25.ヒロインなんですが前世がオタクでよかったです
クロトンが演劇部に合流した翌日、ヴィオレと私、ローラン、セージは演劇部の練習場へ向かった。
早めに向かったのだが、既に観客席にはたくさんの女の子たちが集まって大騒ぎになっている。クロトンが出演する、という噂でも流れたのだろうか。
コルザとミルティーユを筆頭におそらく演劇部の部員たちが抑えてはいるが、もう爆発寸前だ。貴族の女の子が多いはずなのに、なぜこのような状況になっているのだろう。マナーをかなぐり捨ててしまいたくなるほどのクロトンの魅力ということだろうか。恐ろしい。
私は意を決して大きく息を吸い、練習場入り口から群衆に向かって叫んだ。
「ちょっと待ったー!」
群衆の目線がバッとこちらを向く。
ざわめいていた会場が急にしんと静まり、注目を集めてしまったものだからたじろいでしまった。なんて言おうか、とりあえず会釈をしながら皆さんに戸惑いながらもご挨拶をした。
「あ、えっと生徒会です。失礼します」
「テンションの落差よ」
「いつも元気なのは良いことじゃないか」
「コイツの場合は見切り発車過ぎるんだ」
ヴィオレのツッコミやローランのフォロー、セージの非難を浴びながら私たちは騒ぎの中心に向かって歩いていく。たしかに何も考えていなかったので、急に注目が集まると恥ずかしい。私は舞台の階段下にいる演劇部員に、上がっていいか確認をして舞台の上に皆で上がらせていただいた。
「アイリス……」
驚いた顔で私たちを見るクロトン。コルザとミルティーユも何が起こっているのかわからないといった表情で私たちを見つめる。
この大騒ぎを終わらせに来た、と三人にグッと親指を立てた。安心しなさい、という顔で。
三人はさらによくわからないといった調子で首を傾げてしまったが、まぁいい。この大騒ぎを終わらせる舞台を今始めよう。私は抱えていた箱を強く抱きしめた。この箱が君たちを救う大きな手立てとなるのだ。私はフッと笑うと、群衆に向き直る。咳払いをして、女の子たちに語りかけ始めた。
「ゴホン、えーみなさん。今日はお集まりいただきましてありがとうございます……あ、別に私たちの為に集まっているわけじゃなかった。えっとー……なんて言えばいいのヴィオレ」
「いや、普通にこのまま話し始めて良いと思うぞ」
小声でヴィオレに聞いてみるも、なんでもないことのようにあしらわれてしまう。そうか、と話し始めようとするが、この箱の中身に尽力していたせいでそういえば何を話すかなんて決めていなかったことに今更ながら気づく。言葉に詰まっていると、ローランが私の耳にそっと囁いた。
「アイリス嬢、大丈夫。自信をもって話す事が一番大事だよ」
「は、はい」
「君の言葉は人を元気にする力があるから。大丈夫、私を信じて。何かあればフォローするよ」
静かに穏やかに笑うローランの顔と言葉に励まされた私は、姿勢を正して改めて群衆に向き直った。
「ゴホン、失礼しました。今日はここにいる皆さんと楽しくお話ができる機会をもらいたいと思って来たんです」
私の言葉に今度は群衆が一斉に首を傾げた。
私はこのまま話を続ける。
「皆さんはクロトンに憧れや好意を持っていらっしゃると思います。皆さん、そうですよね? クロトンのこと、好きですよね?」
さすが年頃の女の子たち。改めて異性を好きかと問われると恥ずかしそうに皆おろおろしている。先ほどまでの勢いが消え失せてしまった。しかし、これでは盛り上がりに欠ける。私は改めて群衆に大きな声で問いかける。
「あれー? よく聞こえないなー! みんなー! クロトン様が好きかー?」
拳を突き上げて群衆に問いかけると、まばらに好きという言葉がちらちらと小さく聞こえてきた。これではだめだ。私はもう一度群衆に問いかける。
「よく聞こえないぞー! みんなー! クロトン様が好きかー? せーの!」
「好きー!」
「後ろの人ー! 舞台からは見えてるぞー、皆で参加してくださーい! いくよー! クロトン様が好きかー? せーの!!」
「好きー!!」
女の子たちの声が一つになって返ってきた。
よし、掴みはオッケー。
表情の明るくなってきた女の子たちの顔を見ながら、私は話を続けた。
「皆さん、あたたかいご声援をありがとうございます! 皆のクロトン様が好きという気持ち、伝わってきました。その好き、っていう気持ちさ。自分だけじゃなくて、皆で分かち合いたくなーい!?」
「分かち合いたーい!!」
よし、皆の心が一つになった。
そこで私は箱の中身を開ける。いつのまにか演劇部の照明係さんが動いてくれていたようで、私にスポットライトを当てた。コルザが舞台袖で私にグッと親指を立てている。コルザのおかげか。
箱を開けるとスポットライトの光に反射した箱の中身がキラキラと会場に放射線状に光を放つ。光の箱を開けたような神秘的な光景に、女の子の集団はしんと静まり返った。
私は箱の中身を天に掲げるようにし、声を張り上げた。
「そこで、ここにクロトン様のファンクラブを立ち上げたいと思います! このファンクラブとは、クロトンを好きという気持ちが集まった方がその好きを語り合うものです。クロトンの幸せや活動を応援したい、好きをファン同士で語り合いたいという方にこの会員証を差し上げたいと思います。これは生徒会皆で作った汗と涙と夢の結晶の会員証です!」
「おぉー」
まるでテレビショッピングをしているような観客の反応の良さである。
高々と掲げた黄金色の会員証、作るのに大変苦労した。セージ、ローラン、ヴィオレ、私の目の下はよく見ると隈が潜んでいる。忙しい生徒会の仕事も一旦置いて、これの作成に注力したのだから仕方ない。
大声をずっと張り上げていて、喉が疲れてきたけれど、私はまた大きく咳払いをして後方の人にも聞こえるような大声で皆に語りかけた。
「簡単な規律を会員証の裏に書かせていただきました。推しの笑顔を守ること! ファンとして誇り高き姿を貫くこと! クロトンの幸せが私たちの幸せ、そういったあたたかくて皆で楽しいと感じられるファンクラブにしていきたいと思っています。でも、ファンクラブを創設した私たち生徒会も皆さんも、クロトンが実際何が幸せなのか。何が困ってしまうのか。分かっていない部分も多いと思います。今日はそういったところも詰めていけると嬉しいです。詰めた内容は冊子にして、後日皆さんにお配りしたいと思います!」
急に生徒会が出てきて勝手にルールを決めたら、逆に反発したり抵抗感を感じる人も出てくるのではというセージの意見で最低限の項目のみ決めることにした。それに実際に何が嫌なのかクロトンに確認の場や意識をファンクラブの人間に伝える場所があった方が静まりやすいのでは、といったローランの意見でこの形に決まった。文言はヴィオレと私。皆の協力でこの会員証がある。
最後に私は皆に問いかけた。
「あと、この舞台はクロトンのお母様の大切な劇をモデルにしているの。すっごく楽しみじゃない!?」
「楽しみー!!」
「この劇を最高の状態にするために、皆ー! 協力してくれるかなー?」
「はーい!!」
「ありがとう! じゃあ、ちょっと待っててね!」
幼稚園の頃を思い出すような素直で元気な良い返事だ。
私はすっかり落ち着いた空気に安堵しながら、舞台袖にいるクロトンやコルザ、ミルティーユのもとへ向かおうとした。そこに、ヴィオレが私にだけ聞こえるような小さな声でそっと囁いた。
「前世で色々イベント行ってた甲斐があって良かったな、上手だったぜ」
「ありがとう! ほんと、オタクで良かった!」
クロトンを巻き込む形のイベントになってしまって申し訳ないけど、うまくいくといいな。そんな期待を込めて、私は急いで舞台袖に駆けて行った。
読んで頂きましてありがとうございました。
ひと段落つきましたね。本当は違う形にしようと思ったんですが、書いている内にヒロインがどんどん暴れていくのでこの形になりました。久々に話を書いているんですが、面白いですね




