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【書籍化】白い結婚、最高です。  作者: 火野村志紀


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44/82

44.ミルティーユ

 フレイからアニスへ華麗な変身を遂げた私は、すぐさま応接間に向かった。

 するとそこには、既にユリウスの姿があった。彼も急いでやって来たのか、髪が少し乱れている。私がそれを教えてあげると、手でサッと直していた。


「君も仕事中に来てもらってすまないな」

「いえ……」

「しかし、来るなら来ると手紙の一通でも寄越せばいいものを……」


 隣でなんかぶつぶつ言ってる。

 と、部屋のドアがパンッと大きな音を立てて開かれた。


「オーホッホッホッホッ!」


 応接間に響き渡る高笑い。

 銀髪の美女が黄金色の扇片手に、応接間にずかずかと入って来た。

 ヤバいのが来た……

 私は瞬時にそう思った。ちらりと隣に視線を向ければ、俯きながら片手で目を覆うユリウスの姿が。


「あなたがアニスさんかしら?」


 美女は私の顔をぐっと覗き込みながら問う。その勢いに気圧されながら「は、はい」と頷くと、途端に白けた表情を見せた。


「ふぅん。噂だと中の下とか言われてたけど、私が見る限りまあまあじゃない」

「あ……ありがとうございます……?」

「それに、あなた……」


 ミルティーユが私を食い入るように見つめながら、何かを言いかける。

 それに割って入ったのはユリウスだった。


「アニス、礼なんてしなくていい。それとお前は、初対面の相手に向かって失礼だぞ!」


 珍しく声を荒らげて怒っている。「お前」って人を呼ぶシーンなんて初めて見た。

 しかし本人はどこ吹く風。ソファーに腰を下ろして、優雅に扇を扇いでいる。

 陶器のような白い肌に、アクアマリンのような水色の瞳。緩やかな弧を描いている紅い唇。

 ソフィアに匹敵する、いや妹を超える美貌の持ち主だ。

 ユリウスは深い溜め息をついてから、「紹介しよう」と美女に視線を向けた。


「……彼女はミルティーユ。こう見えてもエシュット公爵家の長女だ」

「何よ、その引っかかる言い方」

「お前にはしとやかさが足りないんだ。伯父上もいつも苦言を呈しているだろう」

「あなたも、お父様そっくりで小言が多い人ねぇ」


 エシュット公爵家と言えば、オラリア公爵家に次ぐビッグネームだ。

 その二つの家がまさか親戚同士だったとは。いや、きっと私が無知なだけで、周知の事実だ。


「で、今日は何しに来たんだ?」

「そんなの、アニスさんの顔を見に来たに決まっているじゃない。だって、なかなか挨拶に来てくれないんですもの」


 ミルティーユは私をじろりと見ながら言った。

 すると、ユリウスがすかさず反論する。


「伯父上には訪問する旨を既に知らせてある。どうしてその日まで待てないんだ」

「その日、どうしても外せない用事があるのよ」

「あのなぁ……」


 ユリウスが自由気ままな様子のミルティーユに眉を顰めていると、「失礼いたします」とメイドが紅茶とお菓子を運んで来た。


「…………?」


 何故か、私の作ったタルトタタンが皿に盛りつけられている。

 客人用のお菓子をちょうど切らしてしまい、困っていたところ厨房のメイドから「すんごく美味しいですよ~!」とこれを押し付けられたらしい。

 ポワール……まあ、いいか。


「あら。パイ生地が下になっているのね」


 ミルティーユは珍しそうにタルトタタンを観察してから、フォークで切り分けて口に運んだ。

 そして指先を口に添えながら、目を丸くする。


「……悪くない味ね」


 そうコメントして、食べ進めるミルティーユ。ユリウスも「素直に褒めることが出来ないのか」と呟きつつ、美味しそうに食べている。彼のために作ったタルトタタン。喜んでくれて何より。

 ピリピリした雰囲気から一変、和やかなムードに包まれる室内。


「こんなに美味しいお菓子が毎日いただけるなんて、アニスさんは幸せね」

「……ああ。少し前に雇ったメイドがいてな。恐らくこれも彼女が作ったのだろう」


 私を一瞥しながら、ユリウスが言う。

 あ、気づいていたんだ……

 気恥ずかしいやら、嬉しいやら。

 そしてミルティーユはタルトタタンを完食して、紅茶も飲み干すとソファーから立ち上がった。


「それじゃあ、わたくしはこれで失礼するわ。このあと、新しいドレスを買いに行くの」


 と聞いてもいないのに、これからの予定を言われる。

 どうぞ、楽しんできてください……

 私も立ち上がってお辞儀をしようとした時だった。


「それからユリウス」


 ミルティーユは誰もが見惚れるような微笑を浮かべ、


「その女とはとっとと別れなさいよ。代わりに私が結婚してあげるから」


 弾んだ声で告げると、足早に応接間から去って行った。



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