第二十七話 二十七歳の輝
学食でパスタをつつきながら仲の良い美由が
‟ね、輝今夜ひま?課題の提出も終わったし皆で飲みに行こうって話してるんだけど”
‟あーゴメン、今夜は教授のバイト入ってるんだ”
‟あーあ、相変わらず教授に可愛がられてんね”
“今ドバイからお偉いさんが来てるんだよ。うちのホテルに泊まってるんだけどさ。教授の研究に出資してくれるっていう話で、笹川は通訳で会食に行くんだろ?”
ホテルの御曹司の彩人が物知り顔で言う。
パスタを頬張りながら輝は頷く。そして時計を見て慌てて
‟ごめん、次の講義の前に金子さんに呼ばれてるんだ。もう行かなきゃ。またね”
と、バタバタと自分の食器を片付けて去って行った。
残された友人たちはまだ輝の話を続けている。
‟え―笹川がこないんだったら俺も行かないかなー”
グループの中の一人の純也がつまらなそうに言う。
‟何よそれ、あんた輝の事ねらってたの?”
“笹川っていつも教授んとこ入り浸ってるよな。どんだけ真面目ちゃんなわけ”
“教授に重宝がられてるからね。後はほら、助手の金子さん。理由をつけては輝を呼び出してるし”
“え。まさか二人付き合ってんの?”
美由は手を振る。
‟金子さんは狙ってると思うけど、輝はないない。彼女は純粋にアラビア関係で用事頼まれると基本断らないんだよね。それに金子さんは絶対輝のタイプじゃない”
‟じゃ、チャンスあり?”
‟んーどうだろうね。あの子恋愛に興味ないと思ってたら実は結構夢見る少女なんだって”
‟でも見かけによらずもう二十七だろ?夢見る少女って”
“ああ、二浪してるからね。その上大学休んで長期に海外行ってたりしてるし”
“そうそう、高校の時すっごく成績悪くて進級も怪しかったらしいよ”
‟それなのに今、教授よりアラビア語ペラペラ?意味わかんね”
‟で、夢見る少女って何さ”
“しつこいわね。輝はね、王子様を待ってるんだって”
めんどくさそうに美由に言われて彩人は飲んでいたドリンクを吹きそうになる。
“は?何それ。二次元?それとも押し活とか?”
‟そういうのとも違うんだよね。輝そんなの興味ないし。前にフランス語だか専攻してる結構イケメンに告られてね、その時に言ってたんだ。王子様を待ってるんだって。あ、違った。王様”
“え―何それ。断るにしてもその理由ってあり?まあ相手に引かれるっていう目的は達成しそうだけど”
“王様?王子様じゃなくて?”
‟知らないけど。アラビア好きだから白馬に乗った王子様じゃなくてラクダに乗った王様じゃないの。でもさ、その時の輝の顔がすごく切なそうでなんか私もね、揶揄うこともできなくてさ”
“忘れられない恋人がいるとか?”
‟聞いたけどごまかされちゃった”
“ふーん”
“あの、こういうのは困ります”
輝はため息をついた。
手元には大きな箱。
箱を渡した相手は輝が入っている教授の研究室の助手である金子だ。どうやら輝の事を気に入ってくれてるらしく事あるごとに誘ってきたり贈り物をくれようとしたりする。今回はドレスだった。今夜の会食のために用意したらしい。
‟笹川君、ドレスとか持ってないって言ってたじゃない。今日の会食の相手は結構ハイクラスの方だからこれくらいのにしたほうがいいよ。だから気にしないで”
端正な顔に眼鏡の似合う優男がにっこりと笑う。
だからってドレス買うか?普通。
‟わかりました。ありがたく使用させていただきます。代金は来週にでも払いますので”
‟いいよ、プレゼント”
ぜーったい欲しくない!
‟払います、必ず”
‟遠慮しなくていいのに”
‟…”
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明るいオレンジ色のドレスで上品なデザインだが胸元がかなり開いている。
これじゃ見えちゃうな。
輝は襟ぐりの広い服は着ない。左鎖骨の下に五センチ位の三日月型の傷があるからだ。少し盛り上がっていて醜いというほどではないが見せたくないのである。
これは宝物だから。
鏡を見ながら今はもう痛むこともないその傷をそっと指でなぞる。
仕方ないのでショールを首周りに巻いて行くことにした。夜は気温が下がるし丁度いいだろう。