10.ヒロインなんですが妹は誰にも攻略させません
朝。窓からの日差しが眩しく見えるほど、夏らしい良い天気。
私とカメリアは部屋の明るさでほとんど同時に目を覚ました。
おはよう、と挨拶を交わしていると、ちょうど扉から控えめなノックの音が聞こえる。
どうぞ、と声をかけると水差しとグラスを持ったデイジーが心配そうに眉をハの字にして部屋に入ってきた。
「アイリス様、カメリア様。おはようございます。ご体調は大丈夫ですか?」
「うん、とっても元気! 私はお腹が少し減ってるくらいかな、カメリアもお腹減った?」
「うん、ちょこっと」
それを聞いて、デイジーが嬉しそうに微笑んだ。
ベッドサイドテーブルに水差しとグラスを置き、デイジーが私たちに水を注いでグラスを手渡す。
「それでは、お食事を部屋にお持ちさせていただけるよう伝えて参りますね。食欲がおありになって本当に良かったです」
パッと部屋から出ると程なくして、給仕用ワゴンににたくさんの食事を乗せてやってきてくれた。あまりに早いので少し驚いていると、部屋で食事を取るだろうとそのように準備をしていてくださったそうだ。デュランダル公爵家の気遣いの高さはすごいな、と感動した。
久々のカメリアとの食事。カメリアはとても嬉しそうに食事を頬張りながら、たくさんの笑顔を見せる。いつもより食欲もあるみたいだ。食事もほとんど食べ終わった頃、楽しげなリズムでコンコンコンッと扉がまたノックされた。
「カメリアちゃ~ん、アイリスちゃ~ん!」
「あ、オリヴィア様!」
「二人とも元気って聞いたわ、本当に良かった」
オリヴィア様はカメリアに視線を合わせて、そっと額に手を当て無事を確認するとそのまま優しく頭を撫でた。
「オリヴィア様すみません、色々とご迷惑をおかけして」
「そんないいのよ~。私こそアイリスちゃんが来てくれて舞い上がっちゃったから、カメリアちゃんのことに気が回らなくてごめんなさいね。あとね……明日、フルール公爵が迎えにくるそうなの。もう少しゆっくりすればとも思ったんだけど、いつものお医者様と環境の方が良いってことになって。ごめんなさいね、カメリアちゃん」
「いいえ、オリヴィアさま。いろいろごめいわくおかけしてごめんなさい」
「まぁ~もう本当にかわいい! いいのよいいのよ、だから今日は皆でうんと遊びましょ! もちろん、この部屋の中になっちゃうんだけど……」
室内でと場所を限定してしまうことに申し訳無さそうにオリヴィア様が言う。カメリアと私は顔を合わせてくすりと笑った。おうちで遊ぶのは私たちの専売特許のようなものだ。私はオリヴィア様に笑顔で向き直る。
「ありがとうございます、オリヴィア様。実は、昨夜目を覚ました時に、明日たくさんおはなししようねってカメリアと言っていて。一緒に住んで居た頃、よく私が読む小説の話をしていたのでまたおはなし会をしようねって話していたんです」
「あら、そうなの……あ、じゃあちょうど良かったわね」
そう言うと、オリヴィア様はまた部屋の扉の方へ歩いて行き、そのまま部屋を出た。
何がちょうど良かったのだろう、と不思議に思いながら扉を見つめ待っていると、いたずらっ子のような顔をしたオリヴィア様が扉から顔を出し、部屋に誰かを招き入れる。
「ふふふ、せっかくだからって連れてきちゃった」
オリヴィア様の後ろから部屋へぞくぞくと、いつも私やマダム達の水中エクササイズの演奏をしてくださっている楽団の方々が入ってきた。
「何か楽しいことをさせてあげたくて、美味しいものを食べながら音楽を聴くのも良いかと思ったんだけど、お話をする方が面白そうね。どう? 展開にあわせて色々な音楽を奏でてみるのも面白そうじゃない?」
「わぁ! オリヴィア様、それ最高! でも、よろしいんですか?」
オリヴィア様がもちろん、と笑い、楽団のみなさんも各々の楽器を鳴らして肯定の意を示す。たくさんの楽器の音にカメリアは瞳を輝かせて楽団を見た。こんな楽しそうな笑顔を見たのは久しぶりだ。オリヴィア様の素敵な提案に心から感謝をした。
「オリヴィア様、みなさんありがとうございます! カメリア、とっても楽しい日になりそうね」
「うん! みなさん、ありがとうございます」
天使のような子が微笑むと、皆心が浄化されるようで顔がとろけてしまった。
デイジーに本を持ってきてもらい、本の紹介をすると、楽団の特に女性の方は全員ご存知だったそうで、それも相俟って大盛り上がり。朗読すると、展開を既に知っているからかぴったりの音楽を先に流し始めてそれが面白くてたくさん笑ってしまった。
楽しい空気の中心にいて、カメリアはとても幸せそうだ。カメリアは私に抱き着いてくる。
「おねえさま、たのしいね。わたし、こんなにたのしいのとってもひさしぶり。おねえさまもみなさんもだーいすき」
小さな女の子のきらきらした笑顔につられて、皆つられて自然と笑顔が零れる。おだやかであたたかな空間がいつまでも続いたら良いのになと、その笑顔を抱きしめ返しながら思った。
「あああああああああ、カメリアアアアア!! 父様はとても心配したぞおおおお!」
翌朝。デュランダル公爵家に着くなり、カメリアに駆け寄り盛大に抱きしめるお父様。
実は最初オリヴィア様がカメリアの所在と状態を早馬で連絡した際に、お父様が自ら馬に乗り一目散に公爵家に来ていたらしい。私とカメリアが寝ている様子を見て安心させて、帰宅を促したそうだ。そういえば、お母さま達の思い出話の時もそうだったけど、オリヴィア様はお父様のことを話す時によくうんざりしたような顔をしているのだけど、どうしたんだろうな。何かあったのだろうか。
カメリアがお父様から解放され、お別れの挨拶を始めた。たった二日の滞在だったが、デュランダル公爵家の皆さんは「またいらしてくださいね」と小さなカメリアに目線を合わせるようにしてしゃがみ、手を繋いだりして別れを惜しんでくれた。
カメリアはそれぞれにぎゅっと抱きしめ返したり、握手をしている。皆さんそれを優しい顔で受け止めてくださっていた。
最後にヴィオレのもとへ駆け寄るカメリア。
「ヴィオレさん、けったりひどいことをいってしまってごめんなさい。いたかった?」
眉をハの字にして悲しそうに話すカメリア。それを見てヴィオレはにっこりと笑いながら、カメリアと視線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「ううん、お兄さんは鍛えてるからね。全然痛くなかったよ。俺もちゃんと君に事情を話すべきだったね、ごめんね。おねえさんとの楽しみを奪っちゃって」
「ううん、こんどはわたしともあそんでね」
そう言うと、ヴィオレの頬にキスをしたカメリア。
急なキスに固まるヴィオレ。
叫びだすお父様。
それを押さえながらも叫んでしまう私。
お父様は私の静止をも振り払い、わなわなと震えながらヴィオレに詰め寄った。
「ヴィオレ君……アイリスがだめだからと言って、カメリアに手を出すとは……君……」
「ち、違います! 本当に違います!」
「うちの子は誰にも嫁にやりません! ずっと父様と母様と一緒に居るって言ってくれているからね!」
「あぁ、そうですか! ぜひそのようにしてください!」
ヴィオレは詰め寄るお父様に手を上げ静止するも、赤いマントを目にした闘牛のように止まらないお父様。その様子を見て、カメリアは楽しそうに笑った。
別れの時とは思えないほど騒がしい別れの挨拶となってしまったが、カメリアとお父様が馬車に乗り込み帰っていった。
馬車が見えなくなるまで、皆で手を振る。
見えなくなってしまった時、とても寂しい気持ちになってしまったけど。でも、また会える。しかも、静養地から公爵家のお屋敷まで来られるようになったのだ。もうカメリアも随分良くなってきた。本当に良かった。
……それにしても、ヴィオレだ。家族以外に頬にキスなんてしないあの子がヴィオレにあんなことを……。私はヴィオレに向き直り、真剣な口調で伝えておく。
「私の妹は絶対ヴィオレなんかにやりませんからね」
「だぁかぁらぁ、あれ俺のせいじゃないだろ! 大丈夫だよ、絶対ねぇよ!」
デュランダル公爵家にヴィオレの悲痛な叫びが轟いた。
読んでいただきましてありがとうございました。
オリヴィア様のセレブの力技×おばさん感が好きです。




