6.結婚の条件
「そして二つ目。その労働によって発生した給金は、私の好きなように使わせてください」
人差し指と一緒に中指も立てながら話すと、ユリウスは不思議そうな顔をした。
「それは構わないが……欲しいものがあるなら、金はいくらでも用意するぞ?」
「いえ。自分で稼いだお金を使いたいと言いますか……」
トランクに詰めて持って来た衣服の殆どは、私の給料で買ったものだった。
父から「欲しいものがあれば、自分で稼いで買え」と言い付けられていたのだ。
事前に用途を伝えて、後で領収書を見せれば父も服を買うことくらいは許してくれた。
逆を言えば、それしか許してもらえなかったが。
だがこれからは違う。
給料を自分の好きなように使ってもいいのだ。
「……君の気持ちは何となく理解できるな」
窓へ視線を向けながらユリウスが言う。
「私の両親は少々過保護なところがあり、私に何でも買い与えようとした。ありがたいと感謝する反面、いつまでも子供扱いされている気がして、もどかしかったよ」
私とは真逆の理由だった。
誕生パーティーを開いてくれたり、結婚を薦めたり。
本人は迷惑がっていたようだが、「愛されているな」と思う。
馬車を走らせること二時間。
辿り着いた豪邸に、私は度肝を抜かれた。
五階建てのオラリア邸の外壁には大理石が使われており、玄関らしき黒い扉には宝石がふんだんに使われていた。
あの扉だけでどれだけの価値があるのだろう。
庭園も規格外に広い。巨大な噴水や植物の蔦で作られたアーチ、温室らしきものまである。
「う……」
ぐらりと目眩がした。
オラリア邸に比べたら、我が家なんて物置小屋も同然。
私のような底辺女の住む世界ではない。
「どうした? 顔色が悪いようだが……」
「……馬車の移動で少々疲れてしまいまして。どうかお気になさらずに」
「分かった」
ユリウスは短く相槌を打つと、私のトランクを持って先にキャビンから降りた。
そして私へ手を差し伸べる。
この手は何だろう……
私が首を傾げていると、ユリウスは訝しげに問いかけてきた。
「降りないのか?」
「いえ。その……馬車くらい、一人でちゃんと降りられますので」
「……そうか」
ユリウスは、数秒ほど間を置いてから手を引っ込めた。
その際に、何故か安堵の表情を浮かべて。
気のせいだったのかもしれないが……
そんなことよりも、彼に言わなければならないことが。
私は馬車から降りて、ユリウスに両手を出した。
「それからユリウス様。自分の荷物は自分で持てます。ですので、トランクをお返しください」
「いや。これから妻になる女性に、重い荷物は持たせられない」
「あ……ありがとうございます……」
無理に奪い返すわけにもいかず、好きにさせることにした。
と、玄関の扉が開き、中から一人のメイドが出てきた。
黒ぶち眼鏡をかけた茶髪の女性だ。私を見るなり、眉を顰めながらこちらへやって来た。
彼女の主に荷物持をさせているのだから、怒って当然だと思う。
しかしメイドは、何の文句も言うことなく、何故か私の頬を両手で撫でた。
そしておもむろに口を開く。
「あなたの肌は、悲鳴を上げています」