61.ヒロインなんですが、名前呼びを許可されました!!
「ね、ねぇ……サジェス卿? あ、あの……そんな無理して話さなくて良いからね。ちょっとファンとして少し気になったなぁって……」
こんなセージは初めて見た。
気まずそうに顔を逸らしていたのに、私の言った『ファン』という言葉にピクリと反応をした。そして、深く深呼吸を何回かしてから、私の方にまた顔を向ける。
……いや、そんなに気まずいなら無理して話さなくて良いんだけど……。
セージは、ふぅっと最後に小さく呼吸を整えると、小さく呟くように話始めた。
「姉が……」
「お姉さん?」
「姉が、私の日記を勝手に出版社に見せたんだ。それがあれよあれよという間に、出版となったんだ」
……そんなアイドルのデビューみたいな話が本当にあるんだ。
少し予想外のデビュー話に内心驚きつつも、そのまま話を聞いていく。
お姉さんがその時出版社に恋人がいたから、その人の業績にしたかったと。それで、どうにかしてこの日記を売れるように整えろ! と言われて、勉強の合間になんとか小説として仕上げて、それが運良くよく売れたという事。
今、そのお姉さんと恋人は別れて、お姉さんには違う恋人がいるけど、その恋人さんは編集者として未だにお世話になっているという事。
お姉さんの話を始めると、いつもより少し弱々しくなるセージを見ると、セージも例の如く姉には弱い普通の男の子なんだということがわかった。そんなセージの普通の男の子な一面が見られて、思わず笑いが零れてしまった。
「なんだ、そんなに笑って」
「あぁ、いや男の子ってお姉さんとか妹に弱いけど、サジェス卿もそうなんだって思うとちょっと面白くて」
「お前に男兄弟はいないだろ」
「あぁ。えっと……友達から! 友達から聞いたの!」
慌てて誤魔化すと、そうかと納得するセージ。
危ない危ない、危うくヴィオレの事を話すところだった。
「でも、姉から見ると弟ってかわいいんだよねぇ。小さい頃は付いて回って来るし、意味の分からない名前の攻撃してきて鬱陶しいんだけど、やっぱりかわいいんだよねぇ。……あ、友達から聞いた話ね!」
「ふん、そんなものか……遊ばれている気しかしないんだがな」
セージが拗ねたようにそんなことを言うので、また笑ってしまった。
「きっとお姉さんも、サジェス卿の日記の文才見て嬉しくなっちゃったんだろうね。うちの弟にはこんな才能があるんだぞーって」
「だからといって、勝手に日記を見るのも、ましてや出版社に売り込むなんてだめだろう」
「そりゃあね」
「……まぁ、今回は結果的に小説家としての生き甲斐を得られて良かったがな」
「そっか、サジェス卿にとって小説は生き甲斐なんだね」
ファンとしては、大好きな作家がそんな風に言っていると思うと、安心するし嬉しい。思わずにっこりと笑みが零れると、セージは少し照れたようにまたそっぽを向く。
そして、ゴホンと一度咳払いをして、私にまた向き合った。
「……そういえば、お前はいつまで私の事を仰々しく呼んでいるつもりだ」
「え? サジェス卿って? だって自分が……」
そう言うと、セージは私のことを黙って睨みつける。
セージにとっても、いつも冷静な自分が子どもの様に取り乱していたあのことは、あまりよく思っていないらしい。
本人がそう言うのだから、いいのかな。名前で呼んでも……。
「じゃあ……セージ?」
「なんだ?」
何事もなかったように返事をするセージ。
……ん、反応としては、なんか違くない?
私は追及することにした。
「自分がそう呼べって言ったんでしょ」
「別に聞いただけだ」
「え! あの流れ絶対名前で呼んでみろってことだったでしょ!」
「私はいつまで呼んでいるつもりかと聞いただけだ」
「それすっごい屁理屈じゃない!?」
攻略対象キャラを名前で呼んで良いところまで好感度が上がった! という乙女ゲームイベントではドキドキするイベントのはずなのに、なんだかただの口喧嘩のようになってしまった。
セージにはいつまで経っても敵いそうにない。
この話題を続けても、どうせ屁理屈で返されそうなので、そもそもの目的に立ち返ることにした。
「そういえば、今回の遠足でリフレッシュできた?」
「そうだな」
「また書けそう?」
「ふむ……」
セージは急に黙り込む。
作家が書けなくなる、というのは創作経験のない私にとってはよくわからない状況だけど、さきほど日記と言っていたし、実体験があるということなんだろう。
つまり恋愛経験者であり、大ヒット恋愛小説家に恋愛経験値0の私が、何か言っているのか。
……いや、しかし! 私だって数多の乙女ゲーム、恋愛小説、漫画を読んできた女だ。きっと何かヒントになるようなことを言えるはず。
私は自分のあらゆる経験をひねくりだした。
「うーん……じゃあ、その日記の時の気持ちを思い出して書いてみれば良いんじゃない? 初心に帰って、みたいな」
「あぁ……」
私がそう提案すると、目から鱗が落ちたような顔をしたセージ。初心に帰る、といったことは考えたことがなかったようだ。
結局、恋愛小説とは全く関係のないごく当たり前のことを言ってしまったが、セージはなんだか腑に落ちたようで先ほどより表情が明るくなった気がする。
「あ、私今結構良い提案できたかな?」
「あぁ……そうだな」
そう言って、セージは私に微笑んだ。
セージの微笑みを初めて見た私は、あまりの衝撃に固まってしまう。
笑うとこんなに素敵なんだ……。
その時、ドンっと上から大きな音がした。
セージが念のため下がっていろ、と私の手を取り、後ろに下がる。セージの背中の後ろに、守られるようにして立った。
何度かドンドンと音がして、大きく光が差し込んだ。
「セージ、アイリス嬢……良かった、無事で」
顔を土だらけにした殿下が、顔を覗かせた。
ようやく、私たちは助かったようだ。
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