026 悲願の四国新幹線誕生とNR貨物の復権
東京駅や東海道新幹線が光に包まれた時、同じく光に包まれて、
名古屋から分岐して新たに新幹線が出来ていた。
しかも、その新幹線の名古屋までの所属と、名古屋から東京までの
『のぞみ』用の複々線の複線部分が、NR西日本になっていたから、
混乱が起った。
そこで、両社の話し合いの結果、現在の東海道新幹線の『こだま』部分と
天王寺―名古屋間に出来た新たな新幹線の『こだま』部分は、
NR西日本が運営し、『ひかり』(新新幹線には、『ひかり』は無い)や
『のぞみ』はNR東海が運用する事になった。
後にNR西日本は、オール2階建ての車両を造り、1階は全て個室の指定席、
2階は全て自由席で、ス○バやド○ールなどの大手カフェチェーンと提携した、
カフェのような車両にして、1駅区間でも乗車すれば、1杯は無料(1階の
個室利用者も)というサービスを打ち出し、大好評になった。
そして、第2東海道新幹線とも呼ぶべき、新しくできた路線は、途中から
関西本線に沿うように、伊賀上野や奈良を経由して天王寺駅に到着するのだが、
それで終わりではなかったのだ。
なんと天王寺駅から、大阪環状線の寺田町方面に向かう線路も出来ていて、
天王寺に到着した列車は、その路線にバックして向かいそこから、
これも新たにできている阪和線6線(2線は貨物専用に改革されていた)への
ショートカット路線を通って、増線された阪和線の上の新幹線専用路線を複々線で
和歌山方面へ向かえるようになっていたのだ。
(もちろん、天王寺止まりの列車は、引き揚げ線に入り、車内清掃されて
再び入線した後、始発列車として出発していく)
そして阪和線の上を走る新幹線は、大阪府の南の阪南市辺りから
和歌山県の加太に向かい、加太から、淡路島の洲本まで、
複々線の海底トンネルで繋がっていたのだった。
加太には、新青函トンネルのように車を乗せられるホームが出来ていて、
複々線のうちの2線は、貨物や車も運べるようになっていた。
淡路島から鳴門に向かう路線も、橋ではなく、海底トンネルで結ばれていて、
車を乗せるホームのある駅も、加太、洲本、南淡、鳴門に出来ていた。
そして、四国に渡った複々線(本当は6線だが、2線は貨物専用)の
四国新幹線は、松茂駅から、吉野川市に斜めにショートカットして、
山形や秋田新幹線と同様に徳島線を高速運転できるように
改善された路線で吉野川の上流の三好まで伸びていた。
また松茂駅からは、高松・坂出・丸亀に向かう高松新幹線
(高徳線も、複々線化と路線の改良がなされていた)と、
徳島駅に向かう徳島新幹線(こちらも複々線化と改良済み)も
分岐していて、それぞれ3両編成の車両に分かれて、
走れるようになっていた。
一方、三好駅からも線形が改良されて複々線化された土讃線に
高知新幹線の3両編成が走れるようになっていた。
そして、残りの6両が三好駅から伊予三島駅まで、
新たな引かれた路線(複々線)を走って、そこからも改善された
複々線の予讃を走れるようになっていた。
その路線は、西条市の伊予小松駅を過ぎた辺りからまた分岐して
新線が出来ていて(ここも複々線)、東温市から松山駅に至る、
松山新幹線と、そのまま、今治駅に向かう、今治新幹線
(こちらも複々線)の2つに分れるようになっていた。
逆に松山や今治から関西方面に向かう列車を俯瞰して見ると、
グリーン車を真ん中に指定席と自由席車両が繋がる3両編成の
新幹線がそれぞれ、松山駅と今治駅を出発して、
伊予小松駅で連結されて進むようになっていた。
そして三好駅では、高知から来た3両編成が追加で連結されて進み、
松茂駅でさらに、高松から来た3両編成と、徳島から来た3両編成が
連結されて、合計15両の大編成になって、淡路島に向かう形になっていた。
それぞれの駅で、約5分ずつの連結時間が生じる計算になるが、
線形が改良され、一部高架化されて、全ての踏切が撤去された路線を
300kmで走れるようになったため、トータルの都市間の移動時間が
3分の1に短縮されたようだ。
また、瀬戸大橋を走る、路線も複々線の新幹線幅(1435mm)に
増線改良されていて、丸亀と、高松からは、山陽新幹線の岡山駅に
向かう新幹線も出来ていた。
また、それ以外の路線、例えば松山から宇和島に向かう予讃線の残りの部分や、
高知から、四万十に向かう路線も複々線化(本当は6線だが、2線は貨物専用)と
踏切撤去のための一部高架化や、曲線暖和のための改良工事が済んでいた。
つまり、赤字に転落寸前で、もう一度国有化か?と噂されていたNR四国が、
航空機と十分に戦える武器を手に入れたことで、NR四国の社員はもとより、
四国全体が衰退していくことに危機感を覚えていた、地元の財界人の間でも、
弘法大師『空海』さまと並んで、ルナさまの名声が高まったのだった。
**********************************
NR貨物の戦略推進部の平野は、同僚の前島に
「おい、NR西さんとNR四国さんから、さっき連絡が入ったんだが、
紀淡トンネルと鳴門トンネルの複々線のうち、2線は、
うち(NR貨物)専用になっているそうだ。
それと、四国の全線で、うち(NR貨物)専用の路線が複線で
確保されているそうだ」と告げた。
「本当ですか!ウオー、これで、もっと自由にダイヤが組めるぞ!」
NR貨物は、1987年に国鉄が7つに分割民営化されたとき、
貨物輸送の専門部門として、一応全国の路線を走れるように
取り決めがなされたのだが、NR貨物が第一種鉄道事業者となっている路線は
35.3kmしかなく、あとは使用料を払って、貨物列車を運行していた。
しかも、国鉄時代のストの多発による貨物輸送の信用失墜や、
貨物需要の減少で、毎年40億円近い赤字を出し、国鉄清算事業団の基で、
補助金をもらいながら事業を継続している状況で、
株式上場のメドもたっていない、NRグループでは、お荷物の会社だった。
もちろん、何の手も打たなかったのではなく、1992年には、
タンクローリーを輸送するシステムを開始したり(2000年に赤字で全廃)、
1995年には、カーラックコンテナで、自動車を輸送できるようにしたりと、
なんとか黒字化を目指しているのだが、
出血が止まらない状況が長らく続いているのだった。
前島が浮かれていると、運輸部経由で連絡が入った
「え、隅田川駅に見たこともない列車が入ってるって?それは機関車?
わからないってなんだよ、とにかく見に来てほしいって?」
飯田橋のNR貨物本社から、前島たちは、南千住にあるNR貨物専用の
隅田川駅に向かった。
「これは・・・ハイブリッド機関車なのか?」
その全長20m程の車両は、動力部分は7m程で、
残りに12mのフルコンテナを積めるようになっていた。
ディーゼルエンジンで発電し、モーターで動く
いわゆるハイブリッド機動車なのだが、パンタグラフも付いており、
架線のあるところでは、そこから電力を供給をしてもらうことも可能だった。
しかも、AIが搭載されていて、目的地を指示すれば、自動運転で、
荷物を受け取りに行って、配送してくれる機能があるそうだ。
そして、昔の蒸気機関車のターンテーブルのような格納庫に、
このロボット荷物ハイブリッド電車が10台置かれていて、
その格納システムが、20ヶ所、つまりこの隅田川駅だけで、
200台のロボット荷物ハイブリッド電車が配置されていたのだ。
「え、軽油だけで、1000km走れるの?」
「はい、それに軽油が少なくなったら自分で、給油場に向かうようになってます。
それに、この子たち、4m幅の新新幹線規格になっていますから、
4tトラックなら、2台そのまま積めますよ」と軽く言う、技術者の言葉に
「・・・それって、無敵じゃん!」
「たぶん、コンテナ革命に次ぐ、流通革命が起るぞ・・・」
と平野や前島たちが、呟いたとおり、このロボット荷物電車たちの活躍により、
貨物輸送量が急拡大し、NR貨物が黒字化する一方、ライバルのトラック業界からも、
運転手不足の解消に貢献したしたと、賞賛されたのだった。




