手懐く
体から溢れ出た風景に包囲され眠れなかった十六時間後には、騒ぎのあとの静かな夜を思い知らされていた。昨晩からの欠落を、脳が昨晩の出来事で埋めようとする。寂しさを訴えるその声は、言語にならない海のうねりのようだった。この感情には何でも飲み込めてしまうだけの大きさが備えられている。自分に確かに内在する、そこに僕ももう一度だけ飲み込まれたかった。疲れ果てながら飲み込まれたいと思うだけが、部屋のイスにもたれている自分だった。
私は海を抱きしめていたいって、あれすごい感想だよな。
一際平和な夜だった。都市に入らないくらいのところにあるレストランで深夜、レモンパイを頼む。不愛想なバイトが、製氷機にプラスチックのコップを直接つっこんでスコップし、ピッチャーから中身をややこぼしながら注いだ。飲み物は水だ。ありがとう。こういうときくらい言わない方がお互い疲れに集中できたのかな。もう言ってしまったからやり直しはきかないけど。それにバイトからの返事は呻き声ていどもなかった。注文したレモンパイが待ち遠しく、そこまで期待するほどのメニューでもないことを、少し汚れの残った窓からガソリンスタンドあたりに置いて見ていた。その程度の感情いつでも取りに向かえるさ。窓の汚れは気になるというより、店内のくたびれた雰囲気とマッチしていて見惚れてしまっていた。多分何でも良くなってしまった僕がおかしいのだ。もっと美しいものだけ愛していればいいのに、どのタイミングで妥協のガバマンになったのだろう。
反省は、昨晩のときからし疲れていた。それに夜の反省など、明後日くらい過ぎてしまえば全部嘘になるのだし、でもそんなあっという間に霧散してしまう反省こそが、僕の品性をギリギリ支えていることも分かっている。決壊寸前であっても反省を止めてはいけないのだ。レモンパイは来る気配がなかった。きっとバイトも奥で寝ている。水を運んだだけでも素晴らしい仕事だ。コップのなかを飲み干して帰ろう。そして帰るまえに、窓から眺めていたスタンドに寄ってレギュラーをがぶがぶ飲んだ。ワンコインをもう少し超過するくらいで、昔乗っていた原付のことを思い出すと、僕の体はその原付になって時速50kmをだして家に帰った。




