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太りすぎと婚約破棄されたぽっちゃり令嬢はお菓子作りで無双する

太りすぎと婚約破棄されたぽっちゃり令嬢はお菓子作りで無双する 〜今世の父へのざまぁ編〜

作者: 愛良絵馬

「旦那様。お嬢様がいらっしゃいました」

「何?」


 報告があると入室してきた使用人がそう言った。

 書類仕事の手を止めて、顔を上げる。


「いかがいたしましょうか?」

「…………まあ良い、入れろ」

「承知いたしました。お迎えに上がります」


 領地のリゼル村へ娘を勘当してから、初めてのことだった。

 あれは……一ヶ月ほど前だったか。伯爵家であるバートン家を追い出されたと、出戻ってきたのだ。

 

 もともとふくよかな娘だったが、久しぶりに見る娘の姿には、驚きを通り越して呆れてしまった。太りすぎで、婚約破棄されたという。さもありなんという話だ。

 

 本来、力関係が対等な貴族同士であれば、そんな理由で婚約破棄などされないだろうが、こちらは男爵家。

 もともと我が領土に、湾岸都市と王都を結ぶ街道の要所があったため、それが狙いなだけの政略的な婚約だったが、向こうのメリット以上にこちらのメリットが大きかった。


 それにしても、バートン家に一報を入れるのは、ほんとうに屈辱的だった。

 まるで、男爵家でまともな食事を与えていなかったから、伯爵家で太ってしまったようではないか。


 ノックの音が聞こえた。娘を迎えにいった使用人が戻ってきたのだろう。


「失礼致します……!」


 緊張した面持ちで、娘のセレスティアが入室してきた。相変わらず、太っている。

 思わず舌打ちしてしまった。


「何をしに来た? おおかた、勘当を解いて欲しいだとか、金が足りないという話なのだろうがな。フン、伯爵家に婚約破棄されて、よくもノコノコと顔を出せたものだ、この恥知らずが!」

「も、申し訳ありません……御父様」


 肩を縮こませて、頭を下げるが、全然小さく見えない。セレスティアが小さく拳を握り、意を決して、といった様子で顔を上げた。


「でも、本日はそんなお話ではないのです! 実は、婚約することとなりまして……勘当された身ではありますが、ご挨拶をとおっしゃってくれて……」

「……婚約だと?」


 予想外の単語であった。しかし、この娘と婚約? どうせリゼル村の平民《おとこ》なのだろうが、狙いは私の土地や財産、地位だろう。

 勘当したとはいえ、婚約となれば話は別だ。このまま放置しておくわけにもいくまい。


「一体、何処の馬の骨なんだ、その男は?」


 徹底的にこき下ろし、別れさせるしかあるまい。場合によっては、セレスティアは修道院にでも入れてやろう。


「う、馬の骨ではありません!」


 娘の反論に、驚いた。

 産後の肥立ちが悪く、妻が亡くなり、仕事も忙しく、セレスティアと共に過ごした時間はほとんどない。ただ、私の言うことを素直に聞くことだけが取り柄の、出来損ないの娘。そのはずだ。

 キツく睨みつけてやると、娘は小さく後ずさった。それでも、言葉を止めない。


「今この場に来ていただいていますので、ご紹介してもよろしいでしょうか……?」

「手間が省ける。入室させろ」


 娘自ら扉を開けた。やはり、コイツは全く貴族というものが分かっていない。

 仕事の時間を取られ、コイツらのせいで苛々とした鬱憤を、たっぷりぶつけさせてもらおう。


 堂々した足取りで入室して来たのは、藍色の瞳と髪をした、屈強な青年だった。顔立ちは彫刻のように整っている。

 青年は無愛想な顔をして、軽く頭を下げた。


「お初にお目にかかる。アルバート・ド・モンフォールと申します、アルトハイム男爵閣下」


「…………………………は?」


 まるで脳が理解することを拒んだように、うまく頭が回らない。

 モンフォール……だと……?

 ガタッと立ち上がる。落ち着け、落ち着け、落ち着いていったん座るんだ、エドヴァルト・アルトハイム……!


「……モンフォールとはもしや、公爵家の方であらせられる?」

「ああ」


 無表情で無愛想な頷きが返って来た。

 …………思い出した。

 アルバート・ド・モンフォール。公爵家であるモンフォール家の嫡男にして、天才的な剣技を持つという。その見た目と身分から社交界でも名のしれた存在だったが、非社交的な性格で、適齢期になった今でも、剣に傾倒し続けているという。


「し、失礼致しました!」


 椅子から立ち上がり、敬意を表し頭を下げた。

 アルバート様は何故か怒ったような調子で、「座ってくれ」と口にした。しかし、公爵家の嫡男の前で、自分だけ椅子に腰かけるわけにはいかない。


 娘とアルバート様と、適切な距離をとり、立ち止まる。


「いえ、大変失礼致しました。それで、本日お越しいただいたのは、娘と……セレスティアと、婚約するとか?」


 何かの間違いではないだろうか。そう思い、ちらりと娘を見る。緊張した様子ではあったが、嘘をついている様子ではない。


「ああ。もともと魔物狩りでこちらに来ていたので、王都の公爵家に帰る途中に寄らせてもらった」

「さようでしたか。おもてなしの用意もありませんが、せめてお茶でも……」

「いらん。急いでいるのでな」


 やはり、どこか怒ったような調子だった。

 まさか……先ほど、馬の骨と断言したのが聞こえていたのだろうか。顔から血の気が引いていくのが分かった。


「あの……御父様」

「なんだいセレスティア」


 話しかけて来た娘に笑顔を向けた。セレスティアは、幽霊でも見たような表情を浮かべている。

 その表情に、引きつった笑顔を貼り付けながら、そっと何かを差し出して来た。麻布で包まれたそれを、娘がそっと開く。


「……なんだこれは?」

「私が作ったクッキーです……! リゼル村で甘味を作るのにはまりまして……」


 見たことのない甘味だった。小麦粉を焼き固めているようだが……。


「お前が開発したのか……?」

「えーと……ええ、まあ。とにかく、是非召し上がってみてください! 疲れたり、苛々した時は、甘いものが一番ですから!」


 押し付けられた麻布を、受け取る。その包みに、アルバート様の視線が注がれているような気がした。な、なんだ……?


「そ、それでは、失礼いたしました、御父様」

「失礼する」


 そうして、アルバートとセレスティアは去っていく。まるで、全てが夢だったのではないかと思えるほどの、嵐のような時間だった。


 ふらふらと執務机に戻り、椅子に腰を下ろす。手元には、現実だったという証拠のように、麻布に包まれた『くっきー』があった。


 一瞬、屑籠に捨ててやろうかと思ったが、思い直して包みを開く。次に会った時には、公爵夫人になっているかもしれない。娘とはいえ、捨てたなど、口が裂けてもいえないだろう。


 せっかくなので、使用人を呼んでお茶を淹れさせた。

 運ばれてきたハーブティーの香りを楽しみつつ、恐々と『くっきー』を口に運ぶ。

 ザクっとした歯ごたえと共に、ほのかな甘味が口の中に広がる。


「…………」


 ハーブティーを一口。


「…………」


『くっきー』を一口。ハーブティーを一口。それを繰り返していたら、いつの間にか麻布に包まれていた『くっきー』は無くなってしまった。


 ……もう無いのか……。


 そうして、惜しむ気持ちがうまれた時に、気がついた。こんなふうにお茶を楽しむ時間をもてたのは、一体何年振りだろう……と。


「……そうだったな」


 セレスティアが生まれる前。まだ、ソフィアが生きていた頃だ。彼女は乾燥させた果物をお供にお茶をして、他愛もない話をするのが好きだった。

 貴族にありがちな政略結婚であった。


『でも、せっかくのご縁だもの。私は、あなたのことを好きになりたいわ』


 ソフィアの声が16年振りに、鮮やかに蘇った。信じ難いことに、瞳に涙が溜まり始めた。もうすっかり、枯れ果てたものと思っていたのに。


『くっきー』が包んであった麻布を、そっと引き出しの中にしまう。


「……あの娘が、公爵夫人か……」


 腹立たしい気持ちは消えていない。けれど、セレスティアがつくった『くっきー』をソフィアにも、食べさせてやりたかった。


「フン」


 鼻を鳴らし、ペンを手に取った。

 次にバートン家に出す一報の内容を考えながら、気持ちが昂揚していくのを感じていた。



お読みいただき、ありがとうございました!

もし気に入っていただけましたら、評価やご感想をいただけると嬉しいです。


本作は、長編の一部を掌編として切り出したものになります。

もしこの短編を気に入っていただけましたら、長編もぜひお読みください!

セレスティアとアルバートの甘く温かい恋愛と、美味しそうなお菓子作りが満載です。


◆長編はこちら ページ下部にリンクもあります!

https://ncode.syosetu.com/n7315kv/

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