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第二十九話 気に障るお坊ちゃま

二十九話少しだけ編集しました。

 講義の後いつものように同じゼミの友人たちと大学の講堂でを話していると、金子が走ってきた。


 ‟ああ、良かった。笹川君”


 腕を掴まれ輝は眉を顰める。金子のこの距離感が輝は苦手だった。友人たちの中には彼らが付き合ってると思うものも少なくないだろう。教授の手前邪険に出来ないだけだ。

 輝の様子を見て傍に居た純也が立ち上がり傍に寄ってくる。金子はそれを無視して


 ‟さっきラシード氏から教授に連絡が来てね。ほら、昨日の会食の”


 ああ、その話か。


 ‟ラシード氏の末の息子に君の事を聞かれて、それで彼がこっちに向かってるって”


 ‟?”


 話が見えない。


 ‟大学見学をしたいから案内を頼みたいって”


 金子がそう言った時、少し離れたところでざわめきが聞こえてきた。



 ‟見つけた”


 “え?”


 昨日レストランのエントランスで会った若者がいた。ターヒルと言ったか。昼だからか半袖ニットに白いパンツと言うカジュアルな格好をしていても大学の構内で目立つ彼の登場に輝の友人たちも含めて野次馬の注目を集めた。


 相変わらず取り巻きを連れている。昨日と同じ女性が若者の腕を掴んで密着しているが彼自身はそれを気にも留めていないようだ。それを見て輝はまた不快になった。なぜこうもイラつくのか自分でもわからない。

 ターヒルは近づいてくると


 ‟お前がアキーラか”


 流ちょうな日本語で話かけてきた。


 ‟アキラです。何ですか?ここは大学ですよ。見学するにしてもそんなにぞろぞろ関係のない人を連れてくるべきじゃないでしょう?冷やかしに来たんだったら私の案内は必要ないですよね?”


 日本語で声をかけられたので輝も日本語で伝えたが、早口だったせいか、そこまで理解できないのか首をかしげる。輝はため息をついてアラビア語で繰り返した。

 輝らしからぬきつい言い方に金子も周りにいる友人たちもぎょっとするが、若者は特に気にするようにも見せず、キョトンとしている。そしてぽつりと言った。


 ‟約束、だろ?”


 ‟は?”


 なんの?


 ‟日本を案内してくれるって”


 え?いつそんな約束しましたっけ?話をしたこともないのに。


 輝の鈍い反応にターヒルは俯いて考え込んでしまった。口元に手を当てて逡巡してる様子がちょっとかわいい。何気なくむき出しの前腕を見て、あ、王様と同じところに傷がある、形は違うけどとぼんやりと考えていた。


 “わからない”


 “は?”


 ‟でも、約束したんだ。だから案内しろ”


 いや、だからって、何がだから?しかもその上からの言い方”


 輝は、は?の連発だったがともかく彼の父親が教授に頼んだのは事実なので輝はターヒルの案内役を務めることになった。輝としては大学の案内限定だと思っていたのだが、相手はそう思っていなかったらしい。

 大学を一通り案内した後に


 ‟今夜はフグしゃぶが食べたい”


 などと宣ってきた。

 一体どこでそんな食べ物の情報を仕入れてきたのやら。輝はそういうのはよくわからなかったので金子に聞いたところ快く同行してくれた。それにターヒルは少し不満そうだったが特に文句も言わず食事の後は待ち構えていたように現れた友人たちと夜の街に繰り出していった。


 その翌日


 ‟今日はアキーラと二人で食事に行きたい”


 とターヒルがそう言って初めに会ったレストランを指定してきた。一瞬躊躇したがまあ食事だけなら問題ないだろうと思い承諾した。

 なぜか最初にあった日に来ていたドレスを着るように指定され、何なんだと思いながらもしぶしぶ言われたとおりにする。そんな自分にもうんざりした。


 ホテルのロビーで待ち合わせ二人ともほぼ時間通りに来ていた。ターヒルはそこにいるだけで年に似合わない品とある種の威圧感を持っていて注目を集める。目が合って思わず息を飲んだ。

 その時


 “ターヒール―!”


 鼻にかかった声がしてターヒルに若い女が抱きついてきた。


 またこの人。


 緩くウェーブがかかった長い髪に細く長い手足。長い睫毛に濡れたような大きな瞳。華やかな装いに負けないキラキラしたお人形のようだ。いつ見てもターヒルにしがみついている。後ろにも数人見覚えのある若者たちがいた。


 輝は一気に気分が悪くなった。


 ‟やっと捕まえた―。最近何してるのよ。ずっとほっとかれてつまんないよ”


 ‟忙しいって言っただろう。大学の見学したりいろいろとな”


 ‟でも夜は大丈夫でしょ?”


 と言って輝をチラリとみる。


 ‟あれ?昨日のお姉さん、今日はずいぶんおしゃれしてるのね”


 輝は気まずく目をそらす。


 ‟うるさくするな”


 と、ターヒルが煩わしそうに言うと


 “じゃあ、ホテルの部屋で待ってる。いいでしょ?”


 と彼の首に腕を回してきた。


 “あ、ああ”


 そのやり取りを聞いて輝の心臓はズキンと痛んだ。


 やだ、なんで。私には関係ないのに。


 ‟ターヒルさん、別に無理して食事をする必要はないですよね。その方とご一緒されては?”


 早くこの場を離れたかった。


 ‟いや、確認したいことがあるんだ”


 ‟確認?”


 ターヒルはすっと手を伸ばしショールに覆われた輝の胸元を指さす。輝は傷のある場所を手で押さえる。


 ‟その傷。それは痣か?それとも古い傷か?”


 ‟これは…”


 その時輝の頭の中に声が蘇えった。


『我が生まれ変わって…今度は』


 一気に熱い思いが込みあげてくる。


 ‟…嘘つき…”


 輝が震える声を絞り出す。


 やだ、私何言ってるの?


 女の子を侍らせながら自分の目の前に現れた男。

違う、この人じゃない。傷の形が違う。


 なぜこんなにも不快になるのか。


 ‟約束、したのに”


 滑り出る言葉を止められない。

 混乱した様子の輝の輝の言葉に今度は男が怪訝な顔をする。


『お前だけを愛する』


 ‟私だけを愛してくれるって”


 ポロリとこぼれる涙にターヒルが目を見開く。


 ‟何このお姉さん、ヤバくない?”


 若者の腕に手をかけていたモデルのような女が鼻で笑う。

 輝はハッと我に返っていたたまれなくなった。


 私ったら何を…


 くるりと背を向けて輝は駆け出した。


 “アキーラ!”


 後ろからターヒルの声が聞こえてきたが輝は立ち止まらずにホテルを出て行った。



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