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【書籍化】白い結婚、最高です。  作者: 火野村志紀


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56/82

56.帰宅

 数日ぶりにオラリア邸に帰って来ると、玄関の前に誰かが立っていた。


「あっ、フレイー! おかえりーっ!」


 ポワールが満面の笑みを浮かべながら、私に駆け寄って来る。

 今の時間は、昼食の下ごしらえで大忙しのはずなんだけど……


「えへへ。フレイの顔が早く見たくて、抜け出してきちゃった」

「ちゅ、厨房は大丈夫なんですか?」

「あとでフレイと一緒に、頑張って働きますって料理長に言ったら、許してくれたよ~」


 さりげなく私も巻き込まれてるような。

 だが、いつもと変わらない様子のポワールに、何だか安心感を覚える。


「ねえねえ。それ、なぁに?」

「たんぽぽの花びらで作ったジャムです。ベアトリス様が、お土産にっていっぱい持たせてくれたんです」


 左手に抱えている紙袋の中身を説明すると、ポワールは「たんぽぽのジャム!? よく分かんないけど美味しそう!」と目をキラキラと輝かせた。


「マリーさんが今どこにいるか分かりますか?」

「さっき、買い物に出かけちゃった。そんなに遅くはならないと思うけど」

「そうですか……」


 早くたんぽぽジャムを渡したかったんだけれどな。

 まあ仕事をしながら、帰りを待てばいいか。


「ん? フレイ、そのバレッタどうしたの?」


 屋敷に入ろうとすると、後ろにいたポワールが不思議そうに聞いて来た。


「こちらも……ベアトリス様にいただいたんです」

「そっか~。とっても似合ってるよ!」

「あ、ありがとうございます」


 こうして手放しで褒められると、嬉しいし照れてしまう。

 ふと執務室の窓へ目を向けると、ユリウスがこちらを見下ろしていることに気づき、私は急いで深くお辞儀をした。

 けれど顔を上げた時には、彼は既に窓辺から離れてしまっていた。




 厨房に行くと、料理人たちに「おかえり~」、「向こうは大変だったろ?」と温かい言葉をかけられる。


「おう。よく帰ってきたな、フレイ……」


 料理長は、何故か右目に黒い眼帯をつけていた。そのせいか、いつにも増して威圧感がある。

 彼の身に一体何が起こったのだろう……


「料理長ね、シラタマって白いのを油で揚げたら跳ねて、火傷しちゃったの」


 眼帯をじっと見入る私に、ポワールがこっそり教えてくれた。


「ど、どうしてそんなことを?」

「フレイの影響で東洋のお菓子が大好きになったみたいで、自分でも色々作ってるんだって」

「なるほど……」


 だがシラタマを揚げるのはアリだと思う。

 外はカリッと香ばしくて、中はもっちり。甘いソースをたっぷりと絡めて食べたら絶対に美味しいはず。


「フレイさん、マリー様が帰って来ましたよ」


 接客担当のメイドが、私にそう教えに来てくれた。

 料理長の許可を貰ったので自室にジャムを取りに行ってから、マリーの部屋に向かう。

 ドアをノックすると、「どうぞ」と中から声がした。


「失礼します……」


 部屋に入ると、買い物から帰って来たばかりだからか、マリーは珍しく私服だった。

 濃緑の落ち着いた色合いのドレスが、よく似合っている。


「おかえりなさいませ、アニス様。そして、実家が随分とご迷惑をおかけしました」

「いえ。ベアトリス様も使用人の皆さんも、とっても優しい方々でした。それと今度、こちらに遊びに来たいと、ベアトリス様が仰っていました」

「……はい」

「あ、お土産もいただいたんですよ」


 私がジャムの入った瓶を差し出すと、マリーは目を丸くしながら、それを受け取った。


「これは母が作ったものですか?」

「はい。私も少しお手伝いさせていただきました」

「ありがとうございます……」


 マリーはお礼を言いながら、瓶をそっと撫でた。

 その姿に、私はベアトリスから聞いた話を思い出す。

 このたんぽぽジャムは、フレイが昔よくベアトリスと作っていたらしい。


「それでは、私は厨房に戻りますね」


 最後に一礼して、マリーへと背中を向ける。

 そうして部屋を出て行こうとすると、ガタンと椅子から立ち上がる音がして、「アニス様」と名前を呼ばれた。

 振り返ると、彼女は普段通りの表情で私に問いかけた。


「そのバレッタは……いえ。母は……あなたに何かお話されましたか?」

「……いえ、何も」


 私が首を小さく横に振って答えると、マリーは「そうですか」と相槌を打ってから目を伏せた。

 部屋を出て厨房へ戻る途中、バレッタにそっと触れる。

 ベアトリスとマリーは、今も深い悲しみを抱えている。

 なのに亡くなった後も、家族から愛され続けているフレイが羨ましい。

 こんな酷いことを一瞬でも考えてしまった自分に、私は自己嫌悪を覚えた。

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