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騎士さんって憧れちゃうなぁ!!

ファイセルはオルバの水質チェックの頼みを快諾した。


「ええ、いいですよ。シリルへは2年ぶりの帰省ですし。それはそうとここまで川を泳いで来る途中に水質チェックしながら来ればよかったんじゃないですか?」


少年は素朴な疑問を投げかけた。

すると師匠は大きなため息をついた。


「ほ~ら、そういう事聞くと思った〜。繊細な計測をするにはね、流れに乗っていると出来ないのさ」


そう言うと妖精はコップのふちをカンカンと叩いた。


「それに、このコップみたいな”拠点”がないと難しいんだ。それは後で教えるとして‥‥」


水色の長髪を振り乱して少女のビクシーはクルクルと回った。


「あとは川に繋がっていない湖、池、沼も自力調査はできない。そこの水質もチェックしてきてほしいからね。実は中央部は地図に載ってない湧水とかが多いんだよ」


ファイセルは妖精が気だるそうにしているのに気づいた。

コップの水位が下がっている。


「気づいたかい? このピクシーは液体を消耗しながら活動するんだ。だから水が底をつくと休眠してしまうんだよ。こうやって人の姿をしている時は特に。水をくんでくれるかい?」


少年はうなづいて再び蛇口から水をくみ足した。


「このピクシーは基本的に入っている容器に”む”んだ。頑丈な人造人間ホムンクルス育成用のビンとかを用意するといいよ」


そのビンはファイセルのカリキュラムでは縁のない代物だ。

思わず彼は黒髪をワシャワシャして難しい顔をした。


「チェックはピクシーを調べたい液体に垂らすんだ。で、終わると手元のビンにピクシーが戻ってくる。簡単でしょ?」


確かにそれなら自分にもできそうだ。


「あと、ピクシーを介して直接通信する事はほとんど出来ないんだ。今は君の住所めがけて適当に送りつけたら届いてるけど。私はこのピクシーの詳しい位置までは特定できないんだよ」


道中で師匠せんせいのアドバイスを聞けないのは厳しいように思えた。

だが、やる前から弱音を吐いていても始まらない。


「わかりました。寄り道できるように、日数を多めに見積もっておきます」


それを聞いた妖精はうなづいた。


「さて、そろそろピクシーに意識を戻すかかな」


直後、思い出したようにオルバが付け足した。


「あぁ、まだこの子には名前がないんだった。名前をつけてやってよ。あと地方の開拓って事で新人で世間知らずだけど面倒見てやってね」


フッっと意識が切れたように妖精は目を閉じ、動かなくなった。

やはり彼女自身にも人格があるのだろうか。


ファイセルはあごをさすりながら、興味深そうに妖精を観察し始めた。


「……んん……ん~~~」


すきとおった水色をしたフェアリーが伸びをしながら目を覚ました。


「ふぁぁ~こんばんは。初めまして。マスターから話は聞いています。あなたがファイセル・サプレさんですね?」


先ほどとは打って変わって喋り方が少女に変わる。

少年は興味深げに妖精を覗いた。


「うん。そうだよ。君の名前は?」


名前が無いというのは知っていた、

だが、とりあえずファイセルは聞いてみる事にした。


「う~ん、まだ正式な名前と言う名前はないんです‥‥。マスターとの契約時につけてもらってないので。名無しってのもひどいです‥‥」


受け答えも仕草も普通の人間の少女と遜色そんしょくがない。

その完成度の高さに少年は思わず見入った。


「な……なんだか恥ずかしいので、そんなにじろじろ見ないでください……」


妖精はいっちょまえに恥ずかしがって背中を向けてしまった。

長い髪がなびく。

さすがにこういう人格の部分はモデルになった人物がいるのではないか、とファイセルは推測した。


「ああ、ごめんね。君みたいな人間っぽい妖精は珍しくってね。名前をつけてあげなきゃだな。う~ん、どんな名前にしようか……」


少年は細めな眉を上げ下げした。

すると妖精は手を上げてリクエストした。


「はい! お菓子の名前がいいです!!」


おませさんかと思えば意外と子供っぽいなと、ファイセルは拍子抜けした。

思わず口角があがる。


「ミナレート名物、爆裂海藻ヨウカンとかでいいの……?」


思いついた菓子を適当に答えてみる。


「え”……なんですかそれは……」


これはからかい甲斐があるなとファイセルには少しいじわるな感情が湧いた。

しかし、からかうのも可哀想なのですぐに考え直し始めた。

超マジメなファイセルらしい行動である。


「う~ん、女の子っぽい名前のお菓子か……。2つ、いいのがあるかな。大昔の対戦で、敵国に制圧された都市を次々と解放していった伝説の女騎士。その名前をとった放国ほうこくのリーネ・キャンディ」


学院生は目線を泳がせながら、片腕の指をあげると、今度は反対側をあげた。


「後は国中を巡って貧しい人たちに寄付や食べ物を配ったシスターの名前だね。捧福ほうふくのクレティア・マシュマロかな」


あまり変わった名前を付けるのも考え物だなと思えた。

よってファイセルはハズレのない無難な女子の名前を挙げた。


「リーネさんのほうががいいです!! 騎士って憧れちゃうなぁ~!! こう、剣とかつかっちゃったりして!!」


迷うことなく即答。妖精は水で作った剣を手に持ち、それを振ってはしゃいだ。

このフェアリーがどんな性格をしているのか、少年はつかみかねた。

また、生まれて間もないというのもあるのだろうが、かなり精神年齢が幼い。 


「じゃあリーネ。これからよろしくね。僕も呼び捨てでいいよ」


ファイセルがニッコリと笑うと、リーネはもじもじしながら答えた。


「それなんですが、呼び捨てするのは失礼かなって思いまして。ファイセルさんが良くっても、わたしがなんだか恥ずかしいのでさんづけで呼ばせてもらいます」


リーネはそういいながら恥ずかしそうにコップの水に溶け込んだ。


「わかったよ。それはそうと、コップじゃ窮屈そうだね。水を汲んでくるよ」


ファイセルはバスルームに行って大き目の洗面器に水を汲んだ。


「よし、これでいいかな?」


今度は移した容器からリーネが現れた。


「OKですぅ~」


妖精はニコっと笑ってピョコピョコ跳ねた。


「今晩はそれでで我慢して。明日、旅に備えて良い容器を買ってくるから」


洗面器から妖精と言うのも中々シュールだった。


「う~ん。それにしても学院の水は美味しいですね。β-リウムとかマナチウムの含有量がとても多いです~。自然界では滅多にない量ですよ。長旅の疲れが癒されていくようです~」


リーネは温泉に浸かるように肩まで水に浸かった。


「あっ! わたし、『うみのみず』をまだ飲んでないんですよ!お暇があればでいいので、しょっぱいみず‥‥本場の『うみのみず』を飲みに連れて行ってもらってもいいですか?」


リーネは目を輝かせて海に関する憧れを語り始めた。

広くて、波があって、そして何よりしょっぱいらしいという事。

まるで学院に入る前の自分を見ているような気分だ。

だが、リーネは塩湖で生まれたはずなので、しょっぱい水自体は珍しくはないと思うのだが。


「わかったよ。明日容器を買ってきて移したら海岸に行こうか」


「わ~い! やったー!!」


リーネは満面の笑みで水面をピョンピョン跳ねた。

彼女に笑い返す。つぶらな瞳に開いた口、屈託のない笑顔だ。

話しこんでからだいぶ時間が経ったなと思い、ファイセルは時計を見た。もう夜の12時近い。


「思ったより話し込んじゃったな……。じゃあ今日はそろそろ寝るよ。おやすみ。また明日ね」


気づくとピクシーの少女は眠りについていた。

水に溶け込んだ後の姿は普通の水と何ら変わらない。

妖精がいると言われない限りは全く気付かないほど上手く擬態している。

いや、擬態と言うより一体化だろうか。

ファイセルはそんなことを考えつつ、ライトを消してベッドにもぐった。


次の日の朝、ファイセルは胸に校章の入った群青色ぐんじょういろの制服を着た。


「ふあぁ~あ……ファイセルさん、おはようございます。なんで制服着てるんですか?もう学校はお休みに入ったんじゃないんですか?」


眠そうに目を覚ましたリーネは不思議そうに聞いた。


「あぁ、これね。リジャントブイルでは生徒にお小遣いが支給される制度があってね。店先で制服を着て学生証を出すとお金を払わなくても買い物が出来るんだ」


リーネは目を見開いた。


「へぇ~それはすごいですね!」


学院生は肩をすくめた。


「まぁ、ミナレートでしか使えない上にちょっと高い物を買うとすぐに残金がなくなっちゃうけどね…じゃあ出かけてくるよ」


屋外に出るとまぶしい光にあてられた。

日差しが日に日に強くなっているのを感じる。

学校裏の海岸では、女生徒たちが水遊びししているのが見えた。

ミナレートは一年を通じて夏季しかない、常夏の魔法都市だ。


ファイセルたちの住むライネンテ王国は地域によって気温や降雨量がバラバラである。

そのため、月日からどんな気候だと一概に推定することはできない。


周辺地域には寒冷期が存在したりもする。


魔術学院はミナレートの北端に位置する小島の上に建っていた。


小島とはいえ、かなりの大きさを誇る浮島だ。


そこに校舎、学生寮、図書館、コロシアムなどが建設されている。


闘技場があるだけあって学院内の教師陣も生徒も腕っぷしが強い。


事あるごとに戦闘実習するなど他の魔法学校と比べると一味違ったのだった。


ファイセルは学生寮を出るとメインストリートへ向かった。

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