クラウド・マザーズ
子どもたちを連れて、祖母に会いにいった。祖母は叔母と暮らしている。祖母はもう110歳になる。彼女の記憶は、すでにクラウドに移されている。
叔母に通された祖母の部屋には、祖母の肉体と、机の上に置かれたコロンとしたスピーカーがあった。
祖母は、自分の曾孫たちのことが分からなくなっていた。
クラウドに保存されたはずでも、記憶は劣化していく。叔母が私の子どもたちの記憶を、祖母のクラウドから削除した可能性もあるが、私は何も言わなかった。
私は遠方に住んでいて、結婚してから年2回しか帰らない。毎年この時期になると、わずかな気の重さを、責任感で押し出すようにして帰省する。
私とスピーカーが当たり障りのない会話をする間、忘れられた子どもたちは困った顔をしていた。
「りえちゃん、もう大ばばに会いたくない……」
娘はあとで私にだけ言った。末の子は祖母に会う回数が少なかった。彼女には上のきょうだいに比べて、祖母との思い出がない。娘には、曾祖母というものが、よくわからないのだろう。
――――
祖母の隣の家は、以前私の実家だった。
隣の家に住んでいた頃、母は、祖母と叔母の面倒をみることに、責任を感じているようだった。
母は会社員として働きながら、パートに行く叔母の弁当まで作っていた。
叔母は弁当の容器を返すと、母が作った夕食を持って家に帰る。叔母には夫と子どもがいる。私の母にも夫と私がいる。
私は母の事情に関わらないようにしていた。母は私を絶対家から出さない、と言っていたので、私は進学も就職も遠方を選んだ。子どもを産めるギリギリの年齢まで独身でいて、もう誰でもいいから結婚してと、母が根負けしてから遠方で結婚した。
祖母の痴呆がはじまり、母が、祖母の記憶をクラウドに移そう、と言いだした。その頃、人格をAI化して、クラウドに保存する技術は、できたばかりだった。介護が大変だという現実的な理由と、祖母から記憶が失われていくのが耐えられなかった母は、その技術にすがった。
母はいろいろ抱え込みすぎていた。
実家が引っ越したのは、とうとう母が倒れてからだ。
私は母と叔母の間にあった詳しい経緯は知らない。しかし、ボンヤリ親父がやっと本気を出したようだった。
――――
夫は、祖母の家の近くで車を止めて待っていた。実家に向かってもらう。
母は不在だった。私は父に母に渡してもらうよう頼んで、玄関先にカーネーションの鉢を置いた。
母の代理AIがいるから話していくといいよ、と父が言った。
引っ越した後、時間ができた母は、学童指導員を始めていた。孫たちを見て、学童によく似た子がいるのだと、スピーカーは楽しそうに話した。スピーカーは本物の母より話しやすい。
私は長男の成績が良くないことを愚痴った。
「そうなの? あなたの成績が良かったから、私にはわからないわ」
スピーカーの声は優越感を隠さなかった。
私たちはずっと敵同士だった。私が母の小さな世界を否定してから。だから私は笑って「そうだね」と言った。
帰り際、娘が玄関先に置かれたカーネーションを見て言った。
「りえちゃんも、ママにお花をあげたいな。どこに売っているの?」
「そこら辺に生えている草でいいよ。りえちゃんが摘んできてくれたら。ママは雑草が好きだから」
私は娘と手をつないだ。黄色いカーネーションが風に揺れた。
お読みいただきありがとうございました。もしよろしければ、下より評価・ブクマ等いただけると励みになります。




