73.脱出
穴を掘って脱獄するつもりだったと説明すると、ユリウスに呆れられてしまった。いい作戦だと思ったんだけどなぁ。
しかし私を見る彼の目は、とても優しくて温かくて、もう安心していいのだと感じさせてくれた。
私はユリウスと一緒に、十数日間過ごした地下牢を後にした。
「ギャアアア! い、いてぇっ! 折れる折れるぅぅっ!」
室内に響き渡る野太い悲鳴。
「あははっ! このくらいじゃ、折れないよ~」
無邪気に微笑むポワール。
地下への入り口がある書庫では、何故かポワールが髭面の男に関節技を決めていた。
「フレイ、久しぶり~!」
「は、はい」
これは一体……
その光景に呆然とする私だったが、苦悶する男の顔をまじまじと見て、「あっ!」と声を上げた。
「わ、私を攫ったのは、あの男です……!」
間違いない。奴を指差して、ユリウスにそう告げる。
するとユリウスは「そうか」と頷いてから、
「いいぞ。もっとやれ、ポワール」
「アイアイサー!」
ミシッと音がした後、男の悲鳴がさらに大きくなった。折れてはいない……と思うことにしよう。
それにしても、自分より図体のでかい相手を余裕で取り押さえているポワールって何者……?
訝しんでいると、ユリウスは「君にはまだ話していなかったな」と私に語り始めた。
「彼女はレグラン侯爵家の令嬢であり、騎士団長イーサンの妹だ。君の素性も既に承知だ」
「え……!?」
ぎょっとする私に、ポワールは「今まで知らない振りしてて、ごめんねぇ~」と笑いながら言う。
騎士団長のご令妹。道理でお強いわけだ。
だけど、そんな人がどうしてユリウスの屋敷で働いているんだろう……?
新たに浮かんだ疑問に、私は首を傾げるのだった。
どうやら男は書庫の天井裏に潜んでいたらしく、こっそり逃げ出そうとしていたところをポワールに捕獲されたとのこと。
観念して大人しくなった男を連れて広間に行くと、私を見た両親と使用人たちの表情は凍りついていた。
「あなたがアニス様でよろしいでしょうか?」
甲冑姿の男性、騎士団長のイーサンが私にそう尋ねてきた。確かに妹と同じ灰色の髪で、目元もよく似ている。
「イーサン。アニスはこの屋敷の地下牢に閉じ込められていたんだ」
「……地下牢だって?」
ユリウスの説明に、イーサンが父に鋭い眼差しを向ける。
だが父は引き攣った笑みを浮かべながら、弁解を始めた。
「わ、私は何も存じておりませんでした。きっと、使用人の誰かが私に隠れてそんなむごいことをしていたのでしょう」
「何を仰っているのですか、旦那様!?」
一人のメイドが、信じられないという表情で叫んだ。
「アニス様のことを決して口外するなと命じたのは、旦那様と奥様ではありませんか!」
「貴様、デタラメを言うな!」
「私は何も知らないわ! 全部この人が仕組んだことよっ!」
母がそう叫びながら、父を指差す。
「な……お前だって、アニスの苦しむ姿が見られると楽しんでいたじゃないか!」
「ち、違うわ! 私は……」
「詳しい話は後で聞かせてもらう。……この期に及んで言い逃れ出来ると思うなよ」
延々と続きそうだった言い争いに、口を挟んだのはイーサンだった。
途端、黙り込んでしまった両親の姿を見て、私は情けなくなってしまった。
「団長、少しよろしいでしょうか?」
重苦しい沈黙の中、一人の兵士が何やら困り顔で広間に入って来た。
「その……エシュット公爵のご令嬢が、中に入れろと玄関先で暴れております」
「…………」
イーサンが無言でユリウスに視線を向ける。
「……入れてやれ。そうしないと、あれはいつまでも騒ぎ続けるぞ」
ユリウスは溜め息をつきながら言った。




