滴る真夜中の訪問者
「えー、それじゃ第二回模擬戦試験の結果発表だ。優勝チームは勝ち点トップのCチーム、ファイセル・サプレ班だ!」
担任がそう発表すると教室は割れんばかりの拍手と歓声につつまれた。
年に数回ある中間試験の項目にチームに分かれての模擬対戦がある。
名前を呼ばれた彼、ファイセル達は見事にその模擬戦闘を勝ち抜き、優勝した。
ここ、リジャントブイル魔術学院は腕っぷしの強さがステータスとなる。
そのため、生徒同士が全力でぶつかり合う戦闘系のイベントは一際、盛り上がるのだ。
「あー、これで一学期終了だが、お前らあんまハメ外しすぎるんじゃねーぞ。不祥事とか起こしたら俺の熱いマシンガン鉄拳お見舞いするからな。鉄拳ですみゃ良いけど停学とか退学じゃシャレになんねーからな」
教壇のバレン先生が拳をボキボキ鳴らしながらそう言った。
鍛え抜かれた肉体とアフロヘアに日焼けした肌が印象的な先生だ。
外見や言葉遣いとは裏腹に古代ヘケタ文字で書かれた魔導書をすらすら解読する。
更に海外情勢に詳しいなど、幅広い教養を備えている人物だ。
また、面倒見も良く、親身に生徒の相談に乗る人気のある先生である。
戦闘スタイルは見た目通りパワータイプで、肉体強化して戦う。
この学校は生徒だけでなく定期的に先生同士の戦闘大会もある。
戦闘が苦手なタイプの先生にとっては憂鬱なイベントなことこの上ない。
肉体を強化して戦うバレン先生も他の呪文を使う先生も、ここではみんな広義の”魔法使い”なのだが……。
「課題もサボんじゃねーぞ。レポートや実験、実習などの内容は各所属サブクラスに確認しておくように。以上だ。じゃあお前ら楽しい休暇を過ごせよ!解散!!」
チームのみんながリーダーであるファイセルの元へ寄ってきた。
ファイセルはクラスでは珍しい黒髪をしている。
くりっとした瞳で整った鼻筋をしていて、肌は薄い肌色をしていた。
中性的で愛嬌のある顔つきである。
体格は中肉中背で170cmそこそこある。
生真面目でいて優しい性格の少年だ。
時にはそれが仇になることもあるが。
あまり目立たないが、"素朴なイケメン"として密かに支持を集めている。
物に命を宿すCMCを専攻している。
特に布類へのエンチャントに優れていた。
「おい、やったな!! 快進撃じゃねぇか!!」
声をかけてきた大柄な男子はザティス。
諸事情で3浪している苦労人で、チームの兄貴分だ。
荒っぽいところもあるが、それも彼の魅力である。
格闘と魔術を融合させたバトルスタイルをしている。
「打ち上げいこうよー。御馳走にお酒お酒!!お肉お肉!!」
元気ハツラツな彼女はラーシェ。
美しい金色のポニーテールがチャームポイントである。
ザティスとは異なり体術をメインとする。
「うふふ、今回はみんな良く活躍しましたしね」
肩丈ほどで栗毛色の長髪をした女性はアイネ。
おっとりとしていて包容力がある。
若干、天然ボケなフシもあるが、個性の範囲内だ。
盛り上がるメンバーの中で一人だけ上の空の女子がいた。
「……………………」
黙り込んでいる女子はリーリンカだ。
いつも瓶底眼鏡をしている少女だ。
やや気難しく、女子らしくない態度で振る舞う。
だが、接してみると意外と人懐っこく、チーム内では可愛がられている。
話がまとまったのでファイセルは彼女に声をかけた。
「リーリンカ、リーリンカ。今日はもうみんな疲れてるから明日の夜に打ち上げしようと思うんだけど。聞いてる?」
「あ……ああ…………わかった」
少女はハッとしたように答えたが、やはり顔色が優れないように見える。
「じゃあみんな今日は本当にお疲れ様。ゆっくり休んでよ」
チームのみんなを労い、ファイセルは帰路についた。
学生寮の階段をのぼるころにはもうあたりは薄暗かった。
「んーと、今月と来月の丸々2か月が休みかぁ。何して過ごそうかな……」
長い休みをどう過ごそうか考えながらファイセルは魔法のオートロックを外した。
その夜、寝ようとしていたファイセルは異音を聞いて起きた。
「ゴボゴボ……ガボガボ……ゴボッ……」
蛇口から水が詰まったような音がする。
「なんだろう?何か詰まったのかな?学院が常にメンテナンスしてるはずなんだけどなぁ」
ファイセルは眉をひそめ、訝しげに蛇口をひねってみた。
水が音に混じって声が聞こえる。
「おぼっ、ふぁ・・・せるしゃん」
心なしか液体がうごめいているように見える。
「なんだこれ!?」
ファイセルは黒い瞳を大きく開いた。
そしてとっさにコップに水を汲んでみた。
すると水面が揺れて、小さな可愛らしい少女の妖精が現れた。
ファイセルはテーブルにコップを置いて、椅子に掛けて妖精を観察した。
妖精は足の部分が水と同化している。
そして水面から半身が生えているような状態だ。
薄い水色をしていて、体が透けている。
「やぁファイセル君。元気でやってたかな?」
妖精は話し始めた。
「チャットピクシー……?その口ぶり……僕の知り合いでこんなのが召喚できるのは師匠くらいしかいないですよね……」
「はーいご名答!!オルバです」
フェアリーはくるっと回ってあざといポーズをとった。
声の主はファイセルの師匠、オルバ・クレケンティノスだ。
学院からはるか南、シリルと言う街の近郊に住む賢人である。
ファイセルをリジャントブイルに送り出した恩師でもある。
「なんだか、見た目も声も女の子なのに師匠が喋ってると思うと違和感があるのでそういうオーバーなアクションはいらないです」
教え子はドライに答えると、腕を組んだ。
「それはそうとここ学院の寮ですよ?どうやってプロテクト突破したんですか。水道とはいえ、外部からの侵入は弾かれるはずですよ?」
侵入者はにっこり笑った。
「水が水道を通って何が悪いのかな?」
妖精はくるくる回りながら無邪気にそう答えた。
「限りなく水に近い状態で入ってきたんですか……」
少年は頭を抱えた。
外部から侵入してきた得体のしれない妖精と会話する。
下手すれば呼び出しを食らう可能性もある。
「あ~、君が懸念している点については多分大丈夫だよ。監視ポイントは無反応で通り過ぎたから。セキュリティが甘いって学院に意見書でも出しとくかね」
師匠は指を振って余裕しゃくしゃくに答えた。
この場合、学園に落ち度があるのではない。
オルバの技術力が高すぎるのだとファイセルは内心思った。
「あ~、で、本題に入ろう。このあいだわざわざ私の家まで王国魔術局の重役、ババール氏が来てね。『宮廷魔術師にならないか?』とスカウトされたんだよ。三食昼寝付きで給料も出すって」
王国魔術局といえば国の最高峰の魔術研究機関だ。
「いや、いくら時事に疎い私でも魔術局の重役くらいは知ってるよ?」
薄い水色の妖精はコップの縁によりかかって、気だるそうに話している。
「宮廷魔術師……!!す、ごいじゃないですか。国の魔術師のトップ集団ですよ!!」
思わずファイセルは声を大にして腕を縦に振って感嘆した。
普段のほほんとしているので、まさか国の魔術局からスカウトされるとは思っていなかったのだ。
「まぁ丁重にお断りさせてもらったけど。私は地位や名誉には全く興味が無いんだよね。毎日草むらに寝転んで雲を眺めていればそれでいいんだよ。三食昼寝付きは多少魅力的ではあったけど」
妖精は腕を頭の後ろに組み、コップのフチに寄りかかった。
媚びた動きをやめた途端、一気におっさんのような仕草になるのがわかる。
「ところがねババール氏が言うんだよ。南部は潤ってるけど、中央部はあまりにも悲惨な環境だって」
フェアリーは憂鬱な表情をして目線を泳がせた。
国の中央部は水が不足していたり、病が流行っている。
南部は数代にわたって「創雲」の二つ名を持つ賢者達によって、豊穣と健康がもたらされてきた。
オルバはその二つ名を持つ賢人達の後継ぎなのだ。
「私もさすがにこんな事を聞くといい気がしなくてね。出来る限り雲を飛ばしてやろうと思ったんだよ」
なんだかんだで依頼を引き受ける気はあるらしい。
そういうお人好しなところがなんとも師匠らしかった。
「先代方達も恵みの雨を降らせようと試みたんだけど上手くいかなかったらしいんだ。でも、私の魔法は雲を作ったり送ったりする性質に向いててね。今が絶好のチャンスなんだ。でも、中部の水質がわからないと対応した雲が作れないんだよ」
オルバは雲を作る以外にもいろいろな魔術を使える。
現に召喚された妖精が目の前にいるわけであるし。
これには非常に高等なテクニックを駆使していた。
人格を宿した妖精を作り出すなんてもはや滅茶苦茶である。
もっとすごい魔術もありそうで、師匠の技術は底が知れなかった。
そしてコップの中の少女は指を振った。
「と、いうわけでファイセル君には学院のあるミナレートから南のシリルまで水質チェックをしながら南下して欲しいんだ」
再びフェアリーがクルクル回りながら頼み込んできた。
師匠には手取り足取り指導してもらった恩がある。
それに、苦しんでいる人たちを救済するという行為には大いに賛同できた。
ファイセルはまさかこれが大冒険になるとはつゆ知らず、依頼を快諾したのだった。