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第十九話 第二十三夜 後宮の女たち

 

 輝は二日間強制的にベッドに安静させられていた。輝が運ばれた部屋は夜伽用の後宮の寝室ではなくシャフリヤールの自室だった。通常は夜伽が終わった女は後宮の自室に返されるかそのままその部屋で眠るかするのだが、王は自分の部屋に戻る。輝の場合はいつも二人ともそのまま朝まで寝ていたのだがそれは異例中の異例だったようだ。


 エッチ用の部屋があるってのもなんだかなー


 ぶつけた頭はたんこぶ程度で傷も浅く大したことはなかったのだが、二日間は至れり尽くせりでそれこそお姫様の様な扱いだった。

 その間、世話をしてくれた侍女がこの前の夜の事を話してくれた。


 カイラという前に庭で見かけた女性が王様の夜伽のために選ばれた。そこそこいい家柄の娘で今の後宮の中では比較的若い方だったかららしい。侍女の言うには侍従長に説得されたシャフリヤールはとにかく必要最低限の行為で事を済ませ、そうそうに自室に引き上げたという。二日目は初日よりもさらに短時間で彼女は自室に返される。その際カイラはシャフリヤールが輝の部屋に入って行くのを見てしまったのだ。内心怒りでいっぱいだったが、それでも二日間王の相手を務めたのだ。あともう少し王の気を引くことができれば。カイラはそう考えたのだろう。三日目、務めを終えて退室を命じられたのにもかかわらず湯あみから戻ってきたシャフリヤールを待ち構え抱きついてこう言った。‟王よ、今宵はもっと私にご奉仕させてくださいませ。あの奴隷女よりもうまくお慰めして見せますわ”と。湯あみを終えたばかりのシャフリヤールは激怒し彼女を突き飛ばした。‟またお前の匂いがついてしまったではないか。これではまたザキーラに嫌がられてしまう。もう一度湯あみをする”と言って湯殿に向かった。その間にカイラが輝のもとに乗り込んできたのだ。


 シャフリヤールの夜伽を務めてからたった二日、カイラは随分と横柄にふるまっていたようで事情を説明してくれた侍女もいい気味だという様子を隠そうともしない。

 輝の心情は複雑だった。


 うれしい?いい気味?それとも気分が悪い?


 複数の女を抱く王。

 そして目に浮かんでくるカイラの泣き顔。あきらめたようなナディラの顔。ここにいる女性たちは皆可哀そうだ。


 ようやく起き上がる許可を得て輝はまた庭をふらついていた。


 本当にあたしって他にすることがないな。


 その時久しぶりにナダ―を見つけた。


 “ナダーさん!”


 輝に声をかけられ驚くナダ―。シェヘラザードが出産し輝の夜伽がルティーン化してからナダーが輝を夜の務めの案内役に来ることはなくなった。


 “シェヘラザード様と赤ちゃんは元気ですか?会えますか?”


 輝を見て少し複雑そうな顔をしたが


 ‟シェヘラザード様にお伺いしてくるから待っていなさい”


 と言い、間もなく戻ってきて輝をシェヘラザードの部屋に案内した。

 シェヘラザードは相変わらず美しく、少し瘦せたようだが顔色は悪くなかった。

 傍には赤ちゃん用のベッドが置かれており黒々とした髪に長い睫毛の赤ん坊が眠っていた。


 この子が王様とシェヘラザード様のあかちゃん。

 くーかわいい!どっちに似てもかわいくて将来男前になるね。


 ふっくらとした頬を見ながら輝はふと以前に感じなかったもやっとしたものが胸をよぎるのを感じた。それに気が付かないふりをして


 ‟シェヘラザード様、お加減はいかがですか?ご出産おめでとうございます。本当にかわいい王子様ですね”


 ‟ありがとう。お前も無事に過ごせているようで安心しました”


 “まあ、なんとか話をつないで…”


 はは…と笑いながら輝はその節はご心配をおかけしました。と言った。


 ‟お前はずいぶん王に気に入られたようでなによりね”


 傍に居たドゥンヤザードの口調には棘がある。それをたしなめるようにシェヘラザードが目で制し


 ‟だがいろいろとごたついていると聞きました”


 と、輝の頭に視線を向ける。まだ小さいが傷が残っている。


 “いえ、これは大したことはなくて”


 ‟でも、王は随分とお怒りになってカイラは着の身着のままで追い出されたそうよ”


 まだドゥンヤザードが口をはさむ。


 “まあ、それも当たり前。身の程をわきまえない者には当然の報いだわ”


 その言葉に輝はハッと顔を上げる。シェヘラザードは少し悲しそうに眼をそらし赤ん坊の方を見た。

 輝はもう一度お祝の言葉を伝えて部屋を辞した。


 あの、妹様の言葉はあたしに言ってたんだろうな。

 なんだか恋愛初心者から一気に修羅場経験者になっちゃったな。あたしが他の女の人に焼きもちを焼くように他の女の人達も焼きもちを焼いたり傷ついたりするんだ。

 あーやだやだ。やっぱりあたしはこんなとこで生きていけない。


 しくしくと胃が痛んだ。


物語、後半に入りました。

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