39.ヒロインなんですが涙が出るほど美味しい物に出会いました
クロトンとそんな話をしている内に思い出したことがある。クロトンのお母様の名前だ。
この国の名前とは少し違うみたい。
「そういえば、お母さんの名前ノクティ―ヌっていうんだね」
「あぁ、うん。この国の人じゃないからね。僕も子爵家に行く前は、じいちゃんにシャルムって名づけられてそう呼ばれてたよ」
「へぇ、シャルム。どっちも素敵な名前だね」
この国では女神であるフルール様の加護を受けて健やかに育ちますように、と大切な子どもに花や草木の名前をつける風習がある。だから、名前を聞くとなんとなくこの国の人間だということがわかったりもする。
「クロトンは父がつけたんだ。さすらいの旅女優の子で、フルール様の加護を受ける名前も貰えてないってなると変に勘ぐったり僕への扱いが悪くなる可能性があるからって。最初はなんか嫌だったけど……まぁでも、これも良い名前だろ?」
クロトンがウインクをしながら私に茶目っ気たっぷりのいつも笑顔を見せた。
私が笑いながらそうね、と答えると、またリンゴのコンポートを口に放り込んだ。
それにしても、少し気になった事がある。
ここまでの境遇をゲームで全く触れていなかったのは少し違和感がある。あくまで恋愛乙女ゲームだから、触れなかったといえばまぁそうかもしれないんだけど……ゲームには描かれていなかったことが、実は結構あるのかもしれない。
そう考えていると、一人の男性が大きな袋を持って静かに近付いてきた。
クロトンは立ち上がり、座っている私より少しだけ前に出る。
「なんですか?」
「あ、あの先ほどの高下駄のパフォーマンスをしていたものです。本当にすみませんでした……お父様、大丈夫ですか?」
「あぁ、ごめんなさい。メイクを取られていたからわからなくて」
先ほどの大道芸人が大きな袋を持って申し訳なさそうに、ぺこぺこと頭を下げながらやってくる。当たり前だが下駄を脱ぐと普通の人だ。私より少し大きいくらいの身長だ。全然気づかなかった。
「大丈夫ですよ。ちょっと寝たら良くなりますから」
「……すみません、よろしかったらこれ、少しなんですが。お口に合うといいんですが」
「そんな、良いですよ。本当に。この人がもともと運悪いだけなんで」
「いやいや、せっかくのお祭りなのに足を止めさせる事になってしまってすみません。周りから聞いたり、僕のおすすめもたくさん入っているので良かったら召し上がってください」
そう言って大道芸人はぐっと頭を下げながら袋を手渡す。
クロトンはその袋を受け取った、重かったようで腕がずしりと少し下がった。
「ありがとうございます。でも、本当に気にしないでくださいね」
「お気遣いいただきありがとうございます。では、あの……失礼いたします。救護センターがあるので、もし何かあったらすぐそちらに行かれてくださいね」
大道芸人はぺこぺこと頭を下げて、小走りでまたお祭りに戻っていく。
クロトンはすとん、と気が抜けたようにベンチに座り直す。
そして無造作に袋の中を開けて、私にも見せた。
「うわぁ、いっぱい」
「どうせ父もまだ起きないだろうし、二人で食べちゃお」
二人で上から順々に食べ物を開けて、食べていく。
おすすめとあってどれも美味しい。ちゃんとお昼を食べられていなかった私たちは、クロトンの思い出話を聞いたりしながら、いただいたものを食べていく。
おじいさんはぶっきらぼうで厳しい人だったけど、お祭りの時は何故か子どもは甘いものが好きだろってリンゴのコンポートのお菓子を買ってくれた事。よくお母様の役者としての素晴らしさや伝説を聞かされていたこと。劇では衣装作りの手伝いをしていたとか。演劇部で役者より裏方をやりたいと言っていたのは、経験の事もあったらしい。
話が弾みながらどんどん袋の中身は減っていく。
最後の一つをクロトンが袋から取り出した。
「え?」
この世界で今まで見た事のなかった食べ物があった。しかし、私には見覚えがある。
独特の香ばしい香り。懐かしさに期待をしながら、一口そっと口に入れる。間違いない。この世界にもあったんだ、と感動しながら添え物を口に放り込む。その味と食感に衝撃を受ける。
これは、この世界の料理じゃない。
「ごめん、クロトン。私、急いでヴィオレ探してくる」
「え、うん。別に良いけど」
急に立ち上がった私に驚きながらも、クロトンが黙って見送る。
私は体が千切れそうになるほど必死に走った。ヴィオレに言わなきゃ。走りながら涙が出てきた。涙も吹き飛ぶほどの速さで辺りを見渡しながら、とにかく必死にヴィオレを探す。
しばらく走り続けていると、ようやくヴィオレを見つけた。駆け寄って、ヴィオレの背中を思い切り引っ張った。
「うわ、アイリス!……どうしたんだよ。そんな顔して、なんかあったのか?」
「食べて! いいから、これ食べて!」
心配そうな顔をするヴィオレの口に無理やり放り込む。
パリポリ、と小気味いい音がヴィオレの口からした。
口にした瞬間、ヴィオレの動きが止まり、その表情が驚愕に染まっていく。
「……え、これ漬物……しかも、これかあちゃんの味!」
「そうなの!」
長年食べてきた母の味を、私たち子どもが忘れるはずがなかった。
もしかしたら、この世界にも父や母が転生しているのかもしれない。
私とヴィオレは顔を見合わせ、手元にある漬物をただただじっと見つめた。
読んで頂きましてありがとうございました。
私も祖母を見習って漬物をたまに作るのですが、手から出汁でも出てんのかってくらい祖母の方が美味しいですね。多分手から出汁出てます。




