11.ヒロインなんですが正統派ヒロインに近づけそうです?
夏季休暇最終日。
折りたたまれた巻き尺の両端を持ち、まるでムチかのようにパァンッと引っ張るオリヴィア様の顔はお仕事モードで大変険しく恐ろしいことになっている。
私はハラハラしながら、薄着で両手を上げ、目をぎゅっと瞑り、オリヴィア様を待った。
デュランダル公爵家での天国のようだと思っていたダイエットは最初の1週間だけだった。
もう十分追い付いたから、と高齢マダム達とはお別れし、熟女マダム達との水中エクササイズとなった。どうやら体力でクラス分けをされていたらしく、急にレベルが一段階上がり毎日がへとへとだった。こちらも2週間ほどでクラスアップとなり、最後は結婚式前のご令嬢達のクラスへ。もうこの辺りは記憶がない。とにかくオリヴィア様の激しい動きについていくのに必死で、プールなのにものすごく体が熱くなる程だった。
それが終わったら、今度はヴィオレの学力指導。
こちらもなかなか容赦がなく、休ませてと言えば、体は使ってても頭は使ってないんだからもう休んである状態だろという謎理論でひぃひぃ言いながら勉強をしていた。
唯一の癒しは夜のマッサージ。むしろこれがないと生きていけなかった……。
そもそもあんな恐ろしい噂がたくさんあるデュランダル公爵家が天国のままな訳がないのに、私が甘かったのである。
しかし、やり切ったのだ……私は……。
その結果が、今日分かる。
オリヴィア様が何やらメモを取りながらお腹や腕や足や胸などすべてのサイズをピシッと測っていく。最後になにやら巻き尺を切りだした。
何をされているんだろう。私は服を着ながら、何やら準備をされているオリヴィア様を待つ。
「さぁ、来て。アイリスちゃん」
オリヴィア様が私を呼ぶ。
光沢のある臙脂色の布の上に何やら切り取られた巻き尺が並べられている。
これは、もしや……と巻き尺を見た後にオリヴィア様の顔を見た。
「見て、これが夏季休暇を始めたばかりの時と先ほど測った結果の長さよ」
「こ、これが……」
……正直思ったよりそんなに変わったようには見えない。
仰々しく置かれた左右の巻き尺の長さは、長くても人差し指一本分程度の差しかなかった。あれ……あんなになかなか地獄のような日々を過ごしたのに、こんなものしか変わらないのか。
あまりにも辛かった日々に劇的な変化を期待していた私は、表情には出さないように気を付けながらも内心がっかりしていた。
「体重も減ったし。頑張ったわね、見た目も結構変わったわよ」
対してオリヴィア様は拳を握り、うるうるとした目で震えながら興奮して仰ってくださっている。となると、たった人差し指一本程度の変化は結構大したものなのかもしれない。
正直毎日見ている自分の変化はよくわからないけど、オリヴィア様がそう仰るならそうなんだろう。
「アイリスちゃん、これはね。あなたの努力の証なのよ」
「……オリヴィア様」
手を取り合い、二人で涙目で感動を分かち合う。
これが努力の証だとしたら、少しばかり少ないような気もしないでもないのだが。素人目にはそう見えても、オリヴィア様のようなプロが見たらなかなかな結果なのかもしれない。
胸を張ろう、と気持ちを立て直そうとしたところで、オリヴィア様の顔が急にぐっと険しくなり、ずいっと顔を近づけられた。
「逆に言うとね、アイリスちゃん。これを継続しなければ、この1か月の頑張り。この分がね、全部パァになるのよ」
「ひゃあ……パァ……」
「うふふ、まぁアイリスちゃん真面目だからきっとそんなことにはならないだろうけど」
笑顔のオリヴィア様。対して震える私。
あの一か月の努力が、この人差し指一本分がパァになるなんて絶対に嫌だ。
絶対に気を付けなければ……もう恋愛したいとか、ヒロインとして生きたいという気持ちの前に、あの地獄の日々を無駄にしてなるものかという意地で私のダイエットは継続されていく気がするが、結果ヒロインに近づけるのであれば結果オーライというものであろう。
私はパッと顔をあげ、力強くオリヴィア様の手を握り返した。
「オリヴィア様、私頑張ります!」
「そうよ、その意気よアイリスちゃん。本当にたくましくなったわね」
オリヴィア様の目からきれいな涙が流れる。
あら、ごめんなさいと言いながらハンカチでさっとその涙を拭いた。私の為にここまで気持ちを割いてくれるなんて、なんだかこっちも泣いてしまいそうになる。
だって、今日でオリヴィア様と……デュランダル公爵家とお別れなんだもの。
「オリヴィア様も、デュランダル公爵家の方も……あ、あとヴィオレも。本当に良くしてくださってありがとうございました。私、これからも頑張ります!」
「えぇ、応援しているわ。アイリスちゃん。……さぁ、アイリスちゃん。行くわよ」
オリヴィア様がすぅっと息を大きく吸い込み、カッと目を見開きながら大声を出される準備をする。
私も足の幅を少し広げて、手を後ろに組んだ。
「すぅ……美は継続から成る!」
「美は継続から成る!!」
「体を鍛え、心を癒し、強くなる!」
「体を鍛え、心を癒し、強くなる!!」
「強さこそ、正義!」
「強さこそ、正義!!」
二人で軍隊のように叫んだやいなや、ひしっと抱きしめあった。
この日々が私を強く、そして私たちの絆も強くしたのだった。
恋愛乙女ゲームの世界がスポーツ根性モノに近づいている気がしないでもないが、いつか私がヒロインらしくなったら恋愛乙女ゲームの世界のような甘くてキラキラした素敵な世界になっているはずだ。
そう、だからこれからも私の戦いは続いていく。この気持ちを忘れずにこれからも私は戦っていく、そう……強さこそ正義!……じゃなかった、美は継続から成る!
二人で感動を分かち合っていると、コンコンと扉がノックされた。
扉から入ってきたのはヴィオレだった。
「次は、学力テストの結果だ」
そう、私は昨晩に最終確認としてヴィオレの学力テストを受けていたのだ。今日はこちらの結果発表も残っていた。
「だいぶ、上がってたぞ」
テスト用紙を返却された。そこには最初に受けた悲惨な点数より、30点から40点ほど点数アップされたテスト用紙があった。思ったよりもかなり上がっている自分の学力に、え! と思わず声を上げた。横から覗き込んだオリヴィア様も、あら頑張ったじゃない! と喜びの声をかけてくれた。
「ま、よく考えたらテストなんて面倒くさい事やってねぇで俺がパラメーター確認すればよかったな」
「あ、たしかに」
「まぁでも、何がわかってないか見えて良かっただろ。とりあえず、帰ったら間違えたところ復習しとけよ。見るべきところは簡単に書いておいたから」
「うぅ……ヴィオレ様、何から何までありがとう……」
テスト用紙を抱きしめながら、泣き出してしまう私。
変化への感動、努力が実った嬉しさ、デュランダル公爵家との別れの寂しさ。すべてが私の胸を熱くし、涙となって瞳から流れていく。
最終回でもないのに、最終回のような雰囲気だ。
ヴィオレは呆れたように笑いながら、私の肩を強く叩いた。
「ほら、さっさと準備するぞ!」
私は涙を拭きながら、うん! と大きく返事をした。
いよいよ、デュランダル公爵家との別れの時だ。
読んでいただきましてありがとうございました。
思ったより夏季のヒロインの自分磨き編時間がかかってしまいました。
次回で夏季休暇編が終わります。
引き続きよろしくお願いいたします




