表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

断罪の勇者

作者: アベリアス

 ――天狼625年・春


 この日、王都中央広場にて勇者は断罪の時を待っていた。


 犯した罪の名は“魔王の封印”


 魔王討伐の命を受け旅立った勇者は、魔王を討たず封印を施し帰還した。なぜ封印に留めたのか、その理由も話さず勇者は無抵抗のまま罪を受け入れ現在に至る。


「愚かな。せめて命乞いでもしてはどうか? さすれば先延ばしにしてやっても構わんのだぞ? 勇者カオス・ジュエイン」


「何事も早い方が良い」


 ニヤリと笑い処刑人の顔を見つめると、血管を額に浮かび上がらせ、怒りに震える処刑人の姿が滑稽に映った。この処刑人にとって勇者を処断する任は栄誉とも言うべきなのだろうが、想像していたものとは掛け離れていたのだろう。


「早くしろ、貴様の望むような泣き叫び、許しを請う気は微塵もないぞ?」


「小癪な若造が! 一思いに断ち切ってくれるわ!」


 ギロチン台から風を切るような鋭い刃音が首筋に迫って来る。

 首を落とされる直前、勇者の瞳から一筋の涙が零れ落ちた。



 ――天狼624年・冬


 魔王討伐の命を受け4年、勇者カオス・ジュエインは最果ての廃城、絶獄にて魔王と邂逅する。

 互いの力が互角などという奇跡は存在しない。全力でぶつかり合い、ほんの僅かでも力の勝った者が勝利する。そんな熾烈を極める戦いだった。


「魔王よ、勝敗は決した。何か言い残す事はないか?」


「……私を殺したところで、人々から恐怖は永劫に拭えぬぞ」


 魔王の首元に突き付けたジュエインの剣がピクリと反応する。


「その意味に気づき、知りながらここまで辿り着いたというのか。長く辛い旅路であったであろうな」


 そう言葉を残した魔王は眠る様に瞳を閉じた。その意図を汲み取り、ジュエインが首を撥ねようとした時、物陰から囁くような声が聞こえ、刃を止めた。


「父様……?」


 物陰から現れたのは、二人の幼い少女だった。


「アルファ、デルタ、こちらに来るでない」


 魔王の制止も聞かず、倒れた父の傍に寄り添う少女達。銀髪に碧い瞳、そして褐色の肌。一件、魔族に見えなくもない容姿だが、特徴的な角や牙、尖った耳は見受けられない。


 さらにアルファは左腕を、デルタは右腕を二の腕から失っていた。


「人間……か?」ジュエイン思わずそう口を吐いた。


「この子らもまた、人々の恐怖により造り上げられた被害者だ」


 ジュエインは荒れくれた大地に剣を突き刺し、その場に座り込む。


 人々の脅威と恐れられていた存在、魔族。しかし、本当の彼らは人間と同じような心を持ち、とても人々に恐怖を与えるような存在ではなかった。ある魔族は仲間を庇い自ら命を差し出し、またある魔族は命を乞い、地面に頭を擦り付けた。


 それでもジュエインは殺し続けた。何故なら魔族は、余りにも人間に近い存在であり、同時に人間の醜い部分も同じように持っていると自身の生い立ちを振り返り、信じて疑わなかったからだ。


 しかし、魔王に寄り添う2人の少女を見て心が揺らぎ、罪の意識さえ芽生えてくる。


「魔王よ……魔族と人間は同じ生物か?」


「……数々の魔族を打ち倒し、この場に辿り着いた其方なら既に理解しているであろう」


 ジュエインは言葉を失った。同じ生物ではある筈がない。4年もの間、魔族の命を奪ってきたのだから。


「教えてくれ魔王よ、俺は間違っていたのか?」


「万人の願いを受け、勇者として()()()()()魔族を倒してきたのではないか」


「勇者として人間らし……く?」


「しかし、その度に()()()()()を殺してきた。その零れ落ちる涙が物語っている」


 いつの間にかジュエインの瞳からは、熱い雫が頬を撫でるように流れ落ちていた。


「……今からお前たちを封印する。」


 腰に結び付けた小袋から、手のひらに収まる程の球体を取り出す。淡く青みがかった水晶のような球体だ。


「これは封印球。もし魔王を討ち損じてもいいように持たされた物だ。これを使えば500年は安泰だろう」


「良いのか? そんなことをすれば、其方の身に何が降り掛かるか解らぬぞ」


「この身がどうなろうと構わない。最後に自分らしさを取り戻させてくれた礼だ」


「……そうか。アルファ、デルタ、この男に礼を言いなさい」


「お兄ちゃん、ありがとう」


 2人の小さな頭を両手で優しく撫でると、ジュエインは封印の呪文を唱え始める。


「封印と言っても、この球体の中で眠り続けるだけだ。そして誰も辿り着けない場所に安置する! 心配しないでくれ!!」


 魔王の安らかな表情と、2人の屈託のない笑顔を見届けたジュエインは、絶獄の底と呼ばれる奈落(アビス)に降り立ち、小さな石組の祠を作ると安置させた――――。




「神の信託により発覚した勇者の罪は裁かれ、封印球の在り処もお告げになられた!」


 勇者を貶める怒号と歓喜が地響きを立てる。


「魔王を討伐せぬ限り、我らから死の恐怖は無くならぬ! 腕に自信のある者よ! ()()()()()に降り立ち、封印球を破壊するのだ!!」



 人々が本当に畏怖を抱くべき存在は、何者なのか。


 ――とある異国の聖書には、こう記されている。人間の死は、神により与えられると。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ