東京都放浪記
わたしの名前は東京都。
とうきょうみやこと読む。
父は東京砂漠。
母は東京京子。結婚前の名前は京都京子。
名前に狂い、名前に呪われた一族に生まれた。
父方の祖父は東京東。
祖母は東京多摩子。旧姓は玉子多摩子。
母方の祖父は京都府助。
祖母は京都京。旧姓は宮古京。
これは嘘でも冗談でもない。戸籍を調べれば真実だとわかる。調査すれば、さらに奇妙奇天烈な氏名がぞろぞろと出てくる。馬鹿なんじゃないのと思うが、とにかくそういう家系なのだ。頭がおかしい人間ばかり揃ったくそったれの血族と姻族だ。
この名前のために、わたしの人生は狂わされた。
小学校時代から東京都、東京都とからかわれ、いじめられた。
5年生のときには、黒板中に「東京都東京都東京都東京都東京都東京都東京都東京都東京都東京都東京都東京都東京都東京都東京都東京都東京都東京都東京都東京都」と白・赤・青のチョークで書かれたことがある。わたしは登校してきて呆然とした。
6年生のときには、机の上に油性マジックで「東京都は日本の首都でーす。人名ではありませーん」と書かれた。わたしはエタノールを買ってきて、布に含ませて泣きながら机を拭いた。きれいになった翌日に「東京特許許可局東京特許都可局東京都許都可都区」と書かれていた。わたしはアホらしくなってそれを放置した。
わたしは何度も不登校になりそうになったが、父が子供のいじめに理解がなく、「学校を休むなんて許さねえ。根性で行け」などと言うものだから、まさしく根性で通いつづけた。わたしはなんとか不登校を避け、ときには保健室に通って自習し、6年間耐え抜いて卒業した。卒業式の直後、わたしは校門で卒業証書を破り捨て、「くそ学校め! くそ親父め!」と叫んだ。
中学校でも同じことを繰り返しそうになった。
相変わらず東京都、東京都とからかわれる。男の子は馬鹿だ。女の子は陰険だ。そして人間はみんな悪魔だ。
わたしは戦うことを決意した。このまま黙って耐えているだけだったら、わたしの心は石になってしまう。
いちばんしつこくからかいつづけていた男の子を痛めつけてやろうと計画的復讐を練った。
犯罪にならないように、女のわたしが強靭そうな男子を倒すにはどうすればよいか、必死になって考えた。
友達なんてひとりもいない。
独力でやらなければならない。
どうしようどうしようどうしよう。
わたしが復讐しようとしている男子は、わたしの地理の教科書に「東京都庁から飛び降りて死ね」と書いて、机の中に腐ったトマトを入れたのだ。わたしは執念でクラスメイト全員の筆跡を調べ、犯人を特定した。それがいちばんしつこく東京都東京都とからかってくる野郎だったのだ。怒髪天を衝いた。
憎い。どうしてくれようか。
腐ったトマトに匹敵する冴えた復讐方法を思いつかなかったので、犯罪でもいいやと思い、殺すことにした。
わたしは彼の前の席に座っていた。
殺す殺す殺すたったいま殺してやる。
授業中に自分の椅子を持ち上げ、わたしは衝動的にいじめっ子の頭に向かって振り下ろした。まったく計画的ではなかった。
残念ながら狙いははずれ、椅子は彼の机に激突して砕けた。破片がわたしの頬をかすめ、血が流れた。怪我をしたのはわたしだけで、狙った男子はかすり傷ひとつ負わなかった。彼はぺたんと尻餅をつき、「あ、ああ……狂ってやがる、東京都……」とつぶやいた。
殺害には失敗したが、クラスメイトたちはわたしを怖れ、二度とからかわなくなった。
だが、孤立はますます深まった。
停学処分が明けて登校したわたしに話しかけてくる者は皆無。からかわれることすらなくなり、その後わたしは完全に無視されたまま、中学校を卒業した。卒業式でわたしは校歌を歌わなかった。校門で卒業証書を踏みつけ、「くそ学校め! 生徒全員呪われろ!」と叫んだ。
中学と高校の狭間の春休みに、わたしは高校ではどう振る舞うべきなのか考えつづけた。
なんとかぼっちから脱却し、人並みになれないものか。
実はわたしの容姿はすぐれていた。顔はまあまあ整い、黒髪は長くて艶があった。手足はすらりとしていた。
清楚な女を演じてみたらどうだろうかとわたしは考えた。モテる女になれば、いじめられないかもしれない。
さすがに高校では馬鹿みたいに東京都、東京都とからかってくる者はいなかった。生徒たちの精神が成長しているからなのか、わたしが清楚系女子を好演できていたからなのかはわからない。
楚々と振る舞っていると、とある男子から告白された。その男はサッカー部に所属して、顔立ちも悪くはなく、そこそこモテているようだった。
だが私はそいつを全然好きではなかった。そいつだけではなく、好きな男子生徒なんてひとりもいなった。わたしはすでに深刻な人間不信に陥っていたのだ。家族を含めて誰も愛してはいなかったし、恋なんて心理現象を経験したことは一度もない。しかしわたしはまともな学校生活というものに憧れを抱いていた。人生初の彼氏を得たら、真っ当なスクールライフを送れるかもしれないと思い、交際してみることにした。
映画デートに誘われたので、行った。
帰り道で手を握られたとき、嫌悪感が湧きあがってきたが、堪えて彼のなすがままにさせた。彼は恋人つなぎをした。鳥肌が立った。なんでこいつはこんなにキモいことをするんだと思った。ときめきなんて塵ほども感じなかった。
遊園地デートも我慢して行った。
遊園地からの帰り、彼はわたしを公園のベンチに座らせ、キスしようとした。
わたしは耐え、唇を許した。
しかし、舌が入ってきたのだ。それは許容の限界を超えて気持ち悪かった。他人の、好きでもない男の舌を、わたしの口の中に入れるのはとうてい我慢できなかった。ナメクジが入ってきたように感じた。
わたしは彼を突き飛ばし、全力疾走して逃げた。
キスなんて気持ち悪いだけだということがよくわかった。わたしには普通の人たちのように男女交際を楽しむことはできないのだ。ディープキスは単なる拷問だった。おそらくセックスはさらなる過酷な拷問にちがいない。
走って逃げながら、わたしは自分の名前が変なだけでなく、心も変なのかもしれないと思った。とっくの昔にわたしは狂っていたのだろう。中学時代から狂っていたのかもしれない。小学生のときすでに狂っていたのかもしれない。名づけられたときに狂った人生を送ることが運命づけられていたのかもしれない。
そのようにしてわたしは人生初の彼氏を失った。
その男子はスクールカーストの上位にいた。
わたしの行動は高校中に知れ渡り、またも孤立するはめになった。彼はわたしに突き飛ばされ、公園の遊具に激突し、右腕を骨折していた。デートで男を骨折させた女。それがわたしだった。
以後、わたしに告る男子はいなかった。
女子ともうまく付き合えず、高校でもぼっちで過ごした。
小・中・高とぼっちつづき。
わたしはなにをどうやって生きていけばいいのかわからなくて気が狂いそうだった。すでに狂っている自覚はあったが、さらに狂いそうだった。爆発物でもつくって東京都庁で爆発させてしまいそうだった。
わたしは昼休みに、屋上でひとりでコンビニ飯を食べるという習慣があった。
高校3年の秋、梅干しのおにぎりを食べ終え、屋上で飛行機を見上げていたときのことだった。不意に天啓が降りてきた。
あれに乗れ。
あれに乗って出かけ、世界を見よ。
天はそう言っていた。
脳天に雷が落ちたような電撃を感じた。心臓に杭が打ち込まれたような衝撃も感じた。胃にタバスコをぶちまけられたような猛烈な熱さを感じた。
なにがなんでも飛行機に乗らなければならない。飛行機に乗って出かけ、世界を見なければならない。どうしても。
それは、わたしにとって唯一の生きていく指針となった。
わたしは世界に出なければならないのだ。日本から出国しなければならないのだ。うおおおおおお、と私は心の中で叫んだ。
天啓を得た日の夜、父・東京砂漠と交渉した。
世界旅行をしたいから、100万円をくださいと私は言った。
馬鹿野郎、行きたいなら、自分で稼げとはねつけられた。
じゃあバイトする、と答えた。
「うちの会社で働くか?」と東京砂漠は割と真剣な顔をして言った。父は水道工事会社の経営者だった。おそらく人手不足だったのだろう。
「うん。なにをすればいいの?」
「パソコンを使って図面を書け。歩合で給料を支払ってやる。資格を取れば、社員にしてやる。100万くらいすぐに稼げる。どうせなら、1千万くらい稼いで、悠々と世界を放浪してこい」
わたしは父の会社で働くことにした。
高校在学中から働き始めた。高校の卒業証書はびりびりにちぎって校舎の屋上から撒いて捨てた。そのときはなにも叫ばなかった。学校よさらば、わたしは世界へ行く、と内心でつぶやいた。
早くお金を貯めたかったので、大学には行かなかった。ひたすら働いた。
最初の1か月は図面の書き方がわからず、無給だった。
しかし、CADすなわちコンピュータ支援設計の使い方を飲み込んでから、わたしはガンガンと水道工事の案内図、平面図、配管図、立面図を書けるようになった。下水道工事の図面も書いた。
図面を仕上げたら、自治体の上下水道局へ行き、工事許可の申請をした。役所は重箱の隅をつつくようなミスを指摘して、簡単には許可をくれなかった。わたしは言われたとおりに図面を修正し、再申請した。水道局はまた別のミスを指摘した。一度に言ってくれればいいじゃないのという怒りを押し殺し、わたしは図面を再修正し、窓口で再々申請をした。さすがに許可は下りた。
しだいにわたしは窓口申請に慣れていった。図面のミスは減り、それにともなって修正を指示されることも減り、2回に1回は一発で許可が下りるようになった。
そのようにして、わたしは水道工事の図面書きの専門家になり、窓口申請のエキスパートになった。
3年間働いた後、4年目に給水装置工事主任技術者の資格試験を受けて合格し、わたしは父の会社の正社員になった。
わたしは黙々と上下水道局の窓口に通い、給水装置工事と下水道工事の申請をバンバンと通した。
わたしにはほとんど物欲はなかった。趣味もなく、友達もなく、浪費の余地はまったくなかった。
5年間働いて貯金が1千万円になった。
目標の金額が貯まったのだ。
わたしは父に退職届を提出した。
父はそのころ、わたしが働き始めた動機をすっかり忘れていた。
戦力となっていたわたしがいなくなると困るので、「馬鹿野郎が! 根性で働け!」と怒鳴られた。
馬鹿はそっちだと言い返した。
「わたしはお金のために働いてきたのよ。飛行機に乗って世界へ出るためだけにね。もう働かないわよ。てこでも働かないからね!」
「退職金は出さねえぞ」
「いらないわよ」
天啓はまだわたしの脳内で鳴り響いていた。
海を越え、世界を見よ。地球上を放浪せよ。
わたしは出社をやめ、自分の部屋に引きこもって、世界放浪をどのようにするか考えた。
家庭内でもわたしと父は不仲になり、一切口をきかなくなった。
母・東京京子もその名前のせいで地獄を見ながら生きてきたので、父娘の不仲など我関せずで、涼しい顔をしていた。私が狂っているように、父も母も狂っていた。あるいは両親が狂っているように、わたしは狂っていたのかもしれない。
わたしは考えるのが苦手だった。与えられた仕事をこなすのは意外と得意だったが、自分のためになにかを考えるのはなぜか苦手なのだ。もしかしたらわたしは、しあわせになるためのテクニックを少しも持っていないのかもしれない。そもそもしあわせとはどういう状態なのか、まったく想像できない。わたしが持っているのは天啓だけだった。
わたしは旅行ガイドブック「地球の歩き方」を買った。新宿にある書店でフランスとトルコとインドとペルーの歩き方を購入した。その4つの国に特に行きたかったわけではない。適当に手に取って買っただけだ。
わたしは本をぺらぺらとめくり、広告欄に載っていた格安航空券を扱っている旅行会社に目を止めた。
そうだ、旅行会社へ行けば、旅行の仕方を教えてくれるにちがいない。
わたしはその会社の支店へ行き、世界を放浪したいのだが、どのようにすればよいか教えてくださいと率直に訊いた。
「放浪の仕方なんて、人それぞれです」
アラサーくらいに見える男性社員は言った。
「はあ」この男は世界を放浪したことがあるのだろうかと思いながら、わたしは生返事をした。
「女性のひとり旅は危険ですよ」
「危険は承知です」
天啓に従わない方が危険だった。生きる指針を失ってしまう。狂ったまま心が石になってしまう。彩度のない灰色の石に。
「最初に行くべき国だけでも教えてください。どこでもいいんです」
「私が最初に訪れた国はハンガリーでした。親日的でやさしい人々が住んでいる国です。ブダペストの鎖橋の夜景はこの上なく美しい」
わたしはその場で東京国際空港からハンガリーのリスト・フェレンツ国際空港へ行ける片道チケットを購入した。
結論から言うと、出国後、わたしは日本に帰っていない。
日本以外の国では、東京都という名前はちょっと変わっているというだけで、からかいの対象ではなかった。わたしはお金がなくなるとなくなった国で働き、放浪をつづけるという暮らしをしている。日本人とはしゃべりたくもないし、日本に戻る気はまったくない。
さて、わたしが狂っているのか、世界が狂っているのか判然としなくなったエピソードを紹介して、わたしの話を終えようと思う。
それはハワイから台湾へ行く飛行機に乗っているときに起こった。
わたしはそのとき29歳だった。アロハシャツを着てチャイナエアラインの航空機に搭乗し、ダニエル・K・イノウエ国際空港から台北桃園国際空港へ向かっていた。
エコノミーの窓側の席に座って、雲海を眺めていた。エコノミークラス症候群にならないよう、ときどき身体を動かした。
太平洋の上空で白い雲を見ているとき、不意にゼロ戦が飛んでいるのに気づいて、びっくりした。
太平洋戦争で日本海軍の主力戦闘機として活躍したあのゼロ戦だ。
写真や映像でしか見たことのないプロペラ戦闘機が、わたしが乗っているジャンボジェット機の横を飛んでいた。わたしは目をこすった。ゼロ戦の姿は消えない。濃緑の翼には日の丸が描かれている。
幻覚ではないらしく、他の乗客にもそのゼロ戦は見えているようだった。大騒ぎになった。
「ご搭乗の皆様、本機はただいま旧日本海軍の航空戦闘機に酷似した未確認飛行物体に近接飛行されております。詳細は管制とも連絡を取り合って確認中です。攻撃は受けておりませんので、落ち着いてください。万が一に備え、シートベルトをお締めください」というような内容の放送が中国語と英語で流れた。
そのころのわたしは、中国語の日常会話がそれなりにできるようになっていた。英語はほぼ完璧に聞き取ることができた。
わたしたちの旅客機とゼロ戦は雲海の上を並行して飛んでいた。
わたしはゼロ戦のパイロットを凝視した。パイロットが目視できるほど近くを飛行しているのだ。
大日本帝国海軍の飛行服を着た男性もこちらを見つめている。何度も確かめるようにこちらを見ている。わたしがなにがなんだかわからないように、彼もなにがなんだかわかっていないようだった。
ゼロ戦が現代の空を飛んでいるなんて、普通の状態ではあり得ない。
タイムスリップしてきたのかもしれない。
ゼロ戦が旋回し、機銃を撃ってきた。
ジャンボジェット機は回避し、高空へと避難した。
現代の航空機はゼロ戦の性能を遥かに凌駕している。
わたしが乗っている飛行機は逃げ延びた。
逃亡中、激しく揺れたので、吐きそうになった。
世界は広い。なにが起こるかわからないものだと思った。
わたしは天啓に従って世界を放浪し、思いがけない体験ができたことに感謝した。ものすごく怖かったけれど。
神はいる、と感じた。
わたしは特定の宗教を信仰してはいないが、神はまちがいなくいる。
神の啓示に導かれ、わたしは高空で世界の不思議に触れることができたのだ。
心の中があたたかくなって、わたしは法悦に浸った。
「オーマイガー」と隣に座っていたどこの国の人かわからない金髪の中年男性が叫んだ。
「オーマイガー」とわたしも叫んだ。
「オーマイガー」「オーマイガー」とふたりで連呼した。
わたしは神の存在を確信した歓びで叫んでいるのだが、隣の人はゼロ戦から逃れられた安堵から叫んでいるようだった。
「あなたは台湾人ですか?」と金髪の男性から英語で話しかけられた。
「いいえ、日本人よ」とわたしは答えた。日本を憎んでいるが、外国籍を取得していないので、わたしが日本人であることに変わりはない。
「ワタシはアメリカ合衆国人です。あの航空機はゼロファイターでしたよね。確か第二次世界大戦でワタシの国が怖れた日本の戦闘機だったはず」
「わたしの目にもそのように見えたわ」
「どうしてあんな飛行機がここを飛んでいたのでしょう。日本ではまだゼロファイターを活用しているのですか?」
「ノー、とっくの昔に使わなくなっているわ。というより、終戦後にアメリカが全部のゼロ戦を壊したんじゃないの? よく知らないけれど」
「ワタシもよく知りません」
「タイムスリップしてきたんじゃないかしら」
「そうかもしれませんね」
ゼロ戦騒ぎが静まった後も、わたしとそのアメリカ人男性はしばらくおしゃべりをした。
「わたしの名前は東京都っていうのよ」
「トキオミヤコ?」
「漢字で書くと、日本の首都と同じ名前なの。日本ではさんざんからかわれ、いじめられたわ」
「オーノー! お気の毒です。ワタシの名前はニューヨーク・ヤンキーですが、いじめられたことはないですね」
わたしはゼロ戦を発見したときより驚いた。
「その名前でいじめられなかったの?」
「名前なんかたいした問題ではありません。大切なのは人格です」
「はー、そうなのね。すご……」
わたしは心の底から感心した。わたしはもっと精神を錬磨しなければならないのかもしれない。
ミスター・ニューヨーク・ヤンキーは快活な人で、彼と話していたら時間が短く感じられた。
奇妙で楽しい空の旅となった。
「ワタシはコスタリカで宇宙人に会ったことがあります」
「どうして宇宙人だとわかったの?」
「その人が宇宙から来たと言ったし、4つの目を持っていたからです。後頭部に髪の毛に隠されたふたつの目があったのですよ」
もしかしたら狂っているのはわたしではなく、世界なのかもしれないと思った。
やはり天啓に従って正解だったと深く深く感じた。
わたしの神への信仰はトンガ海溝よりも深まった。
飛行機は無事台北桃園国際空港に到着し、わたしはニューヨーク・ヤンキーと別れた。
台北の空は快晴だった。
わたしは神について考えながら、安宿を求めて空港のトラベルインフォメーションへ向かった。




