連邦歴十一世紀8 『魂に刻まれた魔法陣』
爆音が辺りに響く。大規模の魔法が次々に行使され、木々が倒れた事により森には直射日光が直接地面に降り注いでいた。
「世界を混ぜる風よ、形を成して顕現せよ! ウェントス・トルボ!!」
「ニヒル・詠唱重複! ニヒル・プロテクト!!」
形を成した突風を透明な防壁を重ねて防ぎ、近接で打ち合う。この繰り返しだ。この状態が続くとシルよりも魔力量が多いアルマヴィルスが有利になるだろう。現状を打破すべくシルが仕掛ける。
「テッラ・メタッルムハスタ! ニヒル・圧縮! ニヒル・詠唱重複! ニヒル・速度上昇!!」
巨大な金属を生成し、弾丸のように腕ほどの大きさにまで圧縮させ、重複された速度上昇によってマッハ五以上のスピードで撃ち出す。距離にして五十メートルほどだろうか。アルマヴィルスは腕を集めて防ぐ体制に入る。
しかし高密度の金属が高速でぶつかれば被害は想像に難くない。多数の腕の壁を貫通し、右半身を吹き飛ばしたのだ。
「――ぐ、グアァァア」
血を吐き、力を込める。身体を再生するためだろう。魔族と他の種族の違いとして、人間は血肉や酸素によって身体を維持するが、魔族は魔力がその役割を担う。人間が簡単に死ぬ負傷でも、上位の魔族ならば再生することができる。酸素よりも魔力の方が生きることに直結するのだ。それは自然発生という形でも数を増やすことができる魔族だからこそだろう。
シルは再生に手間取っているアルマヴィルスに対する追撃は、急激に接近し、刀による連撃を繰り出すものだった。
「こ、この……貴様アァァ」
目にもとまらぬ連撃は赤い肌を切り裂く。血が噴き出し、辺りは真っ赤に染まっていた。されど浅い傷であり、決定打にはなりえない。
アルマヴィルスは大剣を旋回しながら振り、シルはそれを受け止める。しかし衝撃で後方に吹き飛ばされ、距離を取らされてしまう。一つのチャンスを逃してしまったのだ。
「おい!! お前ら、こいつを殺せ!!」
少し遠くに待機している蟲人と白髪の女を呼んでいるのだろう。今でもギリギリを責めた戦いをしているのだが、アルマヴィルスと同等かそれ以上の魔力量が感じられるあの女まで参戦したならば天啓と技量でごまかしていたこの戦いにも終止符が打たれることだろう。
「縺雁他縺ウ縺ァ縺励g縺�°��」
「あぁ、俺では少し手に負えん。まとめて叩く」
会話が聞こえる。蟲人と魔族間の意思疎通についてのメカニズムは未だ解明されていないが、そこには確かに上下関係のようなものが存在していた。
「奴を殺せ。遠慮はいらん」
指をさし、命ずる。蟲人はここぞとばかりにシルへの攻撃を開始する。ソニックブームの音をはっきりと捉えることができた。
されど階級の面でも技量の面でも大きな開きがあるシルと蟲人ではもはや勝負にはならない。蟲人の突きによる初撃は体制を低くする事により容易に躱し、足を切り体制を崩す。
「ニヒル・トルメントム」
左手で顔を掴み、魔法を発動する。魔力による波動は頭を消し飛ばし、死を確定させる。頭を消し飛ばせば大抵の魔族は死ぬのだ。この間三秒にも満たない攻防であった。
「流石に勝負にならんか。まぁ再生する時間は稼げたのだ。連れてきて良かったぞクルガ―。お前も行ってこい。ディアオール」
彼女……ディアオールの黄金の目がこちらを向く。何故アルマヴィルスに従っているのか、心なしか感情の起伏が無いように感じられるのは何故か。疑問は尽きないが今はその雑念さえも相手を見れば無駄な思考だと理解できる。
圧倒的な覇気。腰に付けた漆黒の剣を抜いたディアオールの構えはシルの恐怖心を呼び戻し、多少の震えを生じさせた。
「――ッ!?」
それは一瞬の出来事だった。
シルの天啓『危機察知』は二秒先に起きる自身の危機を察知し、二秒後に見るビジョンを目に映し、見ることができる。
危機の察知は確かに行われていた。ビジョンも確かに見ることができた。しかしこの天啓の弱点として目で追えていない、もしくは背後などの視界外の攻撃を見ることが出来ないのだ。今回は前者。危険が起こることは察知することができていたのにも関わらず、シルの左腕は切り落とされていた。
「……久しぶりだぜ。腕を落とされたのはよ」
アドレナリンが脳内から分泌されているおかげか不思議と痛みは少ないが、めまいが酷く感じられた。
「ニヒル・詠唱重複! アクア・クーラティオ!!」
アクア・クーラーティオを重ね掛けして腕を急速に再生させる。シルとあの虫に実力差があるのならば、シルとディアオールの間にも同等の差があるのだろう。
「……フランマ・プロミネンス」
「ニヒル・詠唱重複! アクア・フラクタス!!」
ディアオールの災害級魔法フランマ・プロミネンスを相性の良い王級魔法ウォーターウェーブを重ね掛けして防ぐものの、フランマ・プロミネンスの熱は一万度を超える。一瞬で水は気化し、膨張する。辺りを吹き飛ばすほどの水蒸気爆発を起こしたのだ。
本来ならありえない現象であるが、魔法が故に完全なる自然の再現では無いのだ。
「……アクア……フラクタス……」
シルは何とか防御魔法を発動し、後方に吹き飛ばされるだけで済んでいたのだ。水蒸気爆発による被害は大きく、爆発の中心点から二十メートル以内は衝撃波により消し飛ばされていた。
「そろそろ貴様も限界だろう。魔力も底がついたんじゃないか?」
アルマヴィルスは体を再生しながら歩み寄る。確かにシルの限界は近い。全力で戦えばものの数分で魔力が空になるだろう。
「うるせぇおっさん。俺はお前らを道ずれにしてでも殺すからな」
シルの決意は固い。死をも厭わない覚悟にアルマヴィルスは疑問を呈する。
「……人工勇者とやらは貴様のような輩の集まりなのか?」
「あぁ」
シルは即答する。人工勇者として世に出された十六人ならば、きっと同じように答えただろう。そんな確信があった。
「なぁおっさん。魂を媒体とした魔法陣って知ってるか?」
それは突拍子のない質問。堂々とした態度で問うシルからは異様な覇気を感じられる。それはとてもじゃないが窮地に陥っている人間が放っているとは考えられないものであった。
「……知っているとも。ひと昔前に流行っていたさ。だが――」
「メリットに対するデメリットが多いから使われなくなった!! だよなぁ?」
様子が明らかにおかしい。先程の淡々と会話を交わしていた人間との同一性を疑いたくなるほどの変貌ぶりにアルマヴィルスはそう思わざるを得ない。
「魂を媒体にする魔法。それは魂という解明されていない未知への挑戦。そのメリットとは! 身体に刻み込むよりも自身への結びつきを強固にし、効果を底上げする!! スピリチュアルな存在を媒体にした魔法の行使は発動を防ぐことすらも出来なかった。」
「待て、いったい何を……」
「だが!その代わりに成功率が低い。魂に魔法陣を刻み込むんだ。少しでも傷つけたのなら抜け殻になる!! それは実質的な死だ。九割以上の確率で失敗するんだ。どんな強者でもその確率だけは不変。だから廃れた」
深呼吸をして、アルマヴィルスに指をさす。
「本当は使いたくなかったんだが仕方ない。どうせこのままじゃ俺は死ぬ。使ってやるよ。なんなら教えてやろうか? 人工勇者とは千二百人の人間の生き残りの事だ。様々な工程を終えて、最後の試練への歩みを進めたのは五百人近くいたんだぜ? それが終わってみれば十六人だ。最終試練とは、魂に魔法陣を刻み込む行為を美化したものだったんだよ!!」
アルマヴィルスは狂人を見た。数十年に一度そういう輩を目にするが、比べるまでもなく話のスケールが違う。殺人を嬉々として行う者とも、自己犠牲を厭わない者とも狂気の方向性が違うのだ。身の毛がよだつほどの恐怖を百と生きていない人間に感じるのはそれこそ勇者程の限られた強者だけだ。
「随分吠えるものだ。国家機密ではないのか?」
「あぁ、バリッバリに国家機密だぜ? でもどうせ死ぬんだ。記録を残す方法でも考えてなおっさん」
「……ディアオール、ディアオールよ。今すぐに奴の首を跳ねるのだ!!」
その掛け声とともに姿を現したディアオールの剣はシルの胴と頭を切り離すために磁石のように直線的な軌道を描きながら急速に距離を詰めた。だが……。
「……貯蓄され肥えた魔力を我が元に還元せよ、制限解除!!」
シルの魔力量が急激に高まり、放出される。万全な状態のシルと比べても圧倒的な魔力は、二倍、三倍、四倍……と総量が増していた。
シルが戦闘時に口が悪くなるのは精神的に前世とのギャップで感情を捨てきれていないという未熟さ故です。人工勇者は戦闘時あまり感情を表に出さないように訓練されているのですが、それは子供の時から戦うことに慣れていなければ難しい考えです。シルの場合前世の記憶から精神年齢は大人のままですので、戦いが当たり前という人工勇者の宿命に前世とのギャップを感じているのです。
ですがシルの場合単純に楽しんでいる可能性もあります