64.行方不明
「この度は、大変申し訳ございませんでした……! 記者に確認したところ、街での噂を鵜呑みにし、あのような記事を書いたとのこと。誠にお詫びのしようもございません」
抗議にやって来たユリウスとエシュット公爵に、新聞社の社長はあっさりと非を認めた。
公爵家のスキャンダルとなれば、世間の注目の的となるのは容易に想像出来る。
ゴシップと知りながら、掲載した負い目があるのかもしれない。
明日の新聞には謝罪文を掲載し、アニスの記事を書いた記者には重い処分を下す。その旨を記した誓約書にも、素直にサインをした。
もう少し揉めると思ったのだが。ユリウスは肩透かしを喰らったような気分になりながら、新聞社を後にした。
「まあ、穏便にことが済んでよかったよ」
帰りの馬車の中で、エシュット公爵が笑いながら言う。何かと騒がしい娘とは違い、彼はおおらかな性格である。
「エシュット公爵。本日はご同行いただけましたこと、深く感謝いたします」
「うむ。オラリア家の問題を黙って見ているわけにはいかんからな」
「はい……」
「……それに君やアニスには、娘の件で随分と迷惑をかけたのだ。このくらいのことはさせてくれ」
エシュット公爵はどこか疲れたような表情で言った。
彼も、娘には大分手を焼いているようだ。
エシュット公爵を屋敷まで送り届けた後、ユリウスはオラリア邸に戻ってきた。
すぐに執務室に籠って仕事を始めたものの、アニスのことばかり考えてしまう。
今日から仕事に復帰したそうだが、病み上がりの体で無理はしていないだろうか。
自分が焼いたクッキーは、喜んでくれただろうか。
「ふぅ……」
ユリウスは大きく溜め息をついて立ち上がった。このままでは仕事がちっとも手につかない。
マリーやポワールに、アニスの様子を聞いてみよう。そう決めて執務室を出る。
すると、使用人たちが何やらざわついていた。
何か事件でもあったのかと首を傾げていると、いつになく慌てた様子でマリーがユリウスに駆け寄って来た。
「ユリウス様、フレイさんを見かけませんでしたか?」
「いや、見ていないが……何かあったのか?」
「お菓子の材料を買いに行ったきり、どこに行ってしまったのか分からないのです」
「護衛はどうした? いつも彼女に気づかれないようにつけていただろう」
「それが……街で酔っ払いの集団に絡まれてしまい、それを振り切った時にはアニス様を見失っていたとのことです」
マリーの言葉に、ユリウスは表情を曇らせた。
胸騒ぎがする。単に買い物に時間をかけているだけだと思いたい。
そうしているうちに時間はすぎて、青かった空は夕焼け色に染まり、とうとう夜を迎えてしまった。
手の空いている使用人総出で街に探しに行ったが、彼女を見つけることは出来なかった。
「アニス……どこに行ったんだ」
執務室の窓から夜空を見詰めながら、ユリウスはぽつりと呟く。
結局、朝になってもアニスは屋敷に帰って来なかった。




