っているようだ。
クロトンは二人にそう言われると、クッションの上に居るドラゴンの頭を優しい手つきで撫でた。
ドラゴンもお腹がいっぱいになったら眠くなったようで、うとうととした瞳をこすりながら、大きなあくびをする。そして、そのままクロトンに近づいて、そっと抱き着いた。
「まぁ、こんな可愛く寄り添われたら、そうせざるを得ませんし。わかりました」
小さくママと呟きながらクロトンに身を寄せて、すやすやと眠り始めるドラゴンの顔を愛おしそうに見つめながら頭を撫で続けた。
しかし、そういえば繁栄やら国を救うとか、このドラゴンの説明がざっくりとしてよくわからない。そもそも、1000年前に何が起こったのか。
私は改めて園長に尋ねた。
「そういえば、なんで『国を救い、繁栄をもたらすドラゴン』なんですか? 『1000年の眠りにつく』ってことは、フルール様がいらっしゃった時代あたり? その時、何かあったんですか?」
「建国の時に争いは少しあったそうですね。フルール様がこのドラゴンの親で、その時代に活躍したからそういった言い伝えがあったのではと言われております。まぁ、神話のようになっていて、詳しいことはわかっていないのですが」
「そうなんですね」
まぁ、1000年も前のことなんてよくわからないか。
前世の日本の歴史だって、年号すら新しい説が出てきたりして変わることもあることだし。
クロトンがドラゴンを優しく抱きしめ、撫でながら
「でも、これでドラゴンと女神の祝福を受けたアイリスがいるなら、本当に黄金の時代になっちゃうかもね」
「フルール様と違って、ドラゴンと仲良くなれる気がしないけどね」
とにかく、ドラゴンが無事成長しそうなことに、皆安心して穏やかな時が流れている中、なんとなくローランの表情がいつもより少し固い気がした。
先ほどドームに入ってきた様子といい、何か心配事でもあるのだろうか。
私はローランに近づき、こっそりと小さな声で尋ねた。
「殿下、あの……どうかされました?」
「ん? なんでもないよ」
ローランは私の言葉に、ふわっといつもと同じ穏やかな笑みで首を傾げながら答えた。
なんだ、やっぱり私の気のせいかと思っていると、ローランの顔が少し拗ねた子どものような顔をして、私にずいっと顔を寄せる。
「それより、アイリス。私のことも名前で呼ぶって言ったのに」
「へ!? あ、いや……ごめんなさい、癖で」
「いいよ、慣れたらで」
そう言うと、ローランはカラッと明るい調子で笑った。
ドラゴンはクロトンの胸の中ですやすやと眠っている。
この穏やかな時間がそういつまでも続いていかないことに、ここにいる私たちは誰も気づいていなかった。
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