006 確定的事件と流動的事件
「それで、お兄ちゃんはこれからどうしたいの」
なんとか、服を着てもらい、目をそらさないで、
話せるようになったアラタに、ホタルが問いかける。
「すまないが、やりたいことがあるから、33歳までは、
ベガ星に一緒に行くことも、遺伝子変換をして、
ホタルと結婚することも出来ないんだ」
最初は、体がしびれていて、されるがままのアラタだったが、
理性の枠が外れて、後半に動けるようになると、自分から積極的にルナ、
ホタル、マーレを抱いてしまったのだ。
((実はそれは、ルナ達が入力した、架空の記憶なのだが、
アラタは知らなかった。))
しかもホタルは、実の妹である。これは、ルナ達に頼んで、
他人になるように遺伝子を変換してもらい、
結婚するしかないだろうと考えていた。
(その前に、両親にどう説明するか・・)
アラタの父親の日本仁は医者で、
頼まれると断れない性格であった。
そのため、盛岡の医者の友人が、療養中の間、
自分の病院を見て欲しいと頼まれて、
この3月から、看護師の資格を持つ妻の日本愛と共に、
長期出張に出ているのだった。
「それって、お兄ちゃんの尊敬する、坂本龍馬さんが、33歳で亡くなったから?
それと、やりたい事ってボランティアで出会ったツトムくんの為に
『ロボット電車』を創ること?」
幕末に土佐藩を脱藩した坂本龍馬は、日本初の商社「海援隊」をつくり、
それを使って犬猿の仲だった薩摩と長州に同盟を組ませるなど、
新しい日本を創るために奔走し、徳川慶喜が政権を朝廷に返納する、
大政奉還を宣言した1867年の11月15日、奇しくも33歳の誕生日の日に
天命を終えたら、天に引き上げられたように、暗殺されたのだった。
その事に触発されて、いつしかアラタも、33歳までには、
事をなしたいと考えるようになっていたのだ。
「うん、龍馬さんのように大仕事が出来るとは思っていないけど、
ツトム達のような子供も、自由に移動出来る乗り物を創りたい、
その礎になりたいんだ・・」
「そっか、なら私もお手伝いするよ。実は3年のコース選択、
理系コースにしたんだ、今のところは、何とか理解してるけど、
数Ⅲで、解らない所が出てきたら教えてね。
志望校はお兄ちゃんと同じ所にしようかな。
それと、お兄ちゃんの事だから、きっと昨夜の事で、責任を取って、
ルナ姉さんに頼んで、遺伝子変換でもして、私と結婚しなきゃとか、
考えてるでしょう?
でも、そんな事しなくてもいいからね!
そりゃ、お兄ちゃんの側に居たいけど、
自分から仕掛けた事だし、その、私にとっては記念みたいなものだから・・」
(ゴメンなさいお兄ちゃん、全部架空の記憶なんだよ)ホタルは心の中で
謝りながら、アラタを励ました。
「お、おう、そうなのか・・・。まあ、GWに両親に顔を見せに行ったときに、
俺から話すよ。だから、ホタルは心配するな。それと、数学は苦手だったが、
俺で解るところは教えるよ」妹から仕掛けられたとは言え、
実の妹に手を出してしまったのは事実で、その罪悪感から、
どう接していいのか解らず戸惑っていたアラタを、許容するような言葉に、
安堵し、GWの時に両親に話をするまでは、
今まで通りの態度を取ることに決めたアラタだった。
「オッホン、では私たちも協力しましょう」と、
互いを気遣う、兄妹の会話に、少し焼き餅を焼いたルナが参入してくる。
「え、でも精子は渡したし、これ以上ルナさん達に迷惑をかけるのは」
「迷惑だなんて、それにツトムさん達の事で、ロボ電を創ろうと頑張っている
アラタさんを放ってはいられませんわ」
「えっと、ツトムの事って、ルナさん達に話したことあったっけ?」
「そ、それは・・」
「ベガの科学力では、これぐらいの情報収集は簡単にできるんですよ」と、
のぞき見していたのがバレそうになった所を、マーレが上手く誤魔化しながら、
「アラタさまの、ロボット電車の発想は、素晴らしいと思うのですが、
ロボ電には、欠点があります。
ここを改善しないで、このまま、事業化しても、おそらく失敗するでしょう。
アラタさまも気づいていらっしゃいますよね」と話を振った。
「え、欠点なんてあるの?1人から、家族やグループ単位で乗れて、
しかも乗り換え無しで目的地の最寄りの駅まで運んでくれた上に、
トイレも付いてるんでしょう?これの、どこに欠点が?」
「輸送密度の事か?」アラタの返答にマーレが頷く
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「輸送密度って何?」よく分かっていないホタルにアラタが説明をする。
「ホタル、首都高速道路は、片側2車線だから、よく混んでるけど、
3車線もある東北や関越自動車道、それに一部では4車線化している
東名高速道路なんかでも、度々渋滞を起こっているだろう?
その原因は何だと思う?
だって2車線でも、鉄道なら複々線、3車線なら、複々々線にあたるんだ、
これだけ路線があれば、鉄道なら余裕で捌けるはずなんだよ」
「それが、輸送密度の違いって事?」
「そう、もう少し具体的に言うと、電車は長さが約20m程の車両に
満員なら130人位が乗れて、それが、10両とか15両編成で走っているから、
1300人~1800人ぐらいを一度に運んでいるんだ。
それに対して、車が高速道路を走る場合、車間距離を前後に50m取ると、
100mの間に3台、もう少し車間距離を詰めても、あと1台か2台しか走れない。
1台に1人~5人が乗っていたとすると3人~25人位しか運べないんだ。
もちろん電車は、最短でも2分の間隔を開けるから、
もう少し輸送密度は下がるけど、それでも、車より、
10倍以上の輸送密度があるんだよ」
「そうなんだ。電車ってそんなに輸送効率がいいだ!
あれ?じゃあ今のままで、『ロボ電』に変えちゃうと・・」
「そう、高速道路のように大渋滞を引き起こしてしまう可能性が大きいんだ。
だから、田舎の鉄道で、一時間に1本ぐらいしか列車が来ない路線ならいいけど、
東京や大阪などの都心部で『ロボ電』を走らせるのは夢物語にしか過ぎないんだ・・」
「そんな・・。じゃあAIを搭載させて、車間距離を随時計算して、
1m位に詰めればどう?」
「以前、山手線でホタルが言うように、車間距離を1mの詰めた
『ロボ電』を走らせる、シミュレーションをしてみたんだけど、
それでも最低で片側5線、上下線で10線が必要だって言う結果が出たんだよ」
「そんな・・でも、それじゃあ、これ以上線路を増やすのはムリだし、
どうすれば・・」
「そこで、私たちからの提案なのですが、過去に一旦、戻って、
そこでその路線を計画している人たちに会って説得して、
最初から都心部の線路を増やして建設して貰うのです」
「タイムトラベルが出来るのは、昨日の夜に聞いたけど、それで昔に戻って、
建設関係者を説得するってムリじゃないかな、
あ、もしかして相手の心をいじくるのか」
「だから、昨晩も説明しましたが、心をいじくるのでは、ありません。
その人が持っている『思い』を『念い』に強めて、背中を押してあげるだけなのです」
「『思い』を『念い』に強める?」
「ええ、元々、神様は、念いの力を使って、この宇宙も、恒星や惑星も、
そして各星で、その星に適した、動植物や、人類を創られたのです。
そして、神様に創られた我々もまた神様と同じ能力を有しているのです。
きっと、過去に、その場所に鉄道を通そうと思った人達には、
理想型があったはずです。
でも、資金や工期などの問題で、妥協した結果、
今の形になっていると思うのです」
「なるほど、でも今、話してくれた事を実行すると、
歴史が変わってしまうんじゃないかな?」
「いえ、これぐらいなら変わらないんですよ。
ベガでは、数千年前にタイムマシンが発明されて、いろいろな問題が起り、
変化した歴史を修復していく過程で、人を殺めず、心を変化させるぐらいなら、
大きな歴史は変わらないことが検証されたんです」
その後のマーレ達の説明によると、物事には、「確定的事件」と
「流動的事件」があり、「確定的事件」の間を「流動的事件」を挟みながら、
幾つかの時の道が繋いでいるのだそうだ。
なので、「流動的事件」を変化させながら進むなら、結局、どの道を通っても、
次の「確定的事件」に行けるのだそうだ。
「なら、昨日に戻って、ルナ達やホタルとの関係を無かった事にできるのか」
「まあ、あれは、架空の記憶・・」ルナが冷静に応えようとすると
「出来ませんは、あれは「確定的事件」です」と言うマーレ
「お兄ちゃん、私との関係を無かった事にするなんて・・」と
泣き(マネ)出すホタルの様子を見てそれ以上、何も言えなくなってしまうのだ。
「それに、もう一つ、今の時の道を変えたい理由があるのです。
それは、アラタさまが2年後に事故に巻き込まれて亡くなってしまう事ですわ」
「え、俺、死んじゃうのか・・・」
自分が死ぬと言うのに、アラタの答えは、どこかのんきそうだった。