31.ヒロインなんですが悲しい恋を知りました
ミルティーユのおばあ様はオルキデの舞台の概要について話してくれた。
『オルキデ』は”オルキデ”という貴族の女性の悲恋を描いた物語だそうだ。
社交界の華と呼ばれた美しいオルキデは、数々の男性に求婚をされてきた。
オルキデの見た目に惹かれている男性達に彼女は魅力を感じなかったが、そのオルキデが初めて恋に落ちる。その相手は貴族階級じゃない男性だった。
その男性に近づき、相思相愛となる。しかし、それを自分の両親に知られてしまい、その男性は存在を消されかけていることを知る。そして、オルキデは両親に嘘をついた。彼はただの遊び相手だと。
そして、その愛していた男性に向かって、あなたとは遊んだだけなのに何を本気にしているのかと大勢の貴族の男性と共にその男性を嘲笑う。愛されていなかったと思った男性は大変悲しみ、オルキデを忘れるために故郷を捨てて違う国へ行くことにする。
一人残ったオルキデは、数多の求婚を断り続けたままとうとう行き遅れと言われる年齢となってしまった。このままだと一人孤独に死ぬ羽目になるぞと婚姻をせっつく両親に言い放つ。「私は孤独ではないわ。愛と共に生きているのだから」と胸元に光る彼からもらったブローチを押さえながら言って終わる。
「生き様が美しいのよね、オルキデって」
「悲しいけど素敵な恋の物語なんですねぇ」
一息に話し終わると、ミルティーユのおばあ様が劇についてうっとりと呟く。ハッピーエンドばかりを好んで読んでいたけれど、こういった強い女性の悲恋もとても魅力的のようだ。私もそんなふうに強く愛する人と大恋愛をしてみたいなぁ……と熱いため息を吐いたところで、セヴェール子爵が目に入りハッとする。
はっ、これほとんどセヴェール子爵の家庭事情じゃない、と。
セヴェール子爵は紅茶をじっと見つめながら、しばらく黙りこんだ。渋い強面のせいでどんな感情を抱いているのか全く察することが出来ずにハラハラとしながら、なんと言葉を掛けようかと悩んでいると、セヴェール子爵はポツリと呟いた。
「……本当に遊ばれたと思ったのだろうか、男性は」
「ふふ、若かったのよ。若さ故に見えない事は沢山あるわ」
セヴェール子爵の重い呟きを、おばあ様はころころと笑いながら穏やかに話す。子爵は微かに聞こえるような小さな声を漏らした。
「そんな嘘をついてくれていたら……」
小さすぎて今度はミルティーユのおばあ様の耳までは聞こえなかったようだ。セヴェール子爵はぐっとさらに眉間の皺を深くし、視線を落とす。おそらく、クロトンの母とのことだろうか。
一体、セヴェール子爵とクロトンの母には何があったんだろう。なんと声を掛けようか悩んでいたところに、おばあ様はゆっくりとした動作で小さな鞄から懐中時計を取り出し、まぁこんな時間とのんびりとした口調で言った。
「そろそろ行かないとかしらね」
「そ、そうですね。セヴェール子爵、一緒に参りましょう」
セヴェール子爵は無言で立ち上がり、私たちの後ろについて歩いてくる。クロトンの招待に応じたのだからおそらくオルキデを上演することは分かっていると思うのだが、16年前の恋を忘れていない子爵が果たして思い出の劇を見て大丈夫なのだろうか。
私は不安に思いながらもおばあ様の手を取り、会場へとゆっくり歩いて行った。
***
会場に着くと、入り口のところでミルティーユのご家族とミルティーユが待っていた。
どうやら殿下達の方がミルティーユのご家族に会えたようだ。
私たちを見つけるなり、ミルティーユはおさげの髪をぶんぶんと揺らしながらものすごい速さで走って来る。
「アイリス様、ごめんなさい。またご迷惑をおかけして……」
「そんなそんな、おばあ様が居てくれてほんっとうに良かったよ」
私が力強くそう言うと、ミルティーユはきょとんとした顔をした。
おばあ様が居なかったらセヴェール子爵との会話は全くなく、ただただ気まずい空間になっていただろう。本当にありがたかった。それにこの内容なら劇の事も事前に分かっていた方が良かったし、セヴェール子爵の様子も見ることができて良かったと思う。
私はにっこりと笑って、ミルティーユの手を握った。
「劇、頑張ってね」
「はい、ありがとうございます。楽しんで頂けるよう頑張ります」
ミルティーユは関係者用の扉へと入っていき、私たちは会場へと急いだ。
会場はすごい人だった。一般席は既にほとんどの席が埋まっている。
混みあった会場の雰囲気を見て、セヴェール子爵がうっと一瞬苦しそうな顔をした。どうしたんだろう、と注視するも、瞬きをしている間に先ほどの強面の仏頂面に戻っている。気のせいだったのだろうか。
前方の関係者席前にいる演劇部員に招待状を見せ、関係者席に通される。席は空けないで順々に座ってほしいと案内され、ミルティーユのおばあ様とセヴェール子爵に挟まれる形で座ることになった。
ローラン達は一足早く来ていたようで、斜め前の席に既に座っている。
「あ、皆! ミルティーユのご家族にお伝えいただいてありがとうございました」
「ううん、こちらこそ対応ありがとう」
「特に問題なく回れました?」
「あぁ、多少の調整はあったが問題はなかったぞ」
「良かった」
「悪いな、会場内がかなり混雑していたから入口にも戻れなくて先に座っちまった」
「あぁ、いいよいいよ! あ、ヴィオレ。ちゃんと事前にお手洗いは済ませておくのよ」
「わかってるよ!」
見知った顔を見てほっと安心した。まぁ生徒会の仕事については、私が居なくても優秀な3人のことだからきっと滞りなく進んでいるとは思っていたけど。
それより気になるのは……と、私は横に座っているセヴェール子爵を盗み見る。じっと座っていて強面なのは変わらない様子だが、少し気になるのが暑くもないのにうっすらと額に汗を滲ませていることだ。ポケットからハンカチを出し手渡そうかと思ったその時、セヴェール子爵は急に席を立った。
「すまない、やはり……」
セヴェール子爵はそう言って、会場から出ようとする。
「クロトンのお父様」
私はその手を取り、呼び止めた。
せっかくここまで来てくれたのだ。子爵だってクロトンとの関係を改善させたいと思っているはず。それに、クロトンは良いきっかけになることを望んでいたし、どうにかしてこの劇を見てほしい。
「クロトン、学園でモテにモテにモテまくって大変だったんです。女の子に追いかけられ過ぎて、学校に行きたくないなって思っちゃうくらい」
「え、そうなのか」
「でも、目立つにも関わらず、この劇は自ら進んでやりたいって言ってくれたんです」
まぁ女の子問題はファンクラブのおかげで落ち着いているのだけど、嘘も方便だ。実際劇はやってみたいって言ってたし、嘘ではない……はず。
「どう……しますか」
しかし、小心者の私は小さな嘘をついたことに落ち着かなくなり、言葉が滞る。生憎私は弟のように飄々と嘘をつけるほど器用じゃない。
セヴェール子爵は私の言葉に足を止めた。ちょうどその時、演劇部からのアナウンスが流れる。
「お立ちのお客様はお座りください。大変混雑しております。恐れ入りますが、席は詰めてお座りください、まもなく開演いたします」
そのアナウンスの間もなく、照明の明かりが少しずつ暗く落ちていく。セヴェール子爵はゆっくりと椅子に座り直した。ちょうどよくアナウンスをしてもらったおかげで逃げられずに済んだ、とほっとしているとセヴェール子爵が私の耳元で小さな声で囁いた。
「これは私の意思だ、ありがとう」
相変わらずの強面の物調面だが、まだ幕の開いていない舞台に視線を向けている。不器用な親子の姿に思わず苦笑してしまう。この劇が前に進めるようなきっかけになる事を願いながら、私も舞台を見つめ劇が始まるの待った。
そして、幕が上がった。
読んで頂きましてありがとうございました。
昔よりは自由に恋愛をして結婚ができる世の中になって良かったなと思います。




