32.ヒロインなんですが攻略対象のファンになりました
先ほど騒めいていた会場はしん、と静まり返りどこからか音楽が流れ始めた。
ゆっくりと幕が上がると、沢山の男性に囲まれる中心にある立派な玉座にスポットライトが当たっている。足を組んで座る美しい女性が扇で顔を隠していた。スリットの入った赤いドレスから見えるすらりと長い足、大振りで豪華な扇子を美しく持つ細長い指、凛とした姿勢。すごい存在感だ。
「あぁ、オルキデ様だわ……」
ミルティーユのおばあ様は吐息を吐くような小さな声を思わず漏らしていた。
会場全体がその女性に注目しているのが空気間で分かる。
たっぷりとした余韻を切り裂くように、顔を隠していた扇をパシンと畳み、左手で受け止めた。
「はぁ、まったく……うんざりだわ」
クロトンだ、美女クロトンがそこにいる。
確かに女性より美しいと感じるほど美しくて、妖艶さを感じる不思議な魅力の女性だ。ミルティーユがあそこまでクロトンに拘ったのがわかる。本当に舞台に”オルキデ”がいる。そんな感覚すらしていた。
「私の見た目だけに絆された愚かな男たちなんて、お断りよ。もう!」
そして、オルキデが立ち上がり舞台袖に消え、暗転した。
そこからはミルティーユのおばあ様のお話された通り、場面が展開していく。
オルキデが街で出会った男性とゆっくりと恋に落ちていく。そして、あのシーン。オルキデが冷たく恋をした男性を突き放し、嘲笑うシーン。その後、去っていく男性の姿を見つめ立ち尽くすオルキデのシーンではすすり泣く声が聞こえたり、皆が『オルキデ』という劇に夢中になっていることが感じられた。
たまにセヴェール子爵を盗み見ると、彼も真剣に舞台を、というよりクロトンを見つめているようだった。
私もいつの間にか劇に夢中になり、ミルティーユのおばあ様やセヴェール子爵の反応を見ることも忘れ、舞台に夢中になっていた。
ついに、オルキデが恋人と別れ、一人になった。
劇の終盤ポツンと、窓を見ながらゆったりとした椅子に腰かけ一人居るオルキデ。寂しさを感じる雰囲気に、ぐっと胸が押しつぶされる。
幕がこのまま閉じるのだろうと、幕がほとんど下がってきたところにある声が轟いた。
「オルキデ!」
下がっていた幕は止まり、またゆっくりと上がっていく。
幕が上がると舞台袖からかつての恋人だった男が、平民の衣装ではなく、立派な格好をして飛び込んできた。顔は傷だらけになっている。劇の展開と違う……。私とミルティーユのおばあ様は顔を見合わせた。
オルキデは椅子からよろよろと立ち上がり、ゆっくりとヴァレリアンの元へ行き、顔に手を添えた。そして、強く抱きしめあう二人。
オルキデは、涙を溜めた瞳でヴァレリアンを切なげに見つめた。
「ヴァレリアン……どうして」
「君が僕を愛していないなんて嘘だと思ったんだ。君に見合う男になって君と一緒になる為に功勲を挙げてきた」
そして、ヴァレリアンはオルキデの手を取り、跪く。
「オルキデ、これからの一生を僕にくれないか」
オルキデは跪いたヴァレリアンに思い切り抱き着いた。
「こんなに待たせるなんて。私が他の人と結婚していたらどうするつもりだったの」
「気の強い君が愛していない男と結婚するはずがないよ」
「失礼ね」
「でも、もしそうなっていたとしたら。君が幸せなら僕は身を引くし、君が幸せでないのなら僕が幸せにするつもりだった。今まで悲しい思いをさせてすまなかった。これからはずっと一緒だ」
「ようやく……孤独よりも愛を選んで良かった」
二人は抱き合ったまま、幕は閉じていく。盛大な拍手は鳴りやむことのないまま、幕は再び上がり、カーテンコールが始まった。挨拶をしお辞儀をする演劇部の中心に立ったクロトンは穏やかな笑顔で観客を見渡している。
長く盛大な拍手にクロトンは皆に小さく手を振った。おそらくクロトンのファンクラブの子たちだろう、小さく黄色い歓声があちらこちらで聞こえる。クロトンはその声にちょっと苦笑しながら観客を見渡し、手を振り続けていたが、私の居る方まで視線を向けるとふと手を止めた。そして、目を見開き、視線も止める。お父様が来てくださった事に気が付いたのかもしれない。
私はクロトンが見てくれている、と声をかけようと横に座るセヴェール子爵の方を向くが、その姿を見て私までも固まってしまった。
セヴェール子爵は両手で顔を覆い、体を縮こませて泣いている。指の隙間からは涙が溢れ出ている。
「子爵、あの……」
ハンカチを渡すと、すまないと言いながら受け取り涙を拭いた。
クロトンはまだ驚いたようにこちらを見ていたが、恋人役の子に促され一斉にお辞儀をして幕が閉じる。
幕が閉じて早々、セヴェール子爵は立ち上がった。
「すまない、今日はこれで失礼する。息子に良かったと伝えておいてくれ」
セヴェール子爵はそう言うと、涙を拭き、足早に会場を出て行った。呼び止める間もなかったが、今は一人になりたいのかもしれない。
対して劇場は満足感で満ちていた。明るい顔で感想を言い合いながら出ていく生徒や保護者達でいっぱいだ。セヴェール子爵の様子には誰も気が付いて居なさそう。セヴェール子爵が心配で心の中がざわついている中、ミルティーユのおばあ様はそんな事には一切気が付いて居ない様子で体を伸ばしながら、私に笑いかけた。
「悲恋の良さがわからないなんて、若いわねぇ。うちの孫は」
「あ……でも、とても良い劇でしたね。新解釈というか」
「ふふ、そうね。今の若者にあったとてもきれいでまっすぐな劇だったわ。……あぁ、最後にまたオルキデ様に会えた。もう悔いはないわ」
ミルティーユのおばあ様は小さな鞄からハンカチを取り出し、目頭を抑えた。ミルティーユの劇は色々な人の心に響くものだったようだ。そんな劇を演じた役者たちや監督は今、どうしているだろうか。
そう考えていると、斜め前にいるローランが私の方へ振り返ってにっこりと笑った。
「クロトン達に挨拶しにいこうか」
私は笑顔で頷いた。
読んで頂きましてありがとうございました。
懐古厨気味なので、大切な思い出の劇をすっと受け入れて良いと言えるミルティーユのおばあ様の度量は尊敬します。




