72.暗闇の中で
ここは、罪人を捕らえておくための地下牢だろう。入り口には錠前がかかっており、奥の方は薄暗くてよく見えない。
そして手前には、トレイと空のスープ皿が置かれていた。
つまり、ここに誰かが閉じ込められている。
「アニス! ここにいるのか!?」
そう呼びかけるものの、返事はなかった。注意深く檻の中を見たが、誰かが入っている様子もない。
もしかしたら、既にどこかへ連れ出された後だったのだろうか。
ユリウスは強い焦燥感に襲われ、ぐっと奥歯を噛み締めた。
だがここで、あることに気づく。
何故か毛布がベッドではなく、床に敷かれているのだ。誰かが潜り込んでいるようには見えないが、気になる。
鍵はどこだろうか。
周囲を見回すと、階段脇に置かれている小さなテーブルが目についた。
その引き出しを開けると、一本の鍵が入っている。鍵を錠前に差し込むと、カチッという音を立てて外れた。
ユリウスは檻の中へ足を踏み入れると、床に敷かれた毛布を捲って──目を見張った。
その下には、大穴がぽっかりと開いていたのだ。
「な……何だ、これは……」
困惑しながら、顔を近づけて穴を覗き込んでみる。
誰かが、暗闇の中からこちらを凝視していた。
「うわぁぁぁっ!」
ユリウスは悲鳴を上げながら、後ずさりした。
悪霊、魔物等のワードが彼の脳裏をよぎる。ドッ、ドッ、ドッと胸の動悸がおさまらずにいると、
「ユ、ユリウス様っ!?」
「アニス!?」
ユリウスが必死に探し求めていた女性が、穴の中からぴょこっと姿を見せた。
「何でそんなところにいるんだ!?」
「……両親に誘拐されて、ここに閉じ込められてたんです。そして、これで穴を掘って逃げようとしていました」
アニスがそう言ってユリウスに見せたのは、土にまみれたスプーンだった。
アニスの食事を地下に運んだ後、メイドが食器を取りに戻ってくるのは暫く経ってからなのだとか。
なので階段を下りてくる足音に耳を澄ませながら、ひたすらカリカリと掘り進めていたらしい。毛布は、穴を隠すために敷いていたそうだ。
「君、どれだけ時間がかかると思っているんだ……」
「だ、だけど、この方法しか思いつかなかったんです」
恥ずかしそうに頬を掻きながら笑うアニス。
ようやく再会した彼女は目立った怪我はないものの、頬が少しこけていて、目の下には青黒いクマが浮いている。
その衰弱した姿に、ユリウスはロートリアス男爵夫妻に怒りを募らせた。
「こんなところから早く出よう」
「はい。……あの、ユリウス様。助けに来てくださって、ありがとうございました」
「……約束したからな」
「約束?」
「忘れたのか? 君が危険な目に遭った時は必ず助けると、約束したじゃないか」
ユリウスが少し拗ねたように言うと、アニスも思い出したようで、「覚えていてくださったのですね」と頬を赤らめながら微笑んだ。
ユリウスも優しく微笑み返す。
これは、自分一人の力ではない。多くの人々の助けを借りて、アニスを助け出すことが出来た。
もう誰にも彼女を奪わせないと、固く心に誓うのだった。




