4.ヒロインなんですがようやくイベントに遭遇できたようです?
「なんでそんなふくよかになってんだよ、アイリスが!」
ヴィオレ、もとい弟にビシィっと顔の前に指をさされた。
攻略対象に指をさされて詰め寄られるなんて乙女ゲームのスチルならどんな風になっているんだろう……とあまりの状況に思考がどこかに行ってしまう。
たしかに私は少し、いや結構……まぁかなり、ふくよかな自覚はある。
でも薄紫色の艶やかな髪や大きくて丸い青い瞳。鼻筋も通っていて顔立ちは悪くないし、多少太っていても可愛らしい雰囲気はそのまま残っており、ヒロインのポテンシャルはあると思うのだけど……。
「公爵家で出てくるごはんってとっても美味しいのよ。もうついつい毎日美味しくいただいちゃって。それに、ヒロインの容姿って別にゲームで言及もなければスチルでも手とかしか映らなかったし。フルグレって結構簡単な乙女ゲーだし、そんなに体形って大事かな?」
「大事だから3か月もイベント発生しなかったんだろ!」
ヴィオレに指摘され、実際に3か月間イベントが発生しなかった事実を思い出す。
いや、でもゲームのヒロインの容姿なんて言及もないし、特にゲームでも自分磨きのスキル上げとかもなく、選択肢でどんどん進んでいくゲームだ。そもそも元々の乙女ゲームのヒロインの体形だって同じようだったかもしれないし……。
「あのなぁ、手くらいしか見てないっていうけどな。そのスチルに出てきてた手はこんなにおにぎりうまそうに握れそうな手だったかよ!」
ヴィオレが私の手をつかみ、私の目の前においしそうなおにぎりを握れそうなぷくぷくのふっくらした手を持ってくる。スチルに描かれていた白魚のような細くて長いヒロインの手や腕とはあまりにかけ離れた現実から私はそっと目をそらした。
「……わぁ、おにぎりまた食べたいな」
「現実逃避すんな!」
目を反らした私の肩を掴んで揺さぶり、現実に戻してくる。
フルグレ自体が初心者に優しいかなりの難易度激甘乙女ゲームでそのヒロインに転生した幸運に胡坐をかいていたことも、両親もメイドも妹も私を褒めそやしていたこともあり、あまり重要視していなかったスキル問題。そもそもこのゲームにスキル表示とかスキル上げコマンドとかもなかったし。
ヴィオレに指摘されたことでさすがに私も少しずつ今置かれた立場というか、自らが置いてしまった立場というものを自覚していき、少しずつ顔が青ざめていく。
この乙女ゲームにおいて恋愛に発展しない場合、どうなっていくのだろうか。
悩む私を見ながら、ヴィオレがあっと気が付いたような表情をした。
「あ、そういえば俺相手のスキルとかいろいろ見れるんだった。いいか?見ても」
「えぇ、そんなことできるの!? うん、良いけど。それ私も見れる?」
「いやぁ、俺も結構鍛えてから多分特別スキルみたいな感じで発生したっぽくて。俺より強い父上や兄上も使えないくらいだし、ねぇちゃんには無理じゃね? えっと……ちょっと待てよ」
ヴィオレが私から一歩体を引いて、右手をかざして私を見る。
ふわっと一瞬ヴィオレの髪が下から風が吹いたように上へと上がったように見えたけど、何か魔法陣が出たりするわけでもなく、私自身に特に痛みも何もを感じないので本当に何か起きているのか疑わしいほどだ。
ただ、ヴィオレにはたしかに何か見えているようで、うーんとかおっ等と言いながらヴィオレが少しだけ目線を下に下げながら反応している。しかしながら、その表情も段々と曇っていった。
まるで医者の宣告を待つ患者のような気分になる私。先生の表情が暗いと患者は不安です。
「あぁ……これは……。これは無理だろうな……」
「どうなんですか、先生!」
「いや、誰が先生だよ」
私の目からは何も見えていないが、ヴィオレが少しだけ目線を下に下げ、何か表示されているかのように虚空を人差し指で指をさしながら説明を始めた。
「まず、体力が壊滅的だな。知力が普通より少し下……ねぇちゃん公爵家のくせにちゃんと教育うけてたのか? どうせ勉強もそこそこに本ばっか読んでたんだろ」
さすが前世で弟をやっていただけあり、おそらくスキル確認には書いていないような情報まで当ててくる。
たしかに私はこの大好きな乙女ゲームの世界の小説も絶対面白いはずだ、ととにかく早く字を読めるようにだけは努力し、過去には神童ではと言われていた。ただ、自分の読書という目的の為だけだったので、勉強もそれなりにずっと本ばかり読んでその話もいつの間にやら立ち消えてしまっていた。
「あとは……魅力は、言わずもがなだな。うーん……性格だけは良いし、魔力は多分生まれもったものでこれも良いかも。……多分だけど、体力、知力、魅力系のキャラはまず無理だろうし、オールマイティ系のキャラも無理じゃねぇか」
「えぇぇぇぇ、フルグレ別にスキルとか関係ないゲームなのに!?」
「限度ってもんがあるんだろ、知らねぇけど。関係なけりゃイベントが起こってるはずだろ」
おそらくスキルを確認し終わったようでヴィオレが虚空を指さしていた右手をおろした。
思ったよりもなかなか悲惨な結果に私はがっくりと肩を落とした。
ゆる乙女ゲームのヒロインに転生した幸運に胡坐をかいていたことは認めるし、自業自得といえばそれはそうだろう。でも、せめてゲーム自体がスキルアップありのシステムで乙女ゲームのヒロインが可愛くて頭が良い描写がどこかにあれば私だってそれなりに努力していた……のかもしれないのに! 多分!
……あぁ、この期に及んで断定できない自身の意識の低さが恨めしい。
あまりの私の落ち込み様にヴィオレもあたふたと慌てだす。
「ま、まぁいいんじゃないか。転生先が平和なこの世界ならまずあたりだろうし、公爵家のご令嬢だろ? 普通に生きてくだけでもかなりラッキーな人生になりそうじゃねぇか」
「……せっかく好きなゲームのヒロインに転生したのに、私……特に人生の山場も華やかさも体験できないのか……」
「いや、公爵家のご令嬢に生まれただけでだいぶ山場で華やかだと思うぞぉ」
「そうだよね、私なんかがヒロインに転生した事がまず烏滸がましいことだったんだよね……公爵家ですらありえないはずの幸運なんだもんね」
「あ、あの……いや、えっと……その……」
「……せっかく大好きなフルグレのヒロインに転生したけど、静かに公爵家令嬢として生きていくんだね……家格の合いそうな人と適当に婚約してさ。……はぁ、恋愛結婚、してみたかったなぁ。いや、恋愛恋愛って言ってもちゃんとしたこともないんだけどさ。したことないからこその憧れってあるじゃん……? はは」
絶望、諦め、悲しさ、羨望、どの感情とも全てともなんともうまく表現のできない暗い気持ちのままどこか遠くを見つめながら小さく呟いていく声は、この埃っぽくて薄暗い部屋に溶けていくようだ。
正直今まであまりヒロインとして恋愛をするには危機的な状況だと考えたことはなかった。愚かにも。
公爵家では優しい両親や妹、メイド達に囲まれて蝶よ花よと育てられ、学友にも親しくしてもらい、乙女ゲームのヒロイン、なんて楽しく生きているだけで良いと思っていた甘い考えのせいで自分が望んていたものが手に入らない可能性が高くなってしまった。
なんてことをしていたんだろう、と思っても後悔先に立たず。
それなりに幸せには生きていけるのだろうとは思うけど。なんだかなぁ、悪役令嬢にも転生していないぬるい立場で生きてきたくせになんとまぁ情けない結果だろう。
暗い気持ちのままどんどんと沈んで行く私の様子を見かねたヴィオレが頭を掻きむしりながら言った。
「……だぁー! もう、仕方ねぇな。わかった、俺が夏季休暇中にお前のスキル磨き手伝ってやるよ!」
「え、いいの?」
「言っとくけど、甘やかしたりしねぇからな。厳しくするからな、まずは痩せるぞ! まだ1年の夏休み前なんだから今から頑張れば間に合うかもしれないだろ!」
「うぁぁぁ、ありがとう弟よぉぉ。今世でも頼りないねぇちゃんでごめんねぇぇぇ」
「はぁ……もういいよ、慣れてるし」
弟の提案に私は歓喜の涙と鼻水を流しながら思わず抱き着く。
ヴィオレはぽんぽんっと背中を優しく叩いてくれて少しは慰めてくれたものの、ちらっと私の顔を見るなり「うわ、きたねぇ」と雑に引き剝がしてしまったが、そこは彼なりの照れ隠しということにしておこう。ハンカチですごい勢いで私の涙やらがついた上着をゴシゴシと拭いているけど、きっとそういうことなんだろう。
光明が見えてきたところで私の気持ちも分かりやすいほど上向きになっていく。そうだ、これから頑張れば良いんだ。
せっかく大好きな乙女ゲームのヒロインに転生したんだから、恋愛もこの世界も存分にヒロインとして楽しみたい!
夏季休暇の攻略対象達とのデート三昧の日々とは行かなかったものの、これから自分を磨いて一歩でもヒロインに近づけたら良い。……そういえば、ヴィオレも一応攻略対象な訳で、頻繁にヴィオレと夏季休暇に会えるということはある意味イベントが発生したと言っても良いのかもしれない。
「なんか、ある意味夏の長期休暇イベントの相手がヴィオレになっちゃったみたいだね」
「……おい、俺ねぇちゃんと恋愛とか絶対無理だからな」
「私だっていやよ!!」
かくして、夏の長期休暇のデート相手。もとい、スキル上げ講師として、前世で弟。今世で攻略対象だったはずのヴィオレと長い長いイベントの嵐が吹き荒れそうな予感であまり楽しみじゃない夏休みが始まるのであった。
読んでいただきありがとうございました。
最初からゆるゲーヒロインに転生したらここまでひどくはないものの、こうなってしまう自信が怠惰な私にはあります。




