第二十二話 第二十五日目 犯人は誰?
翌朝、輝は熱を出した。ショックと緊張、寒さと疲労の所為か。輝は一日中眠り続けた。
シャフリヤールは今度も輝を後宮ではなく自分の私室に留め置いた。
“王よ、もう一度問います。この娘が愛しいのであればなぜお抱きにならないのです。確かに発育も悪く王を喜ばせるようなことはできそうにはありませぬが、その娘が身ごもれば他の者もうかつに手を出すこともできなくなります。何の問題もないではありませぬか”
眠る輝の枕元で侍従長がシャフリヤールに詰め寄る。
“わかっている。抱きたくないのではない。抱きたい。だが怖いのだ。嫌われてしまうのが。これが望んでいなければ傷つけてしまうかもしれない。ザキーラは他の女とは違うのだ。もしあれが我を求めてくれるのであればその時は喜んでこの腕に囲い込もう”
‟王…そこまでこの娘を”
侍従長から見ても確かに輝は他の女とは違う。身分がどうとか異国から来たからとかそういうことではなく、異質なのだ。好き嫌い抜きにして変わった娘だと思う。何といえばいいのかこの世界の枠の外にいるような、そんな存在だった。だがその異質をこそがシャフリヤールを引き付けているのは確かだった。
輝をだまして砂漠に置き去りにした侍女と護衛の正体はわからなかった。そもそも護衛が一人で後宮に入ってくること自体が普通では有り得ないのだ。誰かが手引きをして中に入れたのだろうがそれでも簡単なことではない。侍女も輝の見覚えのない人間だったがそんな者は何人もいる。だが今回はシャフリヤールは犯人を必ず見つけ出して極刑にすると宣言した。
輝はそれを聞いて、また気が重くなったがまだ何も言う気力もなくただ黙っていた。一晩経って輝が自分の部屋に帰るとナディラが見舞いに来た。
‟随分ひどい目にあったようね”
“はあ”
この人も暇なんだろうな。
つい同類に見てしまう。
“でもあなたは恵まれてるわ。後宮を抜け出した女は殺されても文句は言えないものなの。だから夜の砂漠に逃げたとしたら追いかける必要なんてないのよ。ほっとけばに死勝手に死んじゃうもの”
シャフリヤールには輝が逃げたと報告された。他の側室の部屋から宝石が盗まれていてご丁寧に輝のまっすぐな黒い髪の毛が落ちていたらしい。
だがシャフリヤールはそれを少しも信じず素早く捜索隊を編成して嵐が止むなり捜索に出た。街にも捜索隊を放った。目的が輝を排除することなら奴隷商人に売りつけるかもしれないがそれだと足が付きやすい。殺すなら砂漠に放置する方が手間も省ける。だからシャフリヤールは砂漠の方に賭けて自分も赴いたのだ。犯人にとっても星も見えない夜の砂漠は危険だ。そう遠くまで行けない。自分が戻ってこられなくなるからだ。砂嵐の夜をあえて選んだのが逆に捜索範囲を狭めることができて幸いした。
‟王はとてもお怒りで必ず犯人を見つけ出すって言っておられるらしいわよ”
そこまで言ってナディラは意味深に笑う。
‟犯人は誰かしらね。この前追い出されたカイラ様か、他の側室の誰かか、それともシェヘラザード様か”
‟まさか、あの方がそんな事”
するはずがない、と言おうとすると
“本人があずかり知らぬところで周りの人間が、ってこともあるのよ。あの方は慕われているし内大臣の娘だから”
輝はシェヘラザードの顔を思い浮かべた。最後に会った時少し悲しそうな表情と、そしてドゥンヤザードのきつい物言い。
‟あとは侍従長様ってこともあり得るわね。それから私。まあ疑いだしたらキリがないわね”
輝は心臓がバクバクしてきた。
なんでこんなことになってるんだろう。あたしだってきたくてここに来たわけでも居たくてここにいるわけでもないのに、あたしの所為でどんどん周りの人が不幸になって行ってる気がする。でもだからと言って自分を犠牲にする勇気も勝手に王宮から出ていく勇気もない。
それにあたしも王様の傍に居たい。
だがその時輝はあることに気が付いた。
“あ、でも後たったの四日なんだ”
ボソッとつぶやいた輝にナディラが首をかしげた。