連邦歴十一世紀9 『決着』
「……貯蓄され肥えた魔力を我が元に還元せよ、制限解除!!」
底をつきかけていた魔力が、肥大化する。その余波で強烈な波動が辺りを揺らし、その衝撃で接近していたディアオールの身体をも吹き飛ばしてしまった。
「で、出鱈目だ! 貴様が勇者だと? ただの化け物ではないか!! 何故だ何故だどうして許されるのだ!! そのような規格外な覚醒……許されるはずがない!!」
先程までのポーカーフェイスも剥がれ、声を荒げるアルマヴィルス。無理もない。何せその魔力量は通常時の約十倍。アルマヴィルスはおろかディアオールでさえも凌駕するのだ。災害級でも上位に食い込むだろう。
「世界を抑える力よ、我が魔力を対価に顕現せよ! スパティウム・グラビタス!!」
「スパティウム・コントラグラビタス!」
空間属性の中でも取り分け高度な魔法である重力操作。それを応じるように発動し、相殺する。本来の難易度からすればまさに規格外という言葉がお似合いだろう。
「……アトモスフィア・スラッシュ」
鋭く大きい風の斬撃がシルに向け放たれる。しかし今のシルに生半可な攻撃は悪手。ただ魔力を余計に消費するだけだ。避けた動きすら視認させず高速接近、刀による斬撃を繰り出す。ディアオールはその漆黒の剣で防ぎきるも、明らかに戦況はシルに傾いていた。
少し時間がたっただろうか、されど爆発音は止まない。森の魔素の流れが激しく移り変わり、周囲の動物たちは逃げ惑っている。
「こいつでくたばれ!!」
大剣のものとは思えない早さで振り下ろす斬撃は圧倒的な質量でシルを押しつぶしにかかるも、それは叶わない。寸前で避け、アルマヴィルスの腹に向けて蹴りで突撃し、そのまま何回も何十回も切りつける。頭周りや魔核、つまり心臓は結界によって守られているものの、それ以外の部位は簡単に切断できるのだ。
手を止め、唱える。
「ニヒル・ショックウェーブ!」
強力な衝撃波が生まれ、その巨体を後方に吹き飛ばす。森を横断するほどの砂塵のカーテンが出来上がっていた。ショックウェーブという魔法は習得難易度自体そこまで難しいものではないが、魔力出力によって威力を変えられるのだ。
「好きなんだよねー無属性魔法。自由って感じがしてさ。君もそう思わない?」
大木の後ろから様子を伺う女にそう問いかける。音を超えた素早さで、周囲のすべてを利用し、飛び回っている。
刹那、鋭い刺突がシルの寸前まで迫る。その軌道を逸らすために刀で呼応し、優しくぶつける。何度も何度も当たれば簡単に死んでしまいそうな斬撃が繰り出され、逸らす。その繰り返し。舞を踊るように力と技術で相殺する。
楽しいと、純粋にそう思った。辛い、苦しい、そう思っても仕方のないような数々の攻防を繰り広げ、思わず口角が上がってしまう。
「……しぶといね。流石災害級ってとこかな」
ふと横を見るとアルマヴィルスが戻ってきていた。随分時間を忘れてしまうほど楽しんでしまっていたらしい。
「若造にやられるほど、俺は落ちぶれちゃいないぞ!」
「そうだなぁ。おれもあんまり余裕がないから。そろそろお開きにしようか」
制限解除はあくまでも一時的に魔力量を底上げしているに過ぎない。時間が経てばいずれ元に戻るだろう。
「さぁ構えろ」
シルはそう呼びかけ、アルマヴィルスに向けて手をかざす。
「舐めやがって……地獄を飾る炎よ、我が魔力を対価に顕現せよ! フランマ・インフェルノ!!」
十数本の腕から火球を発生させ、一つにまとめる。帝級魔法のそれとは思えない膨大な魔力を発していた。
「ニヒル・マクシムス・インパクト!!」
シルの使用した魔法、ニヒル・インパクトは完全にショックウェーブの上位互換。魔力出力を最大にした今、災害級魔法の中でも上澄みの威力を誇るだろう。互いに構え、放出する。
高速でぶつかるそれらの魔法は強力な衝撃波を発生させていた。衝突し、爆ぜる。内包する魔力量を考えれば災害級魔法同士が真正面からぶつかったようなものだ。炎は辺りに拡散し、弾ける。一方でインパクトの勢いは止まらない。アルマヴィルスに爆発的な威力の衝撃波が向かう。地表を大きく削り取り、そこには何も残らない。結果として遠くにに存在していた丘までを消し飛ばし、風穴を開けたのだ。
「……死んだか」
先程まであった強力な魔力反応が一つ無くなっていた。おそらく魔核が壊されたのだろう。それは魔族の確実な死を意味していた。
「……う」
「……う? どうした?」
突然うめき声に似た声を出したディアオールに違和感を覚える。身体が小刻みに揺れ、僅かに魔力を放出しているのだ。すると突如、髪の色が赤毛を残して白髪からブラックチョコレートのような見事な茶髪に変化する。
「ふ、ふふ、はははっ! ハーッハッハ!!」
突如高笑いをし始めた女。異常だ。今までの緊張感とはまた別の緊張。額に冷や汗が流れる。
「アステラ・ディアオール!! 完全復活!! 感謝するぞ人族の男よ!!」
先程までの魔法の詠唱でしか言葉を発さなかった女が今ではこれだ。感じていた違和感は間違っていなかったらしい。
「ちょっと待てちょっと待て、一体どうしたんだよ?」
とりあえず落ち着かせるため、事態を把握するために声をかけると、彼女はどこからともなく椅子を出現させ腰掛けた。
「いやー長かった!! 九百年だ。あの憎きフューガンドの爺に操られ、愚者となってから九百年!!」
どうやら察するにこのディアオールという女は九百年前から操られていたらしい。そのフィーガンドが使用する天啓によって操られ、何故かアルマヴィルスの手に渡ったと……。
あまりに強力な天啓だがディアオールが現在に至るまで操られていたのならそのフィーガンドとやらが今も生きているのなら危険だ。アルマヴィルスが死んだことにより解除されたと仮定しても不安要素ではある。だが今はこの状況をどう片付けるかが問題だ。
「――っと!! まだ話を聞いてくれよ。久しぶりに喋ってるんだぞ!!」
俺は捉えることを許さぬ速度で刀を首に目がけ振る。だが、鳴り響くのは明らかに生身から出る音ではない金属の甲高い音。見れば刀が鉄とは比べ物にならないほどの固さを誇るであろう金属に刀が食い込んでいた。人二人分の長さはあろうかというほどの杭が地面から伸びていたのだ。
先程の椅子もそうだが明らかに天啓によるものだろう。純粋な魔力も感じられる。だが内容が怖いところだ。ただ物をしまっておけるというだけならば空間魔法にも似たものがある。だが想像したものを作り出すなんて芸当をし始めたらたまったものではない。
「話したいのなら声量を下げてくれ。久しぶりだか何だか知らないが耳の奥がズンズンするんだ」
「いいじゃないか! 話そうよ大きな声でさぁ!! 我々は口があるのだからな!!」
正直なところこのまま話していると制限解除の効果が切れてしまいそうだ。そうなったら実力差的に玩具もいいところだろう。
「でもまぁいいか!! 自分で身体を動かして戦うのも久しぶりだしなぁ」
そういい終えると彼女は余裕を持ってこちらに歩み寄る。先程の戦い方とは正反対だ。魔力の放出によって余波が生まれる。
「フランマ・プロミネンス!!」
出し惜しみは無しって感じだ。フランマ・プロミネンスはついさっきも放っていたが明らかに込められた魔力の量が違う。最適解を考えずに全力でぶつける。そんなつもりなんだろう。
「復活早々悪いがお前には死んでもらう。楽しませはしない」
「面白い。この魔法を打ち破るということで良いんだよな?」
目的は変わらない。操られていたからなんだ? 魔族は魔族だ。我々
人族に仇なす敵であり。存在するべきではないんだ。殺して、殺して……。
「ニヒル・詠唱重複! ニヒル・マクシムス・プロテクト!」
自身を囲うようにこれまでとは比較にならない頑強なバリアを張る。プロミネンスがぶつかるも、それすら跳ねのけるのだ。目前に迫るシルにディアオールは少し気圧されたのか真意は分からないが、驚いた表情をしている。
そして急速に飛行ともいえる形で接近し、プロテクトがディアオールの身体に触れる。本来なら弾かれるはずだが、そのまま何もないように通過し、球状のプロテクトの中に二人が収まってしまった。そしてシルは唱える。
「ニヒル・反転」
プロテクトの面が反転し、効果が変わる。外側の衝撃を弾くはずだったにも拘らず、今は内側にその効果が向いているのだ。
「何を……してるんだ? 何をするのか気になったから見ていたが……このまま攻撃しても自分も巻き込まれるだけだぞ?」
確かにそうだな。でも関係ない。どうせこのままいけば制限解除の効果が切れて殺されるだけだ。
「あぁ、一緒に死んでみようぜ」
その刹那、ディアオールは剣を俺の胸に突き刺した。何かを察したようだ。もっと早く気付くべきだった。しかしこればかりは油断と言うほかないだろう。そんなことはしないだろうという油断。ディアオールからすれば余力が有り余っているであろう相手が突然自爆攻撃を仕掛けてきたのだ。常識的に考えてそれはおかしい。
「我は命を捧げ、莫大な対価を求める。ニヒル・アウトエクスティウム!」
周囲に閃光を放つその自爆攻撃は、プロテクトに弾かれ、弾かれ、何度も弾かれ、シルとディアオールの身体に当たる。本来の威力を優に超える爆撃がただの球体の中で爆ぜていた。だがこの頑強なプロテクトだけでは防げず、周囲にナパーム弾でも落としたのかというほどの爆音を轟かせながら、あたりの地表を根こそぎひっくり返していた。