第二十一話 第二十四夜 砂漠の月
気が遠くなるほど長い時間が過ぎた気がした。本当に気を失っていたのだろう、いつの間にか風は収まっていた。
体が重い。腕すら動かせない。
なに?なんで?どうなってんの?
体が砂に埋まっているのだ。
く、くるしい。スカーフを巻いているので顔を動かすとかろうじて鼻や口もとに隙間を作ることができた。
口の中じゃりじゃり。
指先をもぞもぞと動かしていき、次第に腕を動かすことができるようになった。幸いそれ程深くは埋まっていないらしい。指、手、腕、右、左。必死で動かし続ける。不思議なことに状況は変わらないのに体を自由にするという目的があると気がまぎれるものだ。
そしてまたどれくらいかの時間が経った。
あ、星が出てる。
自由になった顔を動かして夜空を見上げた。
きれい…
満天の星と言うのだろうが、その一言でこの空を表現できるとは思えない。
星が降ってくるみたい。
そしてさっきの真っ暗闇での絶望的は孤独から解放される。
星が見えるとこんなに違うんだ。
ただただ心が慰められた。
その時何かが聞こえた気がした。ハッとして顔を起こす。
人の声?
‟…!…!”
助けて。
‟…けて。助けて!王様―!”
輝も叫んだ。必死にもがいて体を起こす。
‟ザキーラ!どこだ!”
輝はハッとした。この声。
‟王様!王様―!”
輝も叫ぶ。
しばらくすると明かりが見え、数頭のラクダがこちらに向かってくるのが見えた。
あれは。
先頭にいる男。砂除けの布を口に当てていて顔が半分隠れているがランタンの明かりに浮かび上がるあの姿はシャフリールだ。
‟王様…”
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔に砂がついてはっきり言って見苦しい。砂の上に座り込んでいる輝を見てほっとしたように表情を緩めるシャフリール。手を伸ばして輝を抱き上げると
‟我のザキーラ、無事でよかった”
輝も思わず縋りつき大声で泣き出した。
怖かった、寒かった、悲しかった、寂しかった。
そして助けに来てくれて本当にうれしかった。
王様。私の王様。大好きな王様。
そう思った瞬間胸に後ろめたさがよぎった。
でも、今だけ、今だけこうしていたい。
縋りつく輝を汚れるのも構わずシャフリヤールは自分の腕の中に収めて強く抱きしめた。
王が行方不明になった奴隷を自ら探しに行くと言い出した時は宮殿の者たちは大慌てで止めた。それを聞かず五十人もの兵士を五人ごとのグループに分け捜索に出たのた。そして今、砂だらけの貧相な娘を大事そうに抱え込む姿を見て周りの護衛たちは驚愕を隠せなかった。
ゆるゆるとしたペースでラクダが進んでいく。ようやく落ち着いた輝がもぞもぞとシャフリールの懐から顔を出す。
‟お月さま…”
いつの間にか月が高く昇っていた。
‟ああ、嵐がやんだからな”
‟砂漠で月を見るっていう夢がかなった”
‟ん?そうか?こんな形になってしまったがお前がいいならよかった”
楕円形の月だ。くっきりと明るい月を見て輝は想う。
あと、一週間。満月の夜あたしは家に帰れる。
やっと帰れる。よかったじゃない、あたし。ここまで生き延びたんだ。あと少しよ。
‟なぜ、また泣いている?”
‟え?”
泣いてる?
‟それは…安心したから”
顔を上げる輝の涙と砂だらけのべとべとの頬を手で拭い、シャフリヤールは顔を近づけてきた。
柔らかい感触が唇に当たる。
キス。
固まってしまった輝の頭をもう一度しっかりと自分の胸に抱え込みシャフリヤールは前を向いてラクダを進めた。