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第二十五話 第二十九夜 自分の世界に持ち帰るもの

 

 ‟明日の夜お前は我のものになってくれるか”


 シャフリヤールは輝の頬に手を伸ばしそっとなでる。敢えて明日の夜、と言うその意味。輝がここに残りつもりがないことはわかっているのだろう。

 シャフリヤールのその問いに輝は息を飲む。怖いからではない。自分はそれを望んでいる。いまでも決心は揺らいでしまいそうだ。

 悲しそうなシェヘラザードの横顔が目に浮かぶ。


 彼女は王様の事が好きなんだ。王様だってシェヘラザード様を大切に想っている。そうあるべきだと思うと同時にあたしはやっぱりこの世界では生きてはいけないと思う。シェヘラザードとの間に子供を持ち多くの側室を持つ王のそばで自分が幸せに生きていけるとは思えない。きっと焼きもちを焼いて王様もこの世界も、そして自分も嫌いになってしまう。


 “もしも、お前がここに残ってくれるのなら大切にする”


 全ての側室を手放してもいい。


 輝の頬に涙が伝う。


 そんな事無理に決まってる。だって王様なんだから。


 零れ落ちる涙を乱暴にごしごし擦って無理やり笑う。


 ‟だめですよー王様。王様は王様らしく威張って、明日お前を俺のものにするぞって宣言するんです。そして、男女平等の現代の日本から来た私はこう言うんです。はぁー?なに言ってんの?勝手に決めないでよ、えらそうに。あたし、そういうのぜっったい無理”


 それを聞いてシャフリヤールは苦笑した。


 “そうか、そうだな”


 シャフリヤールはそのまま輝を引き寄せた。頭をなでられ優しく抱きしめられるともう堪えられなかった。


 “う、う、え、ええ、、”


 輝はその背中に手をまわして泣いた。一度あふれ出した声は抑えられずわんわん泣いた。

 ひとしきり泣いた後、貰ったペンダントを外しにシャフリヤールに返す。


 ‟これはお返しします。代わりに一つだけ私に記念品をくれますか”


 ‟お前の望むものは何でもやろう”


 ‟王様の刀であたしの体に徴をつけてくれませんか。消えない徴を。何も物を持ち帰ることはできないからせめて王様の徴が欲しいんです”


 輝…


 シャフリヤールは少し逡巡していたが、


 “それならばお前の好きな月の形をつけてやろう”


 シャフリヤールの刀は大きすぎるので小刀を持って輝の左鎖骨の下に滑らせる。


 ‟つ…!”


 鋭い痛みが走ったが輝はうれしかった。見下ろすと三日月の形をした傷ができており血がにじんでいる。シャフリヤールはシーツが汚れるのも構わずそれを傷に当て輝が抑える。ところがシャフリヤールはその小刀で今度は自分の左腕の内側に傷をつけ始めた。


 “え?!何してるの王様!”


 彼はすっと腕を差し出した。


 “これは目印だ”


 シャフリヤールは腕を掲げてシーツを退けると輝の胸元の傷に寄せる。二人の血がまじりあった。

 それは少し歪な楕円形のように見えるがやはり月の形なのだろう。輝の三日月と合わせると満月になる。


 ‟目印?”


 ‟我はいつか生まれ変わってお前の住む世界に行く。王ではなく自由の身になっていろんな国を旅してみたい。その時はお前の国を案内すると約束してくれるか”


 雪景色が見たい。いろんな機械を見てみたい。トーキョーと言う場所で満員電車に乗ってみたい。お前の行っている学校を見てみたい。


 輝はうんうんと頷いた。その度に両目からしずくが零れ落ちる。

 シャフリヤールは輝の頬に手を当ててそっと口づけた。そして耳元に口をつけてささやいた。


 約束だ。その時は、お前だけを愛そう。




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