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第三十一話 甦った?遠い記憶

 


 翌日。

 午後の講義の前に輝は教授室の傍の空いている部屋に来ていた。教授に資料の整理を頼まれていたのだがあいにく今日は午後から時間がなくて昼の間にやってしまおうと思ったのである。

 動かしていた手を止めて輝はため息をついた。


 昨夜眠れなかった。

 彩人と会話で少し気持ちが軽くなったものの昨日の自分の行動も恥ずかしかったし、ターヒル相手になぜあんなに取り乱したのかも不可解だった。ターヒルにも彩人にも醜態をさらしてしまった。


 整理した資料をそれぞれの保管場所に持っていこうと立ち上がった時、


 “笹川君、ちょっといい?”


 と金子に後ろから声をかけられた。

 やだ、こんな時に。今は頭がぐちゃぐちゃだから一人でいたかった。


 “こんにちは金子さん、すみません私午後の講義に…”


 挨拶して立ち去ろうとした時ぐいっと腕を掴まれて輝はぎょっとした。


 “昨日誰と二人っきりで食事に行ったんだい?”


 ‟なんでそんな事”


 ‟笹川君。アラブの御曹司に気に入られたと思ったら今度はホテルの御曹司かい?意外だな、君がそんな男を渡り歩くタイプだったなんて”


 金子特有の優しい口調の陰には責めるような探るような響きがふくまれ同時にその暗い目つきに輝は怖気を感じて首を振る。


 “何の話ですか?”


 ‟とぼけちゃだめだよ、きのうターヒル君と二人で出かけたんだろう?”


 ‟食事に行っただけです”


 実際は食事もしなかったのだが説明するのも面倒だ。

 そうやり過ごそうとしたが拘束は外れない。やむなく振り向いたとき金子の顔が思いがけず近くにあり輝は身を固くした。


 ‟で、その後にホテルの御曹司と会ってたのかい?”


 ‟何でそのことを知ってるんですか”


 その問いに金子は鬱蒼と笑うと


 ‟君がこの前のレストランに誘われたことは聞いてたんだよ。昨日は僕に声をかけてくれなかったら心配になってね。行ってみたら君は別の男と違うレストランに一緒にいた”


 ‟あれはたまたま、ていうか金子さんわざわざ来てたんですか”


 そっちの方を問いただしたい。


 ‟彼が君にずいぶん懐いたようだったからね。君も珍しく親身になってるからちょっと心配になってね。六歳も年下の金持ちの御曹司に取り入る気かと思ったら今度は別の男。全く君って人は”


 その目は笑っていなかった。


 ‟あ、あなたには関係ない”


 誤解だと言いたいがそれよりも金子の目が怖い。輝が何を言っても聞く耳は持たないだろう。輝を掴む手がぎりぎりと強くなっていった。




 ターヒルは輝を探していた。


 あの女は誰なんだ。


 日本の大学に見学に行きたいと言ったら教授の教え子のアキラという女に頼んでおいたからと父に言われ、それはレストランですれ違った女の事だとわかった。

 だから次に会った時に約束した、と言ったのだが言葉が口から滑り出した時違う意味を持っていたような感覚を味わった。


 ずっと昔の約束。自分と彼女とが交わした約束だ。

 そんな気がする。

 そして昨日の輝の言葉。

 嘘つきだと?この俺に向かって無礼なことを言う。

 だが、あの涙。

 そして俺はあの傷を見て何を思った?

 左腕の古傷がうずく。

 何もかもが支離滅裂だ。


 イライラと考え込むターヒルに取り巻き達が声をかける。


 ‟ねえ、なんでまた大学なんか来たの?こんなとこつまんないわよ。帰ろうよー。ターヒルなんか最近おかしいよ”


 “そうだよ、なんか案内の人も忙しいみたいだし?”


 ‟どうせ案内してくれるんだったらもっとこう色気のあるお姉さんがいいよな”


 ‟ヤダ、やらしー”


 “…さい”


 “え?”


 “うるさい、お前らはもう帰れ”


 自分の腕に絡みついていた女の手を振りほどきターヒルは駆け出した。先日輝が案内してくれた教授の研究室がある建物の中に入る。


 無性にイラつく。

 どこだ!

 問いただしてやる。


 講義中なのか、それとも講義の予定がないのか建物の廊下に人影は見当たらない。携帯を鳴らそうかと思っていると、言い争う声が聞こえた。


 ‟僕の気持ち、ずっと知ってたんだろう?ずっと優しくしてやってたのに今更他の男になんて目を向けるなんて”


 ‟止めて…金子さん!放して”


 輝の声だ。


「アキーラ!どこだ!返事をしろ!」


 アラビア語で叫ぶ。

 一瞬の間の後に


「助けて!」


 声のする方に向かって走った。

 廊下の角を曲がると奥の方の部屋から声がした。バン!と扉を開けると揉み合っている男女が目に入る。金子が輝の片手を掴みもう片手で抱きすくめようとしている。


 カッと頭に血が上った。


「その手を放せ!」


 男が驚いて振り向くと同時に思い切りその横面を殴った。男がよろめいて壁にぶつかって倒れる。

 輝がターヒルを見て驚いたように目を見開いたが次の瞬間


 “おうさま!”


 と叫んで抱きついてきた。それを受け止めて


 ‟ザキーラ…”


 思わずそうつぶやいたターヒルはある既視感を感じた。そして頭に中に浮かんだ思い。

 あの少女は自分が触れると初めは居心地が悪そうに体を硬くしたが、少しずつ、ゆっくりと力を抜いてきた。夜の砂漠で彼女を見つけた時初めて彼女の方から抱きついてきた。

 そう、今のように。

 俺は彼女を抱きしめてこう言ったんだ。


 ‟…キーラ、無事でよかった”


 “今、なんて?”


 なんて呼んだ?


 ‟アキーラ、と。お前の名前だろ?”


 そう答えるターヒルの左腕を輝は見た。


 ‟傷は…違う”


 ‟ああ、これは小さい時の傷だ”


 やっぱり違う。

 月の形じゃない。正確に言うと緩い弧を描いた一本の線だがシャフリヤールの傷は楕円形に近いものだった。

 王様?じゃない?


 混乱した表情の輝をターヒルは見つめた。

 彼女の目から涙がぽろぽろと零れ落ちている。


 “やっぱり生まれ変わりなんてあるわけないのね”


 “違わない!”


 ターヒルは輝の頬に手を当ててしっかりとその目を見つめる。


 “俺にはわかる。証拠がなくても今わかった。俺はもう一度お前に会うためにここに来たんだ”


 “ほんと、に?”


 輝は縋るようにその目を見返す。


 “本当だ!”


 ターヒルは輝をしっかりと抱きしめる。彼の背に回った輝の手にも力が入った。


 ‟アキーラ、もっと話をしよう。もっと聞かせてくれ、お前の事を”


 ‟うん、うん、王様”




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