034 NR西日本の懇願 新大阪駅編
お久しぶりです。仕事が落ち着いてきたので、少しずつ書き始めました。
「ぬあー、どうして私鉄ばっかりなんじゃ!
儂らはNR東海さんやNR東さんに比べて、
ドル箱路線が少ないんや、これで関西の競争相手の私鉄さんが
強くなったら、儂らは、これからどうすればいいんじゃ!」
嘆く横山社長の横で、西川常務は、
(内心「うちらも、一応私鉄になりましたよ。いつまで国鉄のつもりなの」
と思いながら)
「いやでも社長、東海道新幹線や新東海道新幹線では、『こだま』専用の
路線まで創ってもらえましたし、北陸新幹線も湖西線の改良も加えて、
複々線で、新大阪まで創ってもらっていますし、
(湖西線は320km走行ができるように路線改良された上、
複々々線の6線の内4線が新幹線用になっている)
山陽新幹線も、複々々線に増線してもらってまっせ。
極めつけは、関西本線の改革と、天王寺経由の四国新幹線の建設ですよ、
あれで阪和線も複々線(貨物線を入れれば6線)にしてもらってますし、
ほんまにルナさまには、世話になりっぱなしでっせ」
「そやかて、ツールド・KANNSAI・HSは、うちら蚊帳の外やんか」
「いや、HSはそうですけど、WSの方は、小浜線の敦賀から、
舞鶴線の西舞鶴まで、増線高架改良してもらってまっせ、
おかげで舞鶴管轄の収支が10年ぶりに黒字になったって、
経理部長が泣いて喜んでいましたよ」
「なあ、西川、うちらは、NR西日本やど、関西だけが、管轄やないんや!
岡山や広島なんかの山陽地区も、鳥取や島根の山陰地区も、ぜーんぶ面倒見んと、
いかんのじゃ、これらも改革して貰わんと、いかんやろ」
(それは、いつもワイが言ってるセリフですよ)と思いながらも
「確かに、そうでんな、そう言えば、関東のほうでは、高校生達が、
ネットに願いごとを書き込んだら、改革してくれたっていう話が、
流れてましたわ」
「そ、それや西川!確か、お前んとこの娘、高校生やったな、
すぐにそのネットに書き込ませろ」
「確かに去年高校生になりましたが、今、元妻の実家のアメリカにいますよ」
「ああ、そうやった、浮気がバレて、ヘレンさんアメリカに
帰ってしもたんやったな。
何や、娘のメグちゃんもアメリカについて行ってしまったんかいな」
(こいつ、知ってるクセに!と思いながら)
「・・・うちの社員で、高校生のご子息がいらっしゃる人達に、
ネットに書き込んで貰えないか、お願いしてみますわ」
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<< NRの横山社長と西川常務の漫才のような会話の少し前 >>
アラタ達は、『ツールド・KANNSAI・WS』の路線の視察を終えて、
東京に帰るため、新大阪駅にいた。
そして、27番線のホームに上がってきたのだが、
「 「 「 あ、あつい!」 」 」と女性陣が悲鳴を上げた。
新大阪駅のホームは、大阪駅や新しく生まれ変わった東京駅のように、
大屋根に覆われていないため、あまりエアコンが効いていなくて、
今日は5月だというのに真夏日だったので、うだるような暑さだった。
「それに、トイレが一ヶ所しか、無いなんて、もう新大阪駅
ダメダメですよ!」
特に女性トイレの混雑が凄くて、仕方なく新幹線に乗ってからにしようと
早めにホームに上がってきたのだが、少ないベンチはギュウギュウで、
猛烈な暑さの中で、予約した、新幹線が来るのを立って待っているのだが、
女性陣の新大阪駅に対する評価が、すこぶる悪かった。
「改良するしかないか・・・」アラタの呟きに女性陣が大きく頷いた。
もともと、新幹線の元となる戦前の弾丸列車構想の段階で、
当時の大陸との玄関口であった下関まで、路線を延ばす計画であった。
最初の計画では、新幹線も淀川を渡って大阪駅に入る予定だったのだが、
戦後になり、新幹線の建設費の一部を世界銀行から借りる計画の中で、
少しでも建設費を削減するために、2回も淀川を渡らなくてよくて、
その分、橋の建設費が浮き、当時は、田んぼだらけだった、ところに
建設されたのが、新大阪駅だったのだ。
その新大阪駅は開業当初で、東側に5面10線の京都―大阪間の在来線が走り、
西側に大阪メトロ御堂筋線に挟まれた全長400m近い4階建ての5面8線
(最初は3面6線だったが、増線された)の巨大ターミナル駅だった。
それでも開業当時は余裕のキャパシティだったのだが、近年は増え続ける
乗降客のため、常に混雑するようになり、特にトイレは1ヶ所しかなく、
女性陣の不評を買うほど、常時混雑していたのだった。
そんな新大阪駅が、ある夜、光に包まれたのだった。
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夜が開けると、すでに以前の阪急電車の改革で、京都線が新大阪の地下2階に
2面4線で乗り入れるようになっていて、西側の大阪メトロ御堂筋線も
地下に複々線の2面4線に変更されている新大阪駅が、さらに改革されていたのだ。
まず、大阪メトロ四つ橋線が、南海、近鉄と相互乗り入れをしながら、
地下の阪急電車のホームの隣に3面6線で乗り入れていた。
そして新幹線ホームで目に付くのが、北陸新幹線が複々線で入ってくる関係で、
3階の5面8線のホームが、7面14線に拡張されていた事だった。
また、個々のホーム幅も15mに広がっていて、エスカレーターや階段が
ある場所でも、余裕で脇を通り抜けられるようになっていた。
3階ホームの増幅にあわせて、2階のコンコース空間も大幅に増加していて、
不評だったトイレは、4ヶ所に増え、特に女性の待ち時間が改善されていた。
さらには、新たに4、5、6、7階が増築されていて、4階には
グリーン車やVIP用専用の待合室が出来上がっていた。
また5階には、新宿のバスタのようなバスターミナル施設と、
まだ出来てはいないが、将来的にロボ電が発着できるような
スペースが設けられていた。
さらに6階、7階には駐車場と、皇族や諸外国のVIPが、
リムジンから直接エレベーターで4階のVIPルームに入れるような
施設が出来上がっていた。
以前の新大阪駅の番線で言うと、1~10番線は在来線がそのまま使用し、
新幹線は、20番線から割り振られており、20,21番線が接するホームが
東海道・山陽新幹線の『こだま』専用に。
22、23番線用ホームが同じく東海道・山陽新幹線の『ひかり』専用に。
24,25番線用ホームが同じく東海道・山陽新幹線の『のぞみ』専用に。
26、27番線用ホームが山陽新幹線の岡山回りの四国新幹線の発着用に。
28,29番線用ホームが山陽新幹線の相生から鳥取へ向かう
山陰新幹線の発着用になっていた。
(相生からは智頭急行線に入り、電化複線の標準軌に変更された路線を、
200km走行しながら鳥取に向かっていた)
そして30、31番線用ホームが北陸新幹線の各駅タイプの『はくたか』専用で。
32、33番線用ホームが北陸新幹線の快速タイプの『かがやき』専用になっていた。
京都方面の路線は東海道新幹線が6線と北陸新幹線が4線の計10線にもなり、
東京―上野間の12線に次いで、多数の新幹線が並行して走る区間になり、
鉄道マニアには、格好の撮影スポットになっていた。
山陽新幹線も、岡山回りの四国新幹線が分離する岡山までは、複々々線の6線に
なっていて、それ以後も複々線の4線で博多に向かっていた。
また、京都方面の新幹線の路線は3階建てで、2階の部分には、貨物用の路線が
標準軌で4線、ロボ電用の線路が4線設置されていて、
ロボ電用の駅が1km置きに設置されていた。
(地下には、四つ橋線と今里筋線が南高槻まで、伸びている)
山陽新幹線は、2階部分に加島から猪名寺辺りまでは、福知山線が走り、
そこからも枝線が甲東園辺りまで伸びていた。
そして、新大阪駅周辺も同時に再開発されたようで、
千葉の幕張メッセのような巨大展示場や、
埼玉アリーナのような巨大イベントホールと、
500~2000人規模の中小ホールが多数存在しており、
交通の利便性も相まって、多数のイベントやコンサートが
行われるようになっていくのだった。
「うおー、やったで!やっぱり儂の日頃の行いがいいから、
ルナさんが、儂の願いを聞いてくれはったんや」
横山社長は、西川専務の娘に頼んだこともスッカリわすれ、
この増設に大喜びで、しかも自分の手柄のように言いふらしていた。
「はいはい、そうですな」横山社長が子供のように喜ぶ姿に、
内心、(俺がわざわざアメリカの娘に頼んだのに)と思いながらも、
(確かにこれはありがたい)と、一緒に喜ぶ西川専務だった。
最近、仕事で毎月、新大阪駅を利用しています。トイレが1ヶ所しかなく、男性用でも
かなり混んでいるので、女性は本当に大変だろうなと思い、新幹線内で、書いてみました。




