30.ヒロインなんですがイベントがほぼ保護者会になりました
迷える老婦人の出現に足を止めた生徒会一行。
腰が曲がっていているせいか、とても小さく感じた。少し頬のお肉が垂れていておっとりとした口調は前世のひいおばあちゃんを思い出して懐かしい気持ちになる。
ローランは老婦人に目線を合わせるように屈んで聞いた。
「お孫さんのお名前は?」
「ミルティーユよ」
「あぁ! ミルティーユのおばあ様なんですね」
「あら、孫のお友だちかしら。いつもお世話になっております」
腰が曲がっているので、小さく頭を下げてお辞儀をしたミルティーユのおばあ様。私たちもこちらこそ、と頭を下げた。
「人混みではぐれちゃってね。家の者と。目もよく見えなくて。情けないわ……でも、お嬢さんの髪に編み込まれた赤いリボンはよく見えて。声をかけさせてもらったの。素敵な髪ねぇ、とっても似合っているわ」
「あ、ありがとうございます」
くしゃりと笑って細くなった目が目尻の笑い皺に溶け込んだ。とても優しそうなおばあ様。控えめなミルティーユがこの劇をする為にあんなに必死になったのもわかる。きっとミルティーユの劇を楽しみにして来てくださったんだろう。華やかな装飾のついた帽子に、少し暗めの深緑色のドレス。胸元にはパールやダイヤで作られたおおぶりの花のブローチが咲いている。少し話しただけでもわかるほど、優しくて素敵なおばあ様だ。
「私、抜けちゃっても大丈夫かな」
私は振り返ってローラン達に聞いてみた。
「少し心配だし。途中で合流できたらするね。劇には絶対に行くから!」
「一人で大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
私たちがそう話していると、ミルティーユのおばあ様が申し訳なさそうにおろおろとし始める。
「あら、いいのよ。場所を教えてもらえたら。きっと劇場で落ち合えると思うし、申し訳ないわ」
「でも、きっとはぐれてしまったご家族も心配されているでしょうし。一度探してみて会えなかったら劇の方へ行きましょう。私もミルティーユの劇、とても楽しみなんです。行先も一緒ですから。さ、行きましょ。どちらではぐれちゃいましたか?」
「それがどこを歩いていたのかもちょっとよく見えていなくてね……」
困ったように呟くミルティーユのおばあ様。道案内をしてもよく目も見えていないし、休むスペースの把握もされていないだろうに一人で行かれるのは心配だ。それにもし、せっかくのミルティーユの劇にもたどり着けなかったらミルティーユもかわいそう。
私の意図を読み取ってくれたのか、ローランは私を見て少し頷いてから微笑んだ。
「じゃあ、アイリス嬢任せてしまっていいかな」
「もちろん。あ、殿下達ももしミルティーユのご家族様にお会い出来たら劇で落ち合いましょうって伝えていただいてよろしいですか? すれ違ってしまうかもしれないので」
「あぁ、わかったよ」
ローランはそう言うと私から視線を外して、小さなミルティーユのおばあ様に再び目線を合わせて優しい声でお話された。
「人混みで歩きにくいかと思いますので、気を付けて行かれてくださいね。庭園は休憩スペースになっていますから、そちらもおすすめですよ。生徒たちが屋外ティースペースとして飾り付けていますので、良かったら楽しんでください」
「まぁ、ご丁寧にありがとうございます。殿下」
ミルティーユのおばあ様はゆっくりとした動作でドレスを持ち上げ、丁寧に殿下に礼をした。私はミルティーユのおばあ様に腕を差し出し、ミルティーユのおばあ様に腕に掴まってもらう。
「じゃあ、行きましょうか」
おそらくミルティーユのおばあ様のペースならそこまで進んでいないのではないか、とおばあ様が来た道を戻るようにして二人でゆっくりと歩き始めた。
***
……しかし、なぜこうなったんだろう。
結局ミルティーユのご家族は見つからず、おばあ様にも疲れが見えたため庭園の休憩スペースに行き、軽食と紅茶をいただいている。……のだが、休憩スペースも混雑していて相席を頼まれたのだが、それがまさかの……
「はじめまして、セヴェール子爵。クロトンと仲良くしていただいているアイリス・フルールと申します」
クロトンのお父様と相席だったのである。
クロトンからどう接していいかわからない、と言われた意味はセヴェール子爵を見た時になんとか察しがついた。クロトンにはほとんど似つかない、深い深い眉間の皺に口角は下がっている。普通にされているのだろうけど、不機嫌にも見えるし目は鋭くかなりの強面だ。セージと親子だと言われた方がまだ信じられそう。正直、舞台女優と大恋愛をした人物とは到底見えない。
「あぁ……」
そう言った後しばらく無言のままでおり、少し口が開いて何か話すかと思いきや、紅茶を口に当てただけだった。気まずい。この強面の人が居るだけで正直とても気まずい空気が発せられている。
ローランのような会話スキルがない私は誤魔化すように笑いながら話を続けた。
「……あ、はは。えっと、た! 楽しみですねぇ、劇! クロトンが主役なんですよ。ミルティーユが脚本や監督をして。ね! 楽しみですよねぇ、おばあ様!」
なるほど、これは6年一緒に居ても会話が弾まないわけだ。
反応のないセヴェール子爵を見ながら、私はこっそりクロトンに同情をした。
そんな空気を全く感じ取っていないのか、年を重ねた柔らかさなのかおばあ様はのんびりと「えぇ、楽しみねぇ」と嬉しそうに微笑んだ。
その後、セヴェール子爵の方に視線をやりおっとりとした口調でにっこりと微笑みながら伝えた。
「セヴェール卿、ということは奥方様はあの伝説のオルキデ様よね。今更だけど素敵な舞台をありがとう、と奥方様にお伝えいただけるかしら」
まずい、と私は固まった。ヴィオレからセヴェール子爵の悲恋の話は聞いていたし、社交界では有名な話かと思っていたのだが。もしかしたら、ミルティーユのおばあ様は記憶が混濁しているのかもしれない。なんと言っていいか分からず、おろおろとしている私の事は見えていないミルティーユのおばあ様は、うっとりとした表情で胸の前で手を重ねて大事そうにブローチを触った。
「これはね、オルキデの舞台を観に行ったときに、あまりに感動した私を見て夫が買ってくれたものなの。とても大切な思い出なのよ。夫がもう先に逝ってしまっても寂しくないのは沢山の思い出と、このブローチとあのオルキデの舞台があったから。きっともう二度と見ることができないと思っていたから、とても嬉しくて。今日が来るのをとても楽しみにしていたの」
嬉しそうに弾んだ声で話すミルティーユのおばあ様の話をじっと聞いていたセヴェール子爵の顔が一瞬少し歪んだ後に、やさしく緩んで小さく呟いた。
「……はい、伝えておきます」
その声を聞いて、ミルティーユのおばあ様が聞こえないと言わんばかりに強く「え?」と聞き返したのがあまりに状況とミスマッチ過ぎて噴出しそうになったのだがなんとか堪える。
私はミルティーユのおばあ様の耳元で少し大きめの声で伝えた。
「お伝えいただけるそうですよ」
「まぁ、そう。嬉しいわ」
「おばあ様、オルキデが主役の舞台とは聞いているんですが。どんな劇なんですか?」
「あぁ、オルキデは主役の女性の名前でね……オルキデという美しい女性の悲恋の物語なの」
ミルティーユのおばあ様はオルキデの舞台について話してくれた。
読んで頂きましてありがとうございました。
私も祖母が大好きです。おだやかで優しくて人に親切にできる心のあるかわいらしいお年寄りになるのが夢です。




