70.騎士団
ユリウスたちがロートリアス邸を訪問してから、二日後の早朝。ロートリアス男爵夫妻は、優雅に朝食を摂っていた。
だが夫人は、浮かない表情を浮かべている。
「ねぇ、あなた。オラリア公がもう一度押しかけて来たらどうするの?」
「その時は、また知らぬ存ぜぬで押し通せばいいだけの話だ」
「でも、屋敷の中を調べるって言い出すかもしれないわ」
「そのことについても心配はいらん。いくら公爵家と言えども、奴の一存で家探しするほどの権限など持っていない。そのことは、本人が一番よく理解しているはずだ」
ロートリアス男爵は、ステーキをナイフで切り分けながら言う。余裕の笑みを湛えながら。
「だがお前も、人前に出る時はそのバレッタを外すように。いいな?」
「わ、分かっているわ」
アニスから奪ったルビーのバレッタは、夫人の私物になっていた。今も、彼女の髪を留めるために使われている。
最初は本当に質屋へ持って行くつもりだったが、夫人好みのデザインだったので、売るのが惜しくなったのだ。
「食事を終えたら、久しぶりに可愛い可愛い娘を見に行こうと思うのだが、お前はどうする?」
「私も勿論行くわ。どれだけ薄汚れた姿になっているのか、楽しみねぇ」
二人で食後の計画を立ててほくそ笑んでいると、「旦那様! 奥様!」とメイドが血相を変えて広間に飛び込んで来た。
「むぅ? そんなに慌ててどうしたのだ」
「オラリア公がお見えになっております!」
「こちらは食事の最中だというのに、あの若造め……またすぐに追い返してやろう」
「そ、それがオラリア公だけではないのです」
メイドは声を震わせながらも、説明を続けた。
「騎士団を引き連れておいでです……!」
「何だと!?」
「キャアアッ!」
窓へ視線を向けた夫人が、悲鳴を上げた。
大勢の兵士が、いつの間にか屋敷を包囲していたのである。
ロートリアス男爵もそのことに気づき、手からフォークを滑り落とした。
朝の和やかな空気は、もはや霧散してしまっていた。
「これは一体どういうことだ……!?」
慌ただしく玄関へと向かうロートリアス男爵夫妻。
するとそこには、ユリウスとおさげのメイド。それから、白銀の甲冑に青いマントを身に着けた青年が待ち構えていた。
ロートリアス男爵は、青年を一目見て息を呑んだ。
レグラン侯爵子息イーサン。若くして騎士団長の座に就いた実力者である。
「あなたがロートリアス男爵だろうか?」
「は、はい……」
「あなたには、ある嫌疑がかかっている。我々の捜査に、是非とも協力していただきたい」
「嫌疑?」
まさかユリウスの差し金か。ろくな証拠もないのに、騎士団を動かせるはずがない。
困惑するロートリアス男爵に、イーサンはここにやって来た理由を告げた。
「以前逮捕された凶悪犯の仲間を、この屋敷で匿っているというものだ。それらしき男がこの屋敷を出入りしているところを見たと、近隣住民が証言している」
「な、何かの間違いです! 私はそのようなことなどしておりません!」
「屋敷を調べてみれば分かることだ」
「っ、こんな不当な捜査には協力出来ませんな! どうかお引き取り願いたい……!」
「いいや。あなたに拒否権はない」
イーサンは、一枚の書状をロートリアス男爵に見せつけた。
裁判所から発行された令状だ。
「残念だったな。これは任意ではなく、強制捜査とのことだ」
「オラリア公……!」
冷たく言い放つユリウスに、ロートリアス男爵は怒りを込めて睨み付けた。




