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湿り気

作者: 銀鈴樹

0.


もう1年以上も前になる。


昨日のように思い出せる。


馬鹿みたいに日差しが暑い夏だった。


僕は、愚かにも恋をしていた。


「今は彼氏とか、そういうの考えられない。」


そんな簡潔な一言で、僕の提案は却下された。


数日後、彼女には彼氏ができて、

学年中の噂になった。


その相手は、女遊びの噂が止まないような、

複数人の女子との関係についての噂が立つような、悔しくも顔の整った、男だった。


この世は才能なのだろうか。


この世はその人に見合った物しか求めてはいけないのだろうか。


この世は顔や身体、家庭といった生まれ持った才能によって全てが決まっているのだろうか。


俺はそんな才能のある奴らにこれまでも、


そしてこれからも、


尊厳を奪われ続けるのだろうか。


こんなクソみたいな気分にさせられ続けるのだろうか。


才能が欲しい。

俺にもそんな才能が欲しかった。



そう思ってしまう僕は、傲慢なのだろうか。




1.


何の意味も生産性も無い、長ったらしい担任の1日の反省を聞き、ホームルームが終わる。


帰宅部で特に用事も無い僕は体育館に向かう。


帰宅部、特に用事のない、の二拍子揃っていながらも、体育館に向かう僕に疑問を感じた読者も多いことだろう。


まあ聞くといい。

放課後が始まった瞬間は日中と違って

先生や生徒の動きがある程度予測できる。


教室に残り駄弁る者、部活へ行く者、次の日の授業の準備をする者。

放課後にわざわざ好き好んで人気のない体育館裏に来る物好きなど僕以外に存在しない。


本題に戻ろう。

そんな僕の目的はと言うと、これだ。

鞄の奥から煙草を1箱、取り出す。


始まりは父さんの買い貯めした煙草を1本、くすねて火をつけてみたところからだった。

それからというもの手持ち無沙汰な夜には吸うようになり、

終いにはスリル半分、依存半分で、放課後学校でまで吸うようになっていた。


体育館と民家に挟まれ、

長細く切り取られた空を見上げながら、

暗い影の下、煙草を蒸す。


そこに近づく、人影がひとつ。


「火、くれない?」


死角から声をかけられた僕は、驚いて振り向いた後、硬直する。


その人は僕が浅はかにも恋をしてしまったその人だった。


悠久にも思える時間、僕が固まっていると、


「火、くれない?」


ともう一度、彼女は言った。

そう言う彼女の瞳には、

きっと、僕の影など欠片も写っていなかった。


「…ぁ…そ……っはい!」

慌ててポケットをまさぐる。


きっと彼女は僕のことなど、数多ある男の1人。

態度から察するに、欠片も覚えてなどいないのだろう。

そう思うとキョドり、どもった自分が急に恥ずかしく思えてきて、赤面しながらライターを渡す。


「ありがと。」

彼女は自分の煙草に火をつけると、

火があった方をわざわざ持ち直し、律儀にライターの柄の部分を僕に向けるようにして返す。



部活の声が響く放課後、

湿った日陰、体育館裏、

民家との狭間、

不良学生が2人。


彼女は僕の向かい側にしゃがみこみ、煙草を咥えながら携帯を眺める。

僕はそんなどこかの美術品のような彼女をちらりと横目で眺める。


ふと彼女と目が合う。

彼女は口を開く。


「…なに?」


「あ…いや…その…」


「意外だった?私が煙草吸ってるって。」


勘がいい。図星だった。


「そぅ…すね…はい…」


「人に言う?」


「...ぃやいやいや!そんなまさか!」


「そ。ありがと。」


「ちょっと広まるとめんどくさいからさ。」


「まあこんなところで煙草吸ってる生徒同士、

仲良くしようよ。」

彼女は薄く微笑みそう言った。


「あっ…はい…そぅ…すね…」


ダメだ。キョドるなという方が無理な相談だ。別段吃音症とか普段人と話さないとかでは無いつもりだが相手が相手だ。

まともに顔を直視出来ない。

彼女の背中を支えるくすんだ塀さえ、眩い後光が指しているのではないかと錯覚する。


自分の中でもここまでコンプレックスを引きずっていたのかと、よく分からない感情に陥る。



無言の時間が流れる。耐えられない。

僕は1本吸い終わるとそそくさと挨拶もなく帰ってしまった。


帰り際、僕がどれだけ自己嫌悪に駆られたかは読者諸君想像に難くないだろう。




2.


次の日、授業が終わり、いつものように体育館裏に向かう。

今日は彼女は来るだろうか。そんな期待なのか不安なのかよく分からない感情を胸に、体育館裏に歩を進める。

下駄箱で靴を履き替える。

体育館の入口をすり抜け、

アップを始めた運動部を横目に角を曲がる。


「お、来た」


彼女はそこに居た。

「こ、こんにちは」

と僕が言うと、彼女は少し驚いた顔をしながら、

「うん。こんにちは。」

そう返す。


彼女の向かいの壁に寄りかかりながら、思考が巡る。


お、来た、と言ったのか?

待っていたのかこの僕をなぜだまさか昨日の一件で僕に何か魅力を感じたのかいやそんなわけが無い僕に彼女と釣り合う程のなにかなどあるはずもないだとしたら何故だ昨日何か彼女に礼節に欠ける行為や言動をしたかいやそもそも礼節なんてどもりすぎて欠けていたなんてものでは無いぞいやいやそんなわけが無い来たなどただの状況説明に過ぎない状況的に至極当然の一言だ他意はないはずだそうだ。


地に足つかない震える手で煙草に火を付けながら、飼い主がリードを離した犬のように、自分の意志とは関係なく思考が勝手にぐるぐると巡る。



「君、キャスター吸ってるんだね。」


急に話しかけられ、驚く。

「なに?お話だよ。答えてくれてもいいじゃん。そんな嫌な顔しないでさ。」


「…ちが」


「ちが?」


「…うウィンストンですよ。僕が吸ってるのは。」


言えた。どもりすぎだ。友達の前だとペラペラと喋れるのになんなんだこれは。


「ぷっ」

ん?


「アハハハハハ!キャスターって言うんだよ。それ! 知らなかったの?君!」


大きな声で笑われ、僕は少し不服に思う。


「…ぃいや、誰がどう見てもこれの名前はウィンストンじゃないですか!」


「うんうん分かるよ。君、あんま長く煙草吸ってないね?」


分からないが図星を突かれ、少し言葉が淀む。


「でも間違ってないですよね!?正しいのになんで笑われなきゃいけないんですか!」


「あー面白い!」

聞く耳を持っていない。なんだか知らないが恥ずかしいことを僕はしたようだ。


「て言うか君、普通に喋れたんだね」


確かに、言われてみれば始めて自然に話せた自分に驚く。


「そ…そそうですね」

ああ、やっぱ無理だ。


「やっぱ私の勘違いだったみたい」

彼女は薄く笑いながらそう言った。

「せっかく2人で吸ってるんだしさ、もう少しお話していこうよ。」

おっと?なんだかいい感じ。

「今日も1本吸い終わったらすぐ帰るの?」

「ぃいや。じゃあ今日は少しゆっくりします。」


その後彼女はいろいろ話してくれた。ウィンストンは元々キャスターという名前であって基本的に今でもキャスターと呼ばれていること。

煙草にはメンソールという種類があること。

メンソールには除菌作用があって夜は歯磨きの代わりになること。

彼女はハイライトという種類の煙草のメンソールバージョンを吸っていること。

何故高校生でそんなに煙草に詳しいのか、聞きたかったが、聞いたら僕自身が後悔しそうで怖くて聞けなかった。



何本吸ったかなど緊張で覚えていないが、

煙草のせいか帰り道、フラフラ右左に揺れながら歩いていると、

帰りに知らないおばあちゃんに熱中症に疑われて、危うく救急車を呼ばれかけた。

その時、こんな吸い方は辞めようと心に決めた。


その夜、ベランダで彼女が1本くれたハイライトを吸った。思ったより渋くて、1人で馬鹿みたいに咳き込んだ。

馬鹿らしくて1人で笑い、

その後、僕は歯を磨くことなく、床に就いた。



3.

次の日も彼女はそこに居た。

今日は30分かけて、3本程節度を持って吸って帰った。

次のクラスマッチの話や受験の話、そんな他愛もない話で時間は終わった。

話すうちに、今までの自分のイメージとは違った、自分がそうだと思っていた柔らかなイメージでなく、

尖った、と形容するのが正しいのかは分からないが、俗世から1歩離れた、感性がズレたような、形容しがたい、とにかくどこか妙な一面を彼女が持っていることに気づく。

何より彼女は、今までの僕が知らない笑顔をしていた。


この僕の知らない一面の気づきに帰り際、僕はこう結論づける。

前告白した時は、多分、この人と向き合って無かったのだろう。

自分が相手のこと好きだということを免罪符にして、相手の本質を見出さずに決断したんだと思う。相手の魅力に目が眩んでそれ以外を見ていなかった。

だから今度はちゃんと見よう。

ちゃんと向き合って、話してみて。

そうしていずれはあわよくば!

そんな想像に胸を膨らませた。


正しく、馬鹿の鑑である。



4.

その後数日の間、煙草を蒸かしながら適当な話をして別れる日々が続き、劇的な出会いをした1週間が終わる。


だらだらと惰眠を貪り、ゲームをするだけの帰宅部の土日が過ぎ去り、明くる日の日中、


友人と他愛もない話をしながら移動教室へと向かう。

その道すがら、一緒に煙草を吸ってから、初めて廊下で彼女を見かける。

相変わらず彼女の周囲に存在している人々は人混みと言っていいレベルで、近寄り難かった。




10メートル、5メートルと近づくにつれ、チラチラと向こうへ視線を送る。

しかし、向こうがこちらに気づくことはなく、

ついには話し出すことが出来ずに通り過ぎてしまった。


その時の人混みの隙間から見える彼女は、僕が愚かにも恋をした時の、僕が失恋した、輝かしい笑顔をしていた。





放課後、体育館裏の角を曲がると、彼女はそこには居なかった。


僕は少し落胆し、煙草に火を付け彼女を待つ。


ふと、陰気臭い日陰の湿った体育館裏を見回す。


思えばこれが普段の僕だった。


彼女とは放課後たまたま目的が被っただけの仲だったはずだ。ただ煙草を吸うために、

僕も彼女もここに辿り着いた。


だが今この状況はどうだ。周りを見渡し、空を見上げ、2本目の煙草に火を付け、彼女を待っている。

いつの間にか目的と手段がすり変わってしまったようだ。

我ながら実に滑稽だ。



思えば彼女がここに来てから1週間経っている。

たった1週間、ひいては4日しか一緒に居ないのに、

こんなにも体育館裏が広く感じる。

1人で学校で吸う煙草はさほど美味くないように感じるし、あれが僕の中での日常になってしまった。


その時唐突に、

日中すれ違った時の彼女を思い出す。

住む世界が違う。あの状況を一言で表すとしたらその言葉が適切だった。



そんなことを考えるうち、2本目の煙草を吸い終わる。

そして、三本目の煙草に火をつけようとライターを擦るが、ふと、




「別に約束なんてしてないしな。」




僕はそう呟くと、付けようとした火を消し、鞄を背負い直し、帰路を見据えた。





その見据えた先には、

汗ばんだ彼女が立っていた。








5.

「ごめんね。遅くなって。待ってた?」


彼女は自前のくすんだ銀色のライターで口元に火を灯す。



「僕も今来た所です。」


「嘘だね。匂いでわかるよ。結構吸ってたね。」


彼女は相変わらず察しがいい。


「なにか用事でもあったんですか?」


そう僕が聞くと、少し彼女は顔を曇らせる。


わずかな沈黙を破ったのは他でもない彼女自身だった。

「…たまに話してた男の子ー…がいるんだけどさ。一緒に帰ろって言われてさ。」


その瞬間、僕の頭に奇妙な衝撃が走る。


「…一緒に帰ったんですか?」


「うん。帰ったよ。」

その時、その奇妙な衝撃が、嫉妬であると僕は気づく。


「ほら、あるでしょ?そういう雰囲気みたいなさ。だから断るに断れなくて。」


「は…はい。分かります。」


僕は、震える声を絞るようにして、声を出す。


「…それで…告白でもされたんですか?」


「…それは無かったよ。」

安堵のような感情が僕を包む。


「でももう多分時間の問題だろうし、あの人とはもう話せないな。」


重い空気を察し、無理やり話題を変える。


「と言うかわざわざ一緒に帰ってここまで戻って来たんですか?」


「そうだよ。別に君と約束してる訳でもないし、いいかなとも思ったんだけどね。」


その言葉は先程の僕自身を想起させる。


「じゃあなんで来たんですか?」


「多分1人で吸うより美味しいから。」


「確かに。」

自分と彼女。心が通っていた気がして、少し嬉しかった。


その甲斐あって、ふと無意識に口先から思考の外の台詞がまろびでる。


「彼氏居なかったんですね。」


刹那、変えた話題を再度始めた自分に自分で驚愕する。


彼女は変わらぬ顔で話す。

「もう私達も3年生でしょ?

忙しくて、今は恋愛とか考えてらんないよ。」


胸に締め付けられるような痛みが響き、言ったことを後悔する。

僕は、その言葉が嘘だということを知っている。


「てっきりいると思ってました。」


「なんで?」


今日廊下で見かけた彼女を想起する。

「いや…何…となく?」


「可愛いから、人気者だから、とか思ったでしょ今。」


やはり彼女はとても勘がいい。

「いや…はい……そうです。」


「そうだね〜やっぱり可愛いもんね!私!」


「それ、自分で言うんですか…」


「いや、事実としてね。別に私は私にそんなこと思ってないんだけど。」


「…そうですか…」

彼女は客観的事実を言っているだけなのだが、それにしても大した自信だ。


「真面目な話、私は可愛いから。」

そこまで言って、唐突に彼女は言い淀む。

「私は少し、ちょっとだけ、他より可愛すぎるから。」


「…誰でも彼でもすぐ、私のことを好きになっちゃうんだよね。」


羨ましい限りじゃないか。

その時僕はそう思った。


「今日だってそうだよ。大して話したこともないのに一緒に帰っても会話なんて盛り上がる訳ないじゃんね。」



「誰も私のことなんか見てない。

どこかの宗教みたいだと思わない?」


その一言を聞いた瞬間、僕は羨ましいと思ってしまった自分を恥じる。

僕がその時何を言おうとしたのか分からないが、それを遮るように、息咳切ったように、彼女は続ける。



「私は私よりも好きな物がある人が好きなんだよね。最初から好感度MAXで来られてもこっちが困るって。」


「自分自身でも、煙草でも、お酒でも、なんでもいいから私よりも好きな物があって欲しいんだよね。

なんでもかんでも私が第一優先なんて私が疲れるだけだっての。」


「それに、その方が作られた私じゃない、

本物の私を見てくれてる気がするんだよ。」


「私にはさほど大事にする価値もないんだって

気づいてくれてる気がして。」


「気休めなのはわかってるんだけどね〜」



息を飲み、静かに、筋が通っているようなそうでないような、不思議な気持ちになりながら彼女の言葉を飲み干す。その果てに、つくづく僕とは違う世界の人なんだなと、悲しい気持ちになる。






「だから君が羨ましいよ。今日君を廊下で見かけたよ?友達との間に、積み上げた信頼ってものを傍から見ただけでも確かに感じる。信頼されて、信頼してて、対等で有れて。すごく羨ましい。」



そんなの普通ですよ。大した事じゃないです。


ふとそんなテンプレートの言葉が頭によぎり、言ってはいけないと理解し口を閉ざす。



「私は私から自信もって対等だって言える人なんて居ないもん。

みんな私から滲み出してるブランドみたいな何かを啜りに来てるようにしか見えないの。」



僕は、とにかく彼女になにか言ってあげなければならないと口を開く。

「なんでそれを周りの人に伝えたりしないんですか?」


「君は周りの人をわざわざ不幸にしたいの?」

珍しい彼女の鋭い語気に毛が逆立ち、

刹那、選択を誤ったと後悔する。


「黙ってればみんな幸せなんだからそうするしかないじゃん。」


「頭に浮かんでも言わない方がいいことは黙っておく。誰でもやってることでしょ?」


まさに先程僕もやったと言われて初めて自覚する。




暫時の沈黙が場を襲う。



沈黙の最中、僕は彼女の言ったことをこう解釈する。

彼女は彼女自身のせいで、誰でも彼でも常に最初から友好的に接されて来た。そのせいで、「親しさの積み重ね」が理解出来ないのだろう。と。


人の心は簡単に手に入っても、

人と親密になる達成感を知らない。

それはとても不幸なことだ。


僕が僕自身に欠片もない才能や美的センスで悩んでいるのと同じように、

彼女も様々彼女自身に思うところはあるらしい。


だから、他でもない彼女の為に僕だけは本音を言おう。そう静かに決意する。



「…あなたが自分の周りの人に波風立てるのをとても嫌うことはよく理解しました。」


「…うん。」

彼女は特に思い詰めた様子もなく、普段と同じような相槌を打つ。



「けれども僕は、人が人のために行った行動は誰かに気づかれて正当に評価されるべきだと思います。」


「あなたは卑怯だと思います。」


「あなたが周りを不幸にしない為にあなた自身に嘘をつき続けています。

なんであなたがあなたの事を大事にしないんですか。」



「あなたが自身の本音を大切にしないなら周りの人間もあなたの事を大切になんてしないんじゃないですか?」


「闇雲に思ってることを隠し続けて、

いわゆるいい人で在り続けて、

それでもあなたの本音はこびりついたままで、

それをし続けて、

その結果あなたは自分に対してどう思うんですか!?」



「あなたが自分自身に嘘つきだとか卑怯者って思うのは、そう遠くない未来なんじゃないんですか!?」



言ってしまった。

何の解決にもならない、八つ当たりじみたことを言い、後悔に似た感情を胸に秘めながら、彼女の足元を見つめる。





「…じゃあさ。」



「ここで私が君に話すよ。

私が日常で、何を思ったのか。何を感じて、どう嘘をついたのか。

そうしたら私は嘘つきじゃなくて居られるんでしょ?」


「…だからさ、また聞いてよ。」

何故か高ぶる心臓を抑えながら、僕は答える。


「…勿論です。」



彼女はいつも通りの、薄い微笑みを浮かべる。

「…私ね、君とずっとこうなりかったような気がするんだ。」



「…ずっと?」


「…うん。」



この日、僕は初めて、彼女と友達になれた気がした。




6.

それから1週間か暫くの時が過ぎた。


今日とて2人で煙草を吸う関係は続いている。

僕の彼女への気持ちは増すばかりだ。


一方、彼女はと言うと、


「はぁ…今日も本当に疲れた。」

「私はお前らの話のネタ生成器じゃないっての。」


この有様だ。

だんだんと、いや、どんどんと、

彼女がアンニュイになっていってる気がする。


「ね。君もそう思わない?」


そのくらい親しくなったと喜ぶべきか、見たくなかった一面が見えてきたと言うべきか。

こんな彼女も魅力的に見えてしまう

自分の盲目さを恥じる。




「ねぇ。聞いてる?」


「あ、はい?なんの話でしたっけ?」


「やっぱり聞いてなかったんだ。

彼氏欲しいからって私をダシに使うなって話!」


「絶対そんな話してませんでしたよね!?」


「君はどう思うの!?私が居るからって私の話題で男の子と仲良くなる足場にしようっていうみえみえの魂胆!許せるの!?」


「あぁ…やっぱそんな話してた気がします…」

「それは……そうですね…ちょっとしんどいかもですね…」


「でしょ!彼氏作りなら他所でやりなさいよね!」


「人が集まる才能がありすぎると自分が出会いの実を付ける樹みたいになるんですね…」


「ね。本当に煩わしい。」


「前にもそんなこと言ってましたけど、じゃあそんなあなたにとって彼氏って…一体なんなんですか?」


「利害が一致した相手。」


即答だった。

あまりにも簡潔な返答に驚く。


「…冷たいですね。「愛情」とかもっと他に

無いんですか?」


「私は一緒にいて楽しい。相手は私が欲しい。

たったそれだけでしょ。

どう考えても、利害関係の一致じゃない?」


「ほんとに冷たいですねあなた…」


「そうかな?誰でも考えてることだと思うけど。」


「まあいいんじゃないですか?あなたにはあなたなりの考え方があると思いますし。」


「私、それ嫌いだから辞めな。」



「自分には分からないって思考放棄してる。人の価値観はわからないって一蹴して、突っぱねてる感じがする。」


「いいよ。否定してくれて。そっちの方がよっぽど向き合ってくれてる気がする。」


「あなた…そんなこと言う人でしたっけ?」


「あの日君には私がどう思ったか話すって決めたからね。」


「そうですか。でも割と本音でしたよ。一理あるなと僕も思います。」


「そう?」


「ただ言うとすれば、僕の思う恋人っていうのはそんな業務的なものなんかじゃなくて、楽しい時も辛い時も時間を共有して、共に成長できるものだと思いますよ。」


「ふーん…」

「君、彼女いたことあるの?」


「失礼ですね。もちろんありますよ。」


「あそう。意外。」


「本当に失礼ですね?」


「私と初めて話した時本当に人と話慣れて無さそうだったからさ。つい。」


それは世界でたった1人しかいない外れ値を

不幸にも幸運にも引いてしまっただけなのだが、もちろんそんなことは言えるはずもない。


「そっか…君の彼女になった人は幸せ者だろうね。」


「全然かっこつかなくて酷い振られ方しましたけどね。」


「アハハ。想像できる笑。」


「否定するとこですよ…」



一拍置いて、彼女は話し出す。


「後悔してる?」





「…それによって得たものもありますよ。自分の意思で告白したことに後悔はないですから。」



……


「私に好きって言った時もそんなこと考えてたの?」



は!?



「!!それっ…知ってて…!」



「何事も知らないフリした方が円滑にいくよね。」

「君だってそうでしょ?」


確かに自分もそうだった。

彼女が忘れてることを盾にこのまま仲良くなってあわよくばとか色々画策した気がする。


「そろそろ私は帰るよ。またね。」


彼女と別れたあと、彼女が覚えていないと決め込んで奔走する自分を思い出し、

彼女の手のひらの上でピエロのように踊る自分を想像しながら僕は家に帰った。




7.


「最近お前ってなんでそんな不貞腐れた顔してんだ?」


お昼休み、僕の友達は、コンビニ弁当を貪りながら、僕に向かって疑問を投げかける。

僕は母の作った弁当を食べながら、友達に向かって答える。



「ん?俺最近そんな顔してるか?」


「あぁ。俺は悩んでるぞー!是非とも聞いてくれーって顔に書いてあんぞ。」


「どんな面だそれは…」


「んで?どうなんよそこんとこ。」


僕は少し話そうか渋り、決意を固め、話し始める。



「…とある友達が居るんだけどさ。」


「おう。」


「話してるととりあえず理解はできるんだけど、よくよく考えてみると全然共感出来ないことよく話されるんだよ。」

「なんて声かければいいと思う?」


「何?女?」



「そうだけど。」


「おぉ!根暗のお前が!?もっと詳しく聞かせろよ。」


「いや今言ったのが全てだよ。」

「話を聞いてて理解はできるんだけど全然納得出来ないしいまいち共感もできないんだ。

多分根本的に考え方とか性格が合わないんだよな。」


「ハハハハ!お前よくそんな悲しいこと真顔で言えるな!本心言えないなら友達じゃねぇよ!」



「いや合わないって言うのはそういう意味じゃなくて」

「こりゃ彼女できるのも当分先か!」



「まあでもお前そういう小難しいこと考えるの好きそうだもんな!」



「お前もなんでも分かってくれる彼女作ればわかるよ!本当の愛って奴が。」



「あそう!今日部活ないんだけどカラオケでも行かね?あいつらも来るぜ?」



「…悪い。俺は今日予定あるんだ。パスで。」







8.


「多分根本的に勉強以外で考える行為とか分析が苦手な人間ってのは存在するんでしょうね。」


「…何?唐突に。」


放課後、体育館裏でいつも通り煙草を蒸しながら彼女に話す。


「例えば、僕が話をしてて、こっちが真剣に話してる時に唐突にマウントとられて茶化されるとムカつきません?」



「さっきから何を行ってるのか分からない。

分からないってのは状況がね。

それ次第で答えはコロコロ変わると思うよ。」



「ほら話しな〜?今日あったこと。何かあったんでしょ?せっかく君が私に自分のこと話すのなんて初めてなんだから。」



僕はもう逃れられないと、今日昼休みにあったことを洗いざらい話す。








「…えっと〜…とりあえず確認したいんだけど…」


「…もしかしてその話に出てくる友達って、私のこと?」



……



「あー…そういう感じ…」


「だから言いたくなかったんですよ!」

今まであなたの言ってること全部、

全然共感出来なかったって言ってるようなもんじゃないですか!」



「そんなこと気にしてたんだ君は笑


変な所気にするなぁ…」


「私は君にそんな物求めてないよ?」



「でもです。」

「コミュニケーションの基本は共感だと思いませんか?

だから転じてそれが出来ない僕はあなたと話す必然性や意義が無い。とも考えられませんか?」


「んー小難しいなぁ…必然性?…意義?

そんなの必要?」


「共感性は無いよりあった方がいいってことです。」

「別に だからあなたとは話せない とか言うつもりはないです。ただの僕の愚痴です。」



「んー君の愚痴かぁ…嬉しいね…」


彼女は少し考える仕草をすると、話し始める。


「半分正しいと思うけど半分反対。」


「?何がですか?」



「君が人との会話で共感性が必須だと思ってるのは分かったよ。」


「…とりあえず先に今日の君の友達の話ね。」


彼女は薄く笑い、続ける。


「多分君の日中の不満は、

君の友達が、『君の悩みを解決する。』とは他の目的を持って君と話してたから。

それが理由だと思うよ。」



「大方君の友達は彼女との惚気でも話したかったんじゃない?詳しくは分かんないけど。」



「そういう時は自分の欲求も程々に相手もちゃんと持ち上げて話すターンをあげないと。

話すことでお互いが利益を貰う。それが会話の基本じゃない?」



「相手が彼女の話をしたいって言う欲求を満たしていないから

君も相談したいって言う欲求を満たせなかった。わかりやすいでしょ?」



そうか。そんな初歩的なことも僕は出来ていないのか。改めて彼女のコミュ力と言語化能力の高さに関心する。



「それで、もう一回戻って、共感性の話ね。」


「君は私との会話の目的として、

『私に共感すること』を選んだ。



「私の君と話す目的は、」


『私の知らない私に気づくこと。』



「半分正しいと思うけど半分反対。っていうのはそういう意味ね。

君の目的は会話の中の半分。私の目的も半分。」



「そうやって会話は成り立ってる。」


「私は今まで、人前で愚痴れるなんて思ってなかった。」


「必然性も意義も、小難しいことは分からないけど、会話の半分、私の目的に関しては君は全部、果たしてくれているよ。」


「これは私と話す理由にはならないのかな?」



「『お互いの目的…』ですか。」


「あなたは僕に新しい視点をくれますね。」


彼女は満足そうな顔をする。


「…というかこんなに長話してていいの?今日用事あるからカラオケ断ったんでしょ?」


「えっと…あれは言葉の綾というか…平たく言うと拗ねたというか…」


「え?」





「…用事なんてないってこと?」


僕は静かに頷く。


「ただ友達にムカついたから断ったってこと?」


僕は静かに頷く。



「…呆れた笑…君って子供だねぇ…」


僕は目を逸らすしかない。


「じゃあさ」



「今から予定作らない?」



その言葉を投げかけられた瞬間、


長い準備運動が終わり、今日が始まる。

そんな予感がした。





9.

2人は電車に揺られ、街に出る。


彼女の背中を見つめながら、僕達は歩き、

そこに着く頃には19時を回っていた。


「これは…ライブハウス…ってやつですか?」


「うん。私の好きな所。家が近いからよく来るんだ。」


「んーと今日は…うん。静かに座って聞ける感じだから初めての君でも楽しめると思うよ?」


彼女はスケジュール表のようなチラシを見ながら言った。


「今更になるけど、一緒に聞いていかない?」


「電車まで乗せといて今それ言うんですか…」



僕は階段を下り、ライブハウスに足を踏み入れる。

扉を開いた先は、人はまばらで、決して盛り上がっているとは言えないのにも関わらず、

くぐもったような、人の熱気の匂いがした。



飲み物を飲みながら、ジャズのリズムに揺られる。

途中、彼女は粒立った泡立つ黄金色の液体を美味しそうに喉に流し込んでいた気がするが、僕の勘違いだということにする。



ここにいる彼女はとても楽しそうだった。

見ている僕が少し狂気を感じるほど積極的に常連客に話しかけるし、

ライブハウスのマスターとも随分親しそうだった。


彼女が常連客に、いわゆる「ダル絡み」している途中、マスターが僕の元に来た。


そして、

「君はあの子の彼氏か」

そう聞いてきた。

僕は今まで女の子に振られ続けてきた俺を舐めるなよと思い、懇切丁寧に否定してやった。


すると彼はとても満足そうな顔をすると、

「今後とも、あまねちゃんをよろしく頼むよ。」

そう言うと、サービスだと言い、アイスティーを僕の目の前に置いて去っていった。


これほどまでに心理的に嬉しくないサービスも初めてだった。



ライブが終了し、ライブハウスが閉店時間となり外に出ると、強い雨が降っていた。



「君、傘持ってる?」


「持ってません。」

「一応聞きますけど、傘もってます?」


「持ってないね。」


僕達は顔を見合わせ、双方の覚悟を確認すると、土砂降りの中、駅に向かって走り始めた。



僕も彼女も、空模様とは裏腹に、晴れやかな笑顔をしていた。



10.

雨でずぶ濡れになりながら、駅前の高架下に2人でなだれ込む。



「はぁ〜最悪。傘持ってくれば良かった。」

彼女は頬を赤らめ、笑顔でそう言う。


「煙草濡れちゃったかな」


そう言いながら、彼女は人差し指と中指を口に近づけ、僕に煙草を吸うジェスチャーをする。


頭からずぶ濡れの学生と、

頭からずぶ濡れでほろ酔いの女学生は、

お互い濡れた箱の中から、

すっかり湿気ってしまった煙草を出し、

火を付ける。

「「うん。」」


「不味いね。」

「不味いですね。」


いつもとは違う、深みの無い、やけに甘くて苦い味がした。


「湿気ってるとこんな味するんですね。」



「…必要な有害成分が全部抜けてる味がする。」


「…言い得て妙ですね。」



「こんなんじゃ寿命が伸びちゃうよ。」


「…どうせ煙草なんて無くても早死にしますよ。

あなたはきっと。」


「じゃあ私の方が先に死んだら葬式来てよね!」


「もちろん喫煙可ですよね?」


「もちろん!

線香なんていらないから

煙草でも供えといて〜!」



その時が来るまで、こんなちっぽけなケラケラと笑い合う日々が続けば良いのに。

僕は、いつもよりも柔らかな彼女の薄い笑顔を捉えながら、

甘ったるくて苦い、

まるでビターチョコレートのような

湿った煙草を吸いながら、

心の底からそう思うのだった。





11.


「私たちは今日、放課後まっすぐ家に帰った。いいね?」


「勿論です。

決してライブハウスなんて来てません。」


「ん。よろしい。」



彼女は一口煙草を吸う。



「…これで君も共犯だね。」



「噂になるのは面倒ですもんね。」



彼女はニヤリと満足そうな顔をすると、最後に深く煙草を吸い、火を消す。


「私は帰るよ。また明日。」



「はい。また放課後。」



雨は少し小降りになり、彼女は外に走り出して行った。





彼女が道の端に投げ捨てた濡れた吸殻を

灰皿に投げ込むと、また雨が本降りにならないうちに、僕は改札へと向かった。





その時に、なぜ僕は全く気づかなかったのだろう。


彼女と共に駅に向かうということは、それだけ人の目に触れるという意味であることに。




12.


朝、学校に登校すると早々に、僕の友達が僕に近寄ってきた。




「お前、昨日駅前居た?」



僕は全身の毛が逆立つのを感じる。

「……なんで?」



「昨日俺らカラオケ行くって行ったろ?俺は友達じゃねぇんだけどあとから合流した奴がお前とあまねさんが歩いてるの見たらしくてよ。」



「お前、噂になってんぞ。」



逆立った全身の毛が

危険信号を発し続ける心臓によって、全身から血の気が引いて行くのを感じる。

「それ」は彼女の最も嫌うことだ。



「お前の昨日言ってた友達ってのも、もしかしてあまねさんの



「違う!」


自分でも驚く、大きな声が出た。


教室の視線が一斉に僕に向く。



「……悪い…」


僕は教室を後にし、体育館裏に向かったが、当然の如く彼女は居なかった。


連絡先を交換しなかったことをこれほど悔やんだ時も無い。



僕は悶々とした気持ちのまま教室に戻ろうと歩き始めた。



廊下を歩く最中、すれ違う人々の僕への視線に気づく。



こんな気持ちだったのか。

自分が噂の対象になって、やっと彼女に共感出来た気がする。



廊下に居ようと教室に居ようと、気が抜けない。


周囲の会話が全て自分について話しているように感じられて、少しの視線にも過敏になる。


一挙手一投足を精査されているような、まるで商品としてショーケースに入れられたような気分だった。



きっとその時の僕は酷い顔をしていただろう。

昼食の時も、休み時間も、僕に話しかける者は居なかった。



なんの意味もない担任の話が終わり、放課後が始まる。

下校を始める人混みを抜け、

僕は教室を飛び出した。



ただとにかく、彼女に会いたかった。







13.


「噂になっちゃいました。

本当にすみません。」


僕は彼女に深々と頭を下げる


「全て僕のせいです。」




「なんで?元はと言えば私が誘ったんじゃん。」


「謝る必要無いよ。むしろ君、怒っていいんだよ?

私のせいで噂の標的にされて。」



後悔に駆られる僕とは裏腹に、彼女は何も無かったかのように、普段通りの態度だ。



「失礼な人たちだと思わない?

確証も無い癖に強引に誘われたとかなにかされなかったとか私に聞いてくるの。」


「確証もないのにあんな陰キャやめとけだのなんだのって。本当に失礼。」


「よく言うよ。

あの人たちは君のこと何も分かっちゃいない。」


よく言うよな。

君は僕のことを何も分かっちゃいない。

最低なことに僕はこの騒ぎに微かな悦びを感じているんだ。


「噂になっちゃったしもう一緒に何処かいくのはやめとこ?」



僕は少し躊躇する。



「…それはいいですけど、僕は楽しかったし全然噂なんて気にしてないですよ。」


嘘だ。僕は嘘をついた。

噂の対象になる時間は耐え難いものだった。


「そう。ありがと。」

「けど私はこの時間がなくなっちゃう方が嫌かな。」


「そうですか。…なら仕方ないです。」








失礼かもしれないが言おう。そう決めた。


「でもこの騒ぎ、

僕はちょっと嬉しかったりします。」


「?なんで?」


「いつまで経ってもあなたの悩みは僕からしたら話に聞くだけの世界でしたから。」



「やっと、わかってあげられた気がしますよ。

友達が自分のこと見てないって。」













「あいや、ち…違いますよ。

あなたの普段がこんな1回の経験で全て測れるなんて全然思ってませんから。」


「あなたの悩みに共感したことなんてなかったんです。今まで。」

「だから今嬉しいですよ。僕は。」



「君ってさ、ちょっと湿っぽいよね。」



ちょっとかっこいいこと言えたと自分で思ったのだが、さほど刺さってなさそうな彼女に辟易する。



「君全然目合わせてくれないね。チラチラ見るのも別にいいけど話す時は相手の目をみるものだよ。」



「そういう嬉しいこと言う時は。」




「ありがとうね。」




「朝学校に来た時噂になってた時は怖くてしょうが無かったけど、君のおかげでちょっと心配じゃ無くなった気がする。」





その時、僕はやっと気づく。

なんて馬鹿な勘違いだ。



彼女も普通の人間なんだ。

たまたま可愛く生まれてしまった、普通の女の子。



特別な才能はあっても、

特別な人間など存在しない。



そう思ったとき、僕の体は勝手に動いていて、

彼女の目をはっきりと見据えると、



「どういたしまして。」


そう言うのだった。




14.

定期テスト、受験に就職。焦燥に駆られる僕たちの意志とは裏腹に、日々は巡る。


友達と横に並びながら、廊下の半分を占拠し、音楽室を目指しながら歩みを進める。


対岸から、彼女が人混みを連れながら、

太陽のような見慣れない笑顔で、会話に興じながら歩いてくる。

対して僕も、彼女が近づいているにも関わらず、脇目も振らずに廊下の先を見据えながら、隣の友人との会話に興じ、雑踏の脇をすり抜ける。



放課後、下駄箱で靴を履き替える。

体育館の入口をすり抜け、

アップを始めた運動部を横目に角を曲がる。



彼女は、そこに居る。


僕はポケットをまさぐりながら近づく。

彼女はいつも通りの、廊下で見かける顔とは似ても似つかない、疲れ切った、薄い笑顔を浮かべる。


多分、この関係は長くは続かないんだろう。


僕の理性が事切れるか、はたまた実を結ぶのか。

それともそれ以外の結末かもしれない。


結局、どれだけ話して、共感しても、

隣の芝はいつまでも青いままらしい。


僕は君の背中をさすってはあげられない。

君は僕の背中を押してはくれない。

だから。話してみよう。

この関係がいつか、終わるまでは。


たまたま、生きる場所が違った。

たったそれだけの差異だから。

たかだか煙草3本分の間柄。

ただの共犯者への、些末な愛だから。


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