5.5攻略対象のはずでしたがヒロインの為に嘘をつきました(前編)
5話後、ヴィオレ視点のスピンオフです。
フルール公爵家に訪れた日の朝、何が起こったのか。
彼の手腕をぜひご覧ください……。
馬車に揺られながら窓の外をぼうっと見る。朝日に照らされた草原や花々がとてもきれいだ。
フルール公爵家に行くのは初めてである。
ゲームでも魔法学園が中心だからフルール公爵家のことはソレイユ王国建国の立役者と呼ばれる女神様の末裔と言われていることくらいしかあまりよく知らなかった。
この世界に生まれてフルール公爵家については、歴史ある公爵家。穏健派。商才の素晴らしさ。母親と妹の体が弱いから社交界に現れることは滅多にない等は聞き及んでいたが、世間の評価や噂程度しか耳にしていない。
とはいえ、公爵家の令嬢があそこまで太るほど放置していたような家だ。どんな家なんだろう、と興味半分疑い半分の気持ちで公爵家を訪ねた。もし、あまり良い環境でないならしばらくうちでアイリスを引き取ろうか等色々と考えていると公爵家の前まで着き、門が開いた。
昨晩急ぎで訪問の旨や簡単にアイリスのサポートをする事になった事を手紙では伝えていたが、それにしてもなぜ……
「ようこそ、ヴィオレ君」
なぜ恐ろしい形相でフルール公爵家の当主、シプリアン公爵が立ちはだかっているのだろうか。
庭園にあるガセボに通され、紅茶が出された。
老年の執事が一人傍についているが、人払いをされたようで他に人は見えない。
フルール公爵家は穏健派と聞いていたが、今目の前にいるシプリアン公爵の雰囲気は穏健などとは程遠いバリバリの武闘派オーラを放っている。さすが公爵家の当主、並大抵のものではない凄い威圧感だ。
アイリスはと聞けば、まだ休んでいると低い声で返された。
何故このような事態になっているのかも検討がつかず、あまりの雰囲気に固まっていると、シプリアン公爵はジロリと鋭い眼光で睨みつけるように低い声で口を開いた。
「それで……君は、娘とはどういう関係なのだね」
思いもよらなかった質問にポカンと呆けてしまう。
あまりに間抜けな顔をしてしまった為、気持ちを立て直し、咳払いをして真面目な顔で返答する。
「学友です」
シプリアン公爵は眼光の鋭さを緩めることなく、テーブルから少し体を離し腕を組みながら俺をにらみつける。
「そうか……まぁうちのアイリスは誰にでも等しく優しく明るく天使のような子だから勘違いするような男も沢山出てきそうだが、アイリスが結婚したい相手はお父様みたいな人だ! よく心得ておきたまえ」
「あの! 本当にただの学友です!」
なぜ姉相手に付き合った彼女のお父さんに詰め寄られる彼氏の立場を味合わないといけないのだろうか。あぁ、いや前世の話で今は血縁でもなんでもないんだが。とにかく予想外の展開であること、かつ、姉の今世の父はとんでもない親バカだった事に頭がうまく追い付かない。
誤解を解こうにもこちらの話が耳に届いていないのか、含蓄のある鋭い眼光を向けられ続けている。心なしか目の下には隈が見えた。これは、もしかしたら昨日の俺が送った手紙から動揺して眠れていないのかもしれない。疲れ切った表情の執事が傍に立っている事から、おそらく俺の予想は大当たりなのだろう。
「私はアイリスより、体型の改善や体力だけではなく学力等の向上について相談されたんです。ちょうど夏季休暇に入ることもあったので、長期休暇にそのコーチングを頼まれただけで、公爵様が思っているような関係では決してありませんし、これからもそれはあり得ないのでご安心ください」
「……ふむ」
ようやく少しだけ眼光の鋭さが和らいだ。
しかし、納得はしていないようで顎に手を添えながらしばらく考えているような様子を見せる。
「しかしなぜ急にそんな話に。アイリスは、父親の私が言うのもおかしいが、そういった事に興味がなさそうであったし私自身アイリスには好きに生きてほしいと思っていたのだが」
「学園に入ってから自身のその姿勢を深く後悔されていたのです」
正確には昨日気付いて後悔していたのだが、この父親相手に下手な話をしようものなら話が変な方向に行き続けるだけなような気がする。多少の嘘は仕方がない。
俺の言葉に公爵はハッとした顔をしたあと、顔を手で覆い俯いてしまった。
「そんな……娘の様子に気が付かないなんて。優しい子だから私に見せないようにしていたのか、情けない父親だ。アニスならすぐ気付いただろうに……」
それは仰る通りあのバカはずっと能天気に生きてきて昨日漸く気付いた事実なのであって、父親としての目線になんら不出来なことなんてないのだが、あまりの落ち込みようにもうこの流れで何か言う事はできない。罪の意識を感じつつも、深刻な表情で演技を続けながら俺は再び口を開いた。
「優しいですからね、アイリスは……。私も実際にその思いを話してもらったのは昨日の事だったのです。だから、急なご連絡となってしまい申し訳ございません」
「いや、それはいいんだ……そうか、ずっと一人抱え込んでいたのだな。助けになってくれてありがとう」
公爵は悲しそうに微笑みながら俺の手を優しく握った。
申し訳なさで胸がつぶれそうになりながらも、俺は演技を続ける。
「アイリスは学園に入ってから思うところがあったようです。……アイリスが女神の祝福を受けた事や公爵家の令嬢ということを踏まえるといずれ王妃になる可能性が一番高いということは、公爵様が一番ご存知でしょう。そして、それがどれほど厳しい立場かも」
俺の指摘はもっともだと思う。
『フルール・ド・グレイス』はたしかに平和で優しい世界で敵役も恋敵も出ないような平和なゲームだ。でも政治はそれとは違う。フルール公爵家のような穏健派もいるが、底意地の悪い出世欲の強い貴族もそれなりの数がいることは公爵家当主ともなる人は一番よく知っているだろう。
アイリスがどのルートに進んで恋愛をするにしても、この世界で生き続けるにあたって、今の状態のままなことはあまり良くはない。ローランルートに進むとしたら尚更。
公爵は神妙な面持ちで深くうなずきながら、俺の話に耳を傾ける。
「アイリスは、その覚悟があると……俺に話したんです。王妃にも見合うような人間になると、努力したいと俺に話したんですよ。そのご令嬢の覚悟を、公爵様には応援いただきたく思っております」
……まぁ、嘘は言っていない。ローランルートになるかもしれないし、物は言いようだ。
もし違う人とルートに進んだとしても、その時は真実の愛を見つけただのとりあえず説明すれば納得してもらえるだろう。
重い口調で説明をする俺の言葉にシプリアン公爵はハッと目を見開いた。そして次に目を潤ませながら、椅子から立ち上がり俺から表情が見えないように体を庭園の方に向けた。
「私の小さな天使はいつの間にか大きく育っていたのだな……」
震える声で小さく呟きながら、手で目頭を押さえたシプリアン公爵。
執事も横で目頭をハンカチで抑えている。
小さな嘘と話をかなり盛ってしまった罪悪感は感じるが、ヒロインルートに返り咲くという大義の為には些かの虚言は必要だろう。
俺は神妙な面持ちで静かに頷いた。もうここまで来たらこの流れに身を任せるしかない。
公爵は顔を上げ、俺の傍に来るなり両手で俺の手を強く握った。
「ありがとう、君のような学友に出会えてアイリスはとても幸せだ。学友として、これからもよろしく頼む。その為に学友の君の提言に、公爵家として全力でバックアップしていく」
学友を強調しながら話す公爵にまだ少し疑っているのかこの親バカは、と呆れながらも人間らしさにほっとする。前世の姉はおそらくこの世界でも幸せに生きていたのだろう。朝に抱いていた疑問は拭われて安堵した。
では、ここで一気に畳みかけるしかない。
俺は、公爵の手をぐっと強く握り返した。
「では、まず彼女の食事内容から対応してもよろしいですか」
「もちろん。彼を食堂に案内してくれ」
公爵が大声で屋敷に呼びかけると、離れたところにいたメイドが頭を下げ、こちらへと向かっている。
「では、私は屋敷の者にアイリスのことを……!」
公爵が勢い良く立ち上がったのだが、その肩に執事がそっと手を添えた。
「公爵様、そろそろ仕事をしてください……お手紙をいただいてからずっとお仕事が止まっております」
「娘の一大事にそんな事をしている場合ではない! 屋敷中の人間を集めてくれ!」
そう言ってびゅんっとどこかに走って行ってしまった。執事はその姿にあぁ、と届かない手を伸ばし深いため息をついてがっくりと肩を落とした。疲れ切った執事の姿に心の中で合掌する。
そして、公爵自らがアイリスの覚悟や決意について涙ながらに使用人たちに訴え、使用人達とアイリスを応援すると決意表明をし皆でそれに賛同していた。公爵自身のカリスマ性なのか、使用人達がアイリスに対する想いが強いのか、使用人たちは涙を流しながら拳を突き上げ咆哮する者や、お互い肩を寄せ合い静かに歓喜の涙を流している者、円陣を組みだす者等なかなかな様子だった。そして、その応援演説の後アイリスのもとへ向かおうとする公爵を「本当に困りますよ公爵様」と執事が引きずりながら執務室に向かわせられていたのであった。
これがフルール公爵家での朝の出来事であった。
色々言いたいことはあるが、とりあえずにぎやかで良い家だと思う。
読んでいただいてありがとうございました。
本当はこの回でお昼にデイジーとヴィオレが交わした会話も書きたかったのですが、アイリスパパが思ったよりもハッスルしてしまい、あまりに長くなってしまいそうだったのでいったん区切らせていただきました。




