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第十七話 第十九夜 後宮という場所

 

 ‟今宵もザキーラは来ないのか?”


 部屋の扉が開くなりシャフリヤールはピクリと肩眉を上げ苛立たしそうに問う。


 “はい、体調がすぐれないようで、王にうつすといけないからとお部屋にこもられております”


 付き添いの侍女が昨夜と同じ女性と共に平伏しながら答える。チラリとシャフリールを見上げる女は妖艶な笑みを浮かべている。それを冷たく見下ろしてから、


 ‟昨夜務めは果たしたはずだ”


 シャフリヤールは立ち上がり部屋から出て行こうとする。女がえっと言うように顔を上げる。


 “お、王よ、お待ちください!”


 控えていた侍従が慌てて引き留めようとするがそれを無視して部屋を出る。だが、そこには侍従長が立っていた。


 ‟王よ、どこに行かれるおつもりですか”


 ‟どこでもいいだろう。構うな”


 だがじーっと侍従長に見つめられ、目をそらす。


 ‟…見舞いに行くだけだ”


 ‟あの者は病で臥せっております。今宵お会いになるのはお控えください。それよりもお役目を”


 慇懃な態度だが一歩も引かない様子だ。


 一晩では解放されないのか。


 シャフリヤールはため息をつき部屋に戻った。




 真夜中過ぎ。人の気配に輝は目を覚ましてぎょっとする。

 薄暗闇に立つ背の高い男の気配。


 ‟え?王様?どうして”


 ‟具合が悪いと聞いた”


 シャフリールがぼそりと答える。


 “あ、いえ、そんなには”


 具合が悪いわけじゃないと言いかけてハッとする。近づいて輝の頭に手を伸ばそうとしたシャフリヤールから漂う甘ったるい匂い。


 いつもの王様の匂いとは違う。女の人の香料の匂いだ。

 今は真夜中。今まで何をしていたのか。ざわりと悪寒がした。伸ばされた手から思わず身をひく。


 “触らないで!”


 “なんだと?”


 シャフリヤールの声がこわばる。


 ‟お願い、今夜は放っておいてください。本当に気分が悪いんです”


 輝は俯いて訴える。


 女の人に触れたばかりの手で触れられたくはなかった。


 伸ばした手を握りしめ


 ‟…一体我が何のために…”


 苦しそうにつぶやいてシャフヤールは部屋から出て行った。



 翌朝、昨日の出来事があってまた満足に眠れない一夜を過ごした輝はのろのろと部屋の外に出た。頭も体も泥のように重いが部屋にいてもマイナス思考になるばかり。部屋を出てきたのはいいがすることもなくフラフラと庭をさまよう。

 すると騒がしい女の言い争うような声が聞こえてきた。


 ‟あなた、私にそんな口をきいていいと思ってるの?私はもうあなた達とは違うのよ”


 ‟そんな言い方って…”


 ‟カイラ様は王の御寵愛を受けているお方よ。失礼は態度は慎むべきだわ”


 別の女のおもねるような声がする。少しして一人の女性が悔しそうな顔をして立ち去っていく。

 それをぼーっと見ていた輝の後ろから別の女の声がした。


 “ああ、いやだ。何あれ。たった一度や二度王の寝所に呼ばれたからって寵姫気取り”


 その声に振り返るとそれは先日輝に絡んできたナディラという女性だった。輝の顔を見てクスリと笑う。


 “ひどい顔ね。王が他の女のところに行ったんで落ち込んでるの?”


 いい気味、と言いながらもそれほど意地悪くは感じない。


 “本当に嫌な女よね。これからしばらくあの調子でいられるとうんざりするわ。でも覚えておくといいわ。ここは女同士の争いの場。王の寵愛を得れば地位も力も得られるけどそれだけ風当たりは強くなる。命の危険だってあるのよ。そうして得たものだって王が寵愛を失えばあっという間に崩れ去る。あのバカな女は今は有頂天になってるけどいつまでも続くものですか”


 だから、とナディラが輝を少し痛ましそうな目で見る。


 ‟そんな顔するのはやめなさい”


 ‟そんな顔?”


 ‟すごく傷ついたっていう顔”


 “まさか”


 なんであたしが傷つくのよ。


 “おかしな子ね。あなた。王に気に入られたっていうのに着飾るわけでも威張り散らすわけでもない。昼はぼーっと庭をふらついてるくらい。無理やり王の相手をさせられてるのかと思えば王が違う女を召されたらそんな顔をする”


 ‟あたしは…”


 何と答えればいいのかわからなかった。


 ‟だけど、後宮ってこういうところなのよ。昔は百人もの女がたった一人の王のためにここに集められた。一度も王に召されることもなく老いていった者もいると聞いたわ。だから何の後ろ盾もなく、目を見張るような美貌でもない女は期待や欲を持たない方がいいのよ”


 輝に言い聞かせているのか自分に言い聞かせているのかナディラは語り続ける。

 それを聞きながら輝も自分に言い聞かせる。


 あたしは別に望んでここにいるわけじゃない。王様の夜伽をしてるわけでもない。だから何も期待なんてしてない。だから傷ついたりする理由なんかあるはずがない。


 なのに、下を向くとぽたぽたと頬を伝って涙が流れてきた。





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