017 総武線と成田線の改革?なぜか百里国際空港の話
<< 茨城の霞ヶ浦地域を地盤とする、国会議員○○の事務所 >>
「えっと、君たちは」
「私たちは、霞ヶ浦を汽水湖に戻し、
ウナギ漁を活性化させる会の青年部の者です。
あと、○○先生、今、羽田空港のサブ空港として、
成田に空港を造る話が出ていますよね。
そのサブ空港を霞ヶ浦の埋め立て地に誘致できないかと思ってまして、
そうすれば○○先生を応援してくださっている、
地元の土木・建設企業団体も喜ぶだろうし、その関係で、
運河を建設すれば、汽水湖に戻るので、私たちも嬉しいし、
先生への支持も高まって、ウイン・ウイン・ウインの関係を
築けるのではないかと思っているんです」
「ほう、地元の土木・建設業界も喜ぶと」
「はい、まずこの資料をご覧ください」と、マーレは
(いつ用意したんだよ!とアラタが驚く視線を無視して)
運河や空港の建設費と、そのための建設公債の発行費用、
将来の利用数や運用費用等まで含め、そのまま国会に持って
行けそうな、百里国際空港建設の企画書を差し出した。
「まず鹿島港から、北浦に運河を通しまして、そこから利根川沿いに、
このように霞ヶ浦まで、運河を引きます。
その残土で、このような空港を造ります。
この空港のメリットは、成田案に比べ、騒音被害が少ないことです。
そのため、24時間の開港も可能だということですね。
内海なので、台風等の大波被害も少ないでしょうし、運河を通して、
鹿島で精製された、航空燃料を舟で直接届ける事も出来ます。
逆にデメリットは、成田よりもさらに20kmほど、
東京から遠くなると言う事でしょう。
しかし、そのデメリットは、成田線と総武線を複々々線化して、
さらに下総辺りから、霞ヶ浦に新線を引き、新幹線並みの特急列車を
走らせる事で、解決できると考えています」
「なるほど、そうすればそちらの建設業界の票も・・。
××くん、国土建設大臣と、運輸大臣に面会の予約をしてくれ。
いやしかし、君たちの発想はすごいな」
「いえいえ、これは○○先生が以前、商工会議所で話してくださった
モノを元に作った資料ですから」
「そうだったか、私の話が基になっているのか・・」
「そうです。○○先生のアイデアを形にして、どうか運河を開いて、
空港を造って(霞ヶ浦の汽水湖に戻し、ウナギ漁を活性化させて)
ください」
「わかった。政治生命をかけてこの事業を推進させよう」
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アラタ達が潮干狩りから帰った日の夜、総武線と成田線、
さらに成田線の途中の下総から霞ヶ浦に向かう土地や
霞ヶ浦が光に覆われた。
そして、NR東日本や、百里国際空港会社から、いつもの
ベテラン捜査員の松崎と若手の優秀な捜査員、
富田の所に連絡が入った。
「おう、トミーどうした、また線路が増えたか?」
「ええ、そうなんですが、今回は、霞ヶ浦に運河と空港とそれに
繋がる新線も出来たみたいです」
「はあ、なんじゃそりゃ」
高速を飛ばして霞ヶ浦にやって来た、トミーとマツ捜査員は、
橋の前で騒いでいる、ユーチューバーや報道関係者を横目に、
手帳を示して、空港への連絡橋を渡った。
この空港連絡橋は、関西空港の連絡橋のように鉄道と道路の
併用橋だったが、鉄道は、京成とNRの複々線
(プラス貨物線が2線)になっていた。
埋め立てられた人工島は、5km×5kmのサイコロのような島で、
それが3つあった。
一番手前、連絡橋を渡った直ぐの島が旅客用の人工島みたいで、
管制塔やターミナルビルを囲むように4000m滑走路が2本と
横風用滑走路も2本あり、24時間国際空港としては
十分な設備になっていた。
100m程離れた隣の人工島は、貨物便とプライベート機専用の
空港のようで、こちらも4000m滑走路が2本、横風用が1本あり、
保管倉庫やプライベート機の駐機場はもとより、
飛行機の整備用工場もこちらにあり、橋で渡れるようになっていた。
(貨物用とVIP用の特別列車のために一応複々線のレールが引いてあった)
そして、さらに1km程離れた所には、航空自衛隊の百里基地が移転していた。
こちらも4000m滑走路が2本、横風用滑走路が2本あり、その脇には、
重圧なコンクリートで覆われた、格納庫行きエレベーターが10機ほどあった。
(格納庫は地下にあるようだった)
こちらへの連絡橋は別になっていて、連絡橋の対岸は陸自の
駐屯地になっていた。(おそらく地下トンネルもあると思われる)
さらに、新運河を通って、海上自衛隊の護衛艦も
両岸に接岸できるようになっていた。
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管制塔の近くの『新百里国際空港』の社長室
(一応NR東日本のような民間会社になっていた)にマツ達が、
調べやすいように資料を用意して空港関係者が待機していた。
「どうだ」ベテラン捜査員の松崎が若手の富田に声をかける、
富田は見たモノを瞬時に記憶できる能力と、計算力を持っていて、
小一時間ほどで、ここに用意してあった、
ほぼ全ての資料に目を通していた。
「やはり、当時の○○国会議員を中心に、百里国際空港案が提示されて、
成田案を押しのけてここに建設されたみたいですね。
京葉線の時と同様、正当な手続きを得てますよ」
「うーん、俺の頭の中には、駆け出しの警官時に機動隊の応援部隊として、
成田空港建設反対派の過激派たちと戦った記憶が
二重線で消されてるんだが・・まあ、
正当な手続きで造られているんなら、問題ないか・・」
松崎のこの言葉に、空港関係者はホッとした表情になった。
「しかし、これも神夜月か・・」メッセージカードが、
社長室や、NRの車両に置かれていたとの連絡を受けたのだ。
「何者なんでしょう?」
「さあな、あとで、膨大な請求書が送られて来ないことを願うぜ」
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一方、国際空港が建設されなかった成田は、そのまま競走馬が飼育され、
成田に新しく出現した、成田競馬場で、大活躍する馬が続々と排出され、
一坪地主ならぬ、一口馬主が続出したらしい。
また、数百頭の馬を走らせられ、迫力満点の戦闘シーンが撮れる、
映画のロケ地としても有名になり、数多くの映画が撮影された。
やがて、京都の太秦映画村に対抗する東の成田映画村として
有名になったそうだ。




